ノル村編 43「……数が多いですね」
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砦の外で、怒声が響いた。
「てめえら、何してやがるッ!」
別動隊の盗賊たちが、血の匂いと崩れかけた砦の異様さに気付き、即座に剣を抜いた。
「中に誰か入ったか!? クソッ、何があった……!」
だが、答える者はいない。
そのとき、砦の正面に立つ影が、月明かりに照らされた。
――黒鎧の騎士、ガルド。
右手にツバイヘンダーを持ち、静かに剣先を地に下ろす。
その背後、瓦礫の隙間から白髪の魔女――リリィが浮かぶように現れた。
「お前らが。……ここの主力か?」
ガルドが低く問うた。
数十人の盗賊が一斉に武器を構える。弓兵、双剣使い、大斧を担ぐ獣のような男もいた。
そのどれもが、血に飢えた瞳をしている。だが――
「……数が多いですね」
リリィが淡々と呟いた。
「数で勝てるなら、騎士は不要な存在だ」
ガルドの声が冷たく響き、足を踏み出した。
その瞬間――
ツバイヘンダーが、風を裂いた。
近づいてきた斧兵の胴を、肩口から腹まで断ち割る。
返す刃が、振りかぶる弓兵の脚を切り飛ばす。
咄嗟に飛びかかる双剣使い。だが、ガルドは剣を横に構えたまま、体をひねり、肘打ちで顎を砕く。
そのまま脇腹を斬り裂き、地に沈めた。
「ひ、一人で突っ込むなッ!」
盗賊の怒声が響く。
ガルドは聞いていない。
ツバイヘンダーの重さを完全に扱うその動きに、無駄はなかった。
一撃、一殺。
斬るたびに、敵の列が崩れる。
叫び声が、次第に悲鳴に変わっていく。
一方のリリィは、さらに煙を呼んだ。
《視界を断て》
瞬く間に砦の前は黒く染まり、敵の動きが鈍る。
「どこだ!? 見えねぇ……!」
その声に応じるように、リリィの詠唱が響く。
《縛れ》
地面から魔力の杭が飛び出し、三人の足を串刺しにした。
直後、リリィの細剣が、煙の中から一閃。
喉を裂かれた盗賊が、呻き声すら上げられず倒れる。
「不意打ちする方が、戦いやすいんです」
淡い微笑を浮かべながら、リリィは動きを止めない。
煙の中を自在に動き、斬り、退き、また近づく。
敵にとって、それはまるで――
“死神”だった。
やがて、煙が晴れた。
立っているのは、ガルドとリリィだけ。
足元には、沈黙し盗賊の屍が累々と横たわっていた。
だが――その奥から、ゆっくりと拍手が聞こえた。
「へえ、やるじゃねぇか……」
砦の裏手。崩れた壁の先から、太った大柄の中年男が現れた。
腹は突き出し、粗末だが分厚い鎧をまとっている。
左目は潰れ、痕が潰瘍のように赤黒く歪んでいた。
「お前らか。うちの連中、皆殺しにしたってのは……」
男は、嘲るように笑った。
「どうせ村の女に入れ込みすぎたバカかと思ったら、ずいぶんと粋な真似しやがって。クソが」
大剣を肩に担ぎ、ゆっくり歩いてくる。
「でもな――そろそろお仕置きの時間だ。いい加減、遊びは終わりにしねえとなぁ」
その言葉に、ガルドの視線がわずかに動いた。
「……お前が、この砦の頭か?」
「だったら、どうすんだ? 頭を下げて謝罪でもするのか?」
大男がニヤリと鼻を鳴らす。だが、次の瞬間――
ガルドの姿が、消えた。
いや、疾風のように踏み込んだのだ。
太った大男が反応するより早く、ツバイヘンダーが振り下ろされた。
斜めに裂く剣を、男は自前の刃で必死に受け止めたが――
重さが違う。
刹那、ガルドが片手でショートソードを抜き、鎧の隙間に突き立てた。
「っが、――ぁ……!」
痛みで大男の顔が引き攣り――
「痛っくそ、――おいおいおい……冗談だろ……?」
左眼の潰れた大男が呻きながら喋る。
「なァんだよ、これ。どうなってやがる……! てめえら、一体何者だ……!」
両手に分厚い大剣を構い直し、男が吠える。
その刃は巨大だが、手入れは雑で刃こぼれもある。
それでも、腕力任せの一撃なら、常人には致命だ。
「おい、聞いてんのか……! 誰に命令されて来た!? 貴族か!? 兵隊か!?」
ガルドは、黙って剣を構えた。
ただ、ツバイヘンダーを正面に構え、身じろぎひとつしない。
「……チッ、いいぜ。殺ってやるよ、クソが……!」
男が咆哮とともに踏み込む。
巨体が地を揺らし、大剣が振り下ろされる――!
ガルドは真正面から受けた。
ギィイン――! 金属がぶつかり合う衝撃が、砦の中に響いた。
「おらッ……! どうだァ!!」
男の咆哮と共に、再度、重い斬撃が続く。
地面をえぐるほどの踏み込みと、横殴りの一撃。
だが――
「……軽いな」
ガルドは低く呟いた。
そして、ツバイヘンダーを横に薙ぎ返す。
ドシュッ――!
男の肩が裂けた。
「がっ……あああっ!?」
勢いで後退し、肩を押さえて呻く。
血がドクドクと滴り、破れた布が赤く染まる。
「くそっ、くそがっ……!」
男は荒い呼吸をしながら、なおも前へ出る。
「てめえだけは……ぶっ殺すッ!!」
絶叫とともに再度斬りかかる。だが――
その動きは、既に見切られていた。
ガルドが踏み込み、斬撃をすれすれで躱すと同時に、脇腹へ斬り返した。
「ぐぉおあっ……!!」
今度は、肉が裂ける音とともに、脂肪の下から臓腑がのぞく。
男は膝をつき、だが、それでも剣を手放さなかった。
「まだ……だ、まだ終わってねえ……ッ」
唾を飛ばしながら、男がわめく。
「てめえ……なんでだ、なんでここまでやる……!? ガキの一人助けて、気持ちよくなってんのか!? 英雄気取りか、あァ!?」
ガルドの表情は、変わらない。
ただ、静かに一歩、近づいた。
男が叫ぶ。
「おい、聞いてんのか!? クソが、てめぇみたいな奴がッ……!!」
その言葉の途中で――
ガルドが、一太刀、振り下ろした。
ドシュッ……!
叫びは、途中で途切れた。
刃は男の左指を何本かパラパラと落とした。
そこから血が溢れ、地面にこぼれる。
左眼の潰れた大男は、片目を見開いたまま、声を出せずにその場で痛みに耐える。
「ッ――へえ、やるじゃねぇか……」
大男が奥歯を噛み締めながら言う。
「しぶといな」
ガルドが呆れたように呟く。
「だったらどうする? 降伏でもするか? ……いや、てめぇみてえな奴がそんなことするタマじゃねえか」
男は肩で笑い、懐から銀の小瓶を取り出した。
「これはな、ある錬金術師から無理やりもらった代物でな」
ガルドの視線がわずかに動いた。
「こいつを使うと、体が熱くなって、目が冴えて、力がみなぎる……そう、“何もかも怖くなくなる”」
男は躊躇なくそれを一気に飲み干した。
ごぼっ、と血のような薬液が口の端から垂れた。
次の瞬間――
「――グガァアアアア!!」
男の体が痙攣し、筋肉が不自然に盛り上がっていく。
肩が、腕が、首回りが膨れ、皮膚が音を立てて裂ける。
目の充血が広がり、白目が血で赤く染まった。
「ヒャアアアアアアアッ!! すげぇッ、力が溢れてやがるッ!!」
巨体とは思えぬ速さで、ガルドに突っ込んできた。
重い剣が唸りを上げ、斜め下から切り上げる――
ガルドは寸前で身を引き、掠った刃が鎧の表面を削った。
「オラァアアアア!! 喰らえェェッ!!」
連続の打撃。速度も、重さも、常人を遥かに超えている。
だが、ガルドは淡々と受け流しながら、足を動かし、間合いを計る。
男は薬の効果で痛みを感じていない。
その分、隙だらけだった。
ガルドの剣が、一閃。
「――っ!?」
右腕の外側を裂かれ、血が飛び散った。
「オラッ……オラッ……なァんだよ、テメェ……っ」
もう一度、左足を狙って斬る。
男の膝ががくりと落ちた。
「ふざけんなァァッ!!」
男は地を這いながらなおも突撃するが、ガルドの剣がさらに横腹を裂いた。
内臓が音を立ててこぼれる。
それでも――
「てめぇ……俺が、どれだけ……どれだけやってきたと思ってんだ……! 奪って、殺して、脅して、女もガキも好きにして……! この世界じゃ、強いやつが勝つんだよ……!!」
狂った目で叫ぶ男に、ガルドは一言も返さない。
男の顔に、はっきりと“死”が見えた。
「俺ァァァ……俺ァはまだ死にたくねぇ……!」
その叫びと同時に――
ガルドが静かに踏み込んだ。
そして、一太刀。
「――お前は終わりだ」
ズバァッッ!!!
首から肩までを斜めに断ち割る一撃。
骨も、肉も、皮もまとめて裂かれ、男の身体は仰向けに倒れた。
最後の断末魔すら上げられず、その目は恐怖の色のまま、虚空を見つめていた。
ガルドは血を払うと、剣を背に納めた。
「……仕置きの時間は終わった」
砦の空気が、完全に静まり返った。




