ノル村編 41.「……わかりました。でも、すぐに、私も前に出ます」
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砦の扉を踏み砕き、ガルドは濛々と立ち上る粉塵の中を進んだ。
眼前に広がるのは、荒く削られた岩壁に囲まれた広場。無造作に積まれた木材と、皮の干された柵。その向こうで、盗賊たちが次々に武器を構え、罵声を上げる。
「なんだあれ、正面から来やがったぞ!」
「バカか!? 罠も待ち伏せも全部無視して――!」
「……じゃあ、まとめて斬るだけです」
霧の中から滑り出るように、リリィが姿を現す。
白銀の髪と、黒衣の裾が宙に舞う。
「《縛れ》」
静かな詠唱が囁かれた瞬間、地面から黒い鎖が噴き出し、三人の盗賊の足を絡め取った。
「ぅわっ……ぐっ! 動けねぇッ!」
「ちょこまかと……あのガキが魔法使いかよ!」
鎖を断ち切ろうと短剣を振り下ろす盗賊。
しかし刃は鎖にすら届かない。既に彼の背後に、鋼の足音が迫っていた。
「ぅ……ま、待――」
言葉が終わるより先に、ツバイヘンダーが振り抜かれる。
鉄の塊が骨を砕き、甲冑ごと叩き伏せる。
ガルドは剣を回し、残るふたりも一撃で処理した。
その様を、斜面の上から見ていた一人の盗賊が、わずかに震えながら叫んだ。
「お、おい! こいつら……普通じゃねえぞ! 逃げ――」
「《沈め》」
リリィが指を鳴らすと、地面が一瞬波打ち、彼の足元が崩れた。
バランスを崩した男の上に、ガルドが跳躍して降り立つ。
重力の勢いそのままに、剣が肩から胴体を断ち切る。
周囲の盗賊たちが悲鳴を上げて後退する。
「な、なんで正面から攻めてくるんだよ……!」
「そんな奴、今までいなかったじゃねえか!」
砦の構造は罠を前提として組まれている。
狭い通路、高台からの一方的な射撃、逃げ道の塞がれた回廊。
だがそれらは、“恐怖”という味方があってこそ機能する。
そして、いま――
「《視界を奪って》」
リリィが放った霧が、砦の隅々にまで染み渡る。
罠の位置も、高台の弓兵も、すべてが霧に包まれて無力化された。
「な、何も見えねえ! 弓が使えねぇ!」
「踏み込むな、そこは……っ――」
ズバッ。
霧の中で、血が噴き出す音。
ガルドは一切の迷いなく、突き進む。
音だけを頼りに、位置を読み、動きの隙を見つけ、切り裂く。
それが、彼の流儀。
_____この程度の数。罠の配置も、動きも甘い。烏合の衆だ_____
剣を握る手に、緩みはない。
左腕の籠手で敵の刃を受け流し、切り返しの一撃で首筋を落とす。
霧の中、地面が血で濡れていく。
「リリィ、北の建物に女が囚われてる。奴等とは違う気配がある」
「了解。霧で包みながら、進みます」
ガルドたちは、北側の建物のある一室の前まで来た。
リリィは足音を消すように移動し、建物の壁に指を這わせる。
そこから、静かに囁いた。
「《開け》」
木の扉が軋み、鍵を残したまま内側へと開く。
少女たちの怯えた声。
リリィはそっと手を挙げ、優しく呼びかける。
「大丈夫。もう、誰にも触らせません」
「……もう怖がらなくていい」
ガルドがそう囁いた刹那だった。
――霧の外で、鋭く空気が裂ける音。
「矢……!」
反射的にリリィが身を屈めた瞬間、扉の木板に矢が突き立つ。少女たちが悲鳴を上げ、部屋の隅に縮こまった。
霧の外から、別の盗賊たちの怒鳴り声が響いた。
「テメェら何者だ! どっから入った!? 女どもを返せ!」
リリィは一瞬、外の霧を見つめた。
_____増援。しかも、こっちの方は戦い方に慣れている……
「ガルドさん。別動隊が来てます」
「見えてる」
霧の向こうで、金属音と叫びがぶつかり合う。
狭い通路に重装の盗賊たちが突入してきていた。
明らかに先発より練度が高く、装備も整っている。
「どうせ、力任せに村を襲っていた連中だ。……一息にやるぞ」
ガルドはツバイヘンダーを構え直し、側面の壁を蹴って飛び出した。
「殺れぇええええっ!」
「黒鎧の野郎だ! こいつが噂の……!」
矢が飛び、汚れた剣が振るわれる。
それを紙一重で抜けると、ガルドの剣が唸った。
「フッ!」
先頭の男の盾ごと両腕を斬り落とす。
だが後続は止まらない。
通路の両側から槍と投石が飛び、連携を取って押し込もうとしてくる。
____連携。こっちの奴らは訓練されてる____
「リリィ、少し下がれ」
「はい。でも、援護します。――《砕け》!」
リリィが放った魔力の弾が、敵の一人の顔面に直撃し、兜ごとひしゃげさせた。
が――
「魔女だ! 魔術師がいるぞ!」
「構わねえ! 数で潰せ!」
通路の奥から、さらに重装の男たちがなだれ込んできた。
視界の悪い霧の中でも、声を頼りに動く彼らは、完全に臆していなかった。
「……これは」
リリィの表情が僅かに険しくなる。
____連携してるだけじゃない……。魔法への対抗手段がある?___
彼女が咄嗟に詠唱しようとした瞬間――
「下がれリリィッ!」
ガルドの声と同時に、火薬の爆裂音が通路を震わせた。
視界が一瞬、白く染まる。
――敵は、爆裂弾を投げ込んできたのだ。
爆風の余波で崩れる壁、瓦礫。
吹き飛ばされ、リリィの膝が崩れる。
「……っぐ」
「無事か!?」
「はい……。少し、体が揺れましたけど……平気です」
「少し下がれ。一呼吸、息を整えろ」
「でも――」
「任せろ。俺が前に出る」
「……わかりました。でも、すぐに、私も前に出ます」
リリィはガルドの少し後ろで構える。
ガルドはひとり前に出て、通路の奥を睨んだ。
敵の士気は高い。
その中心に立つ斧を持つ男は、他の盗賊たちに比べて明らかに経験を積んでいる。
「来い。お前たちの死に場所は、ここだ」
ガルドがツバイヘンダーを肩に担ぎ上げた。




