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ノル村編 43「……数が多いですね」

 ◆


 砦の外で、怒声が響いた。


 「てめえら、何してやがるッ!」


 別動隊の盗賊たちが、血の匂いと崩れかけた砦の異様さに気付き、即座に剣を抜いた。


 「中に誰か入ったか!? クソッ、何があった……!」


 だが、答える者はいない。


 そのとき、砦の正面に立つ影が、月明かりに照らされた。


 ――黒鎧の騎士、ガルド。


 右手にツバイヘンダーを持ち、静かに剣先を地に下ろす。

 その背後、瓦礫の隙間から白髪の魔女――リリィが浮かぶように現れた。


 「お前らが。……ここの主力か?」


 ガルドが低く問うた。


 数十人の盗賊が一斉に武器を構える。弓兵、双剣使い、大斧を担ぐ獣のような男もいた。

 そのどれもが、血に飢えた瞳をしている。だが――


 「……数が多いですね」


 リリィが淡々と呟いた。


 「数で勝てるなら、騎士は不要な存在だ」


 ガルドの声が冷たく響き、足を踏み出した。


 その瞬間――


 ツバイヘンダーが、風を裂いた。


 近づいてきた斧兵の胴を、肩口から腹まで断ち割る。

 返す刃が、振りかぶる弓兵の脚を切り飛ばす。


 咄嗟に飛びかかる双剣使い。だが、ガルドは剣を横に構えたまま、体をひねり、肘打ちで顎を砕く。

 そのまま脇腹を斬り裂き、地に沈めた。


 「ひ、一人で突っ込むなッ!」


 盗賊の怒声が響く。


 ガルドは聞いていない。


 ツバイヘンダーの重さを完全に扱うその動きに、無駄はなかった。


 一撃、一殺。


 斬るたびに、敵の列が崩れる。

 叫び声が、次第に悲鳴に変わっていく。


 一方のリリィは、さらに煙を呼んだ。


 《視界を断て》


 瞬く間に砦の前は黒く染まり、敵の動きが鈍る。


 「どこだ!? 見えねぇ……!」


 その声に応じるように、リリィの詠唱が響く。


 《縛れ》


 地面から魔力の杭が飛び出し、三人の足を串刺しにした。

 直後、リリィの細剣が、煙の中から一閃。


 喉を裂かれた盗賊が、呻き声すら上げられず倒れる。


 「不意打ちする方が、戦いやすいんです」


 淡い微笑を浮かべながら、リリィは動きを止めない。

 煙の中を自在に動き、斬り、退き、また近づく。


 敵にとって、それはまるで――


 “死神”だった。


 やがて、煙が晴れた。


 立っているのは、ガルドとリリィだけ。

 足元には、沈黙し盗賊の屍が累々と横たわっていた。


 だが――その奥から、ゆっくりと拍手が聞こえた。


 「へえ、やるじゃねぇか……」


 砦の裏手。崩れた壁の先から、太った大柄の中年男が現れた。


 腹は突き出し、粗末だが分厚い鎧をまとっている。

 左目は潰れ、痕が潰瘍のように赤黒く歪んでいた。


 「お前らか。うちの連中、皆殺しにしたってのは……」


 男は、嘲るように笑った。


 「どうせ村の女に入れ込みすぎたバカかと思ったら、ずいぶんと粋な真似しやがって。クソが」


 大剣を肩に担ぎ、ゆっくり歩いてくる。


 「でもな――そろそろお仕置きの時間だ。いい加減、遊びは終わりにしねえとなぁ」


 その言葉に、ガルドの視線がわずかに動いた。


 「……お前が、この砦の頭か?」


 「だったら、どうすんだ? 頭を下げて謝罪でもするのか?」


 大男がニヤリと鼻を鳴らす。だが、次の瞬間――


 ガルドの姿が、消えた。


 いや、疾風のように踏み込んだのだ。


 太った大男が反応するより早く、ツバイヘンダーが振り下ろされた。


 斜めに裂く剣を、男は自前の刃で必死に受け止めたが――


 重さが違う。


 刹那、ガルドが片手でショートソードを抜き、鎧の隙間に突き立てた。


 「っが、――ぁ……!」

 痛みで大男の顔が引き攣り――

 「痛っくそ、――おいおいおい……冗談だろ……?」


 左眼の潰れた大男が呻きながら喋る。


 「なァんだよ、これ。どうなってやがる……! てめえら、一体何者だ……!」


 両手に分厚い大剣を構い直し、男が吠える。

 その刃は巨大だが、手入れは雑で刃こぼれもある。

 それでも、腕力任せの一撃なら、常人には致命だ。


 「おい、聞いてんのか……! 誰に命令されて来た!? 貴族か!? 兵隊か!?」


 ガルドは、黙って剣を構えた。


 ただ、ツバイヘンダーを正面に構え、身じろぎひとつしない。


 「……チッ、いいぜ。殺ってやるよ、クソが……!」


 男が咆哮とともに踏み込む。


 巨体が地を揺らし、大剣が振り下ろされる――!


 ガルドは真正面から受けた。


 ギィイン――! 金属がぶつかり合う衝撃が、砦の中に響いた。


 「おらッ……! どうだァ!!」


 男の咆哮と共に、再度、重い斬撃が続く。

 地面をえぐるほどの踏み込みと、横殴りの一撃。

 だが――


 「……軽いな」


 ガルドは低く呟いた。


 そして、ツバイヘンダーを横に薙ぎ返す。


 ドシュッ――!


 男の肩が裂けた。


 「がっ……あああっ!?」


 勢いで後退し、肩を押さえて呻く。

 血がドクドクと滴り、破れた布が赤く染まる。


 「くそっ、くそがっ……!」


 男は荒い呼吸をしながら、なおも前へ出る。


 「てめえだけは……ぶっ殺すッ!!」


 絶叫とともに再度斬りかかる。だが――


 その動きは、既に見切られていた。


 ガルドが踏み込み、斬撃をすれすれで躱すと同時に、脇腹へ斬り返した。


 「ぐぉおあっ……!!」


 今度は、肉が裂ける音とともに、脂肪の下から臓腑がのぞく。

 男は膝をつき、だが、それでも剣を手放さなかった。


 「まだ……だ、まだ終わってねえ……ッ」


 唾を飛ばしながら、男がわめく。


 「てめえ……なんでだ、なんでここまでやる……!? ガキの一人助けて、気持ちよくなってんのか!? 英雄気取りか、あァ!?」


 ガルドの表情は、変わらない。


 ただ、静かに一歩、近づいた。


 男が叫ぶ。


 「おい、聞いてんのか!? クソが、てめぇみたいな奴がッ……!!」


 その言葉の途中で――


 ガルドが、一太刀、振り下ろした。


 ドシュッ……!


 叫びは、途中で途切れた。


 刃は男の左指を何本かパラパラと落とした。


 そこから血が溢れ、地面にこぼれる。


 左眼の潰れた大男は、片目を見開いたまま、声を出せずにその場で痛みに耐える。


 「ッ――へえ、やるじゃねぇか……」

 大男が奥歯を噛み締めながら言う。


 「しぶといな」

 ガルドが呆れたように呟く。


 「だったらどうする? 降伏でもするか? ……いや、てめぇみてえな奴がそんなことするタマじゃねえか」


 男は肩で笑い、懐から銀の小瓶を取り出した。


 「これはな、ある錬金術師から無理やりもらった代物でな」


 ガルドの視線がわずかに動いた。


 「こいつを使うと、体が熱くなって、目が冴えて、力がみなぎる……そう、“何もかも怖くなくなる”」


 男は躊躇なくそれを一気に飲み干した。


 ごぼっ、と血のような薬液が口の端から垂れた。


 次の瞬間――


 「――グガァアアアア!!」


 男の体が痙攣し、筋肉が不自然に盛り上がっていく。

 肩が、腕が、首回りが膨れ、皮膚が音を立てて裂ける。

 目の充血が広がり、白目が血で赤く染まった。


 「ヒャアアアアアアアッ!! すげぇッ、力が溢れてやがるッ!!」


 巨体とは思えぬ速さで、ガルドに突っ込んできた。


 重い剣が唸りを上げ、斜め下から切り上げる――


 ガルドは寸前で身を引き、掠った刃が鎧の表面を削った。


 「オラァアアアア!! 喰らえェェッ!!」


 連続の打撃。速度も、重さも、常人を遥かに超えている。


 だが、ガルドは淡々と受け流しながら、足を動かし、間合いを計る。


 男は薬の効果で痛みを感じていない。


 その分、隙だらけだった。


 ガルドの剣が、一閃。


 「――っ!?」


 右腕の外側を裂かれ、血が飛び散った。


 「オラッ……オラッ……なァんだよ、テメェ……っ」


 もう一度、左足を狙って斬る。


 男の膝ががくりと落ちた。


 「ふざけんなァァッ!!」


 男は地を這いながらなおも突撃するが、ガルドの剣がさらに横腹を裂いた。


 内臓が音を立ててこぼれる。


 それでも――


 「てめぇ……俺が、どれだけ……どれだけやってきたと思ってんだ……! 奪って、殺して、脅して、女もガキも好きにして……! この世界じゃ、強いやつが勝つんだよ……!!」


 狂った目で叫ぶ男に、ガルドは一言も返さない。


 男の顔に、はっきりと“死”が見えた。


 「俺ァァァ……俺ァはまだ死にたくねぇ……!」


 その叫びと同時に――


 ガルドが静かに踏み込んだ。


 そして、一太刀。


 「――お前は終わりだ」


 ズバァッッ!!!


 首から肩までを斜めに断ち割る一撃。

 骨も、肉も、皮もまとめて裂かれ、男の身体は仰向けに倒れた。


 最後の断末魔すら上げられず、その目は恐怖の色のまま、虚空を見つめていた。


 ガルドは血を払うと、剣を背に納めた。


 「……仕置きの時間は終わった」


 砦の空気が、完全に静まり返った。

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