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ノル村編 41.「……わかりました。でも、すぐに、私も前に出ます」

 ◆


 砦の扉を踏み砕き、ガルドは濛々と立ち上る粉塵の中を進んだ。


 眼前に広がるのは、荒く削られた岩壁に囲まれた広場。無造作に積まれた木材と、皮の干された柵。その向こうで、盗賊たちが次々に武器を構え、罵声を上げる。


 「なんだあれ、正面から来やがったぞ!」


 「バカか!? 罠も待ち伏せも全部無視して――!」


 「……じゃあ、まとめて斬るだけです」


 霧の中から滑り出るように、リリィが姿を現す。

 白銀の髪と、黒衣の裾が宙に舞う。


 「《縛れ》」


 静かな詠唱が囁かれた瞬間、地面から黒い鎖が噴き出し、三人の盗賊の足を絡め取った。


 「ぅわっ……ぐっ! 動けねぇッ!」


 「ちょこまかと……あのガキが魔法使いかよ!」


 鎖を断ち切ろうと短剣を振り下ろす盗賊。

 しかし刃は鎖にすら届かない。既に彼の背後に、鋼の足音が迫っていた。


 「ぅ……ま、待――」


 言葉が終わるより先に、ツバイヘンダーが振り抜かれる。


 鉄の塊が骨を砕き、甲冑ごと叩き伏せる。


 ガルドは剣を回し、残るふたりも一撃で処理した。


 その様を、斜面の上から見ていた一人の盗賊が、わずかに震えながら叫んだ。


 「お、おい! こいつら……普通じゃねえぞ! 逃げ――」


 「《沈め》」


 リリィが指を鳴らすと、地面が一瞬波打ち、彼の足元が崩れた。


 バランスを崩した男の上に、ガルドが跳躍して降り立つ。


 重力の勢いそのままに、剣が肩から胴体を断ち切る。


 周囲の盗賊たちが悲鳴を上げて後退する。


 「な、なんで正面から攻めてくるんだよ……!」


 「そんな奴、今までいなかったじゃねえか!」


 砦の構造は罠を前提として組まれている。

 狭い通路、高台からの一方的な射撃、逃げ道の塞がれた回廊。

 だがそれらは、“恐怖”という味方があってこそ機能する。


 そして、いま――


 「《視界を奪って》」


 リリィが放った霧が、砦の隅々にまで染み渡る。

 罠の位置も、高台の弓兵も、すべてが霧に包まれて無力化された。


 「な、何も見えねえ! 弓が使えねぇ!」


 「踏み込むな、そこは……っ――」


 ズバッ。


 霧の中で、血が噴き出す音。


 ガルドは一切の迷いなく、突き進む。


 音だけを頼りに、位置を読み、動きの隙を見つけ、切り裂く。


 それが、彼の流儀。


 _____この程度の数。罠の配置も、動きも甘い。烏合の衆だ_____


 剣を握る手に、緩みはない。


 左腕の籠手で敵の刃を受け流し、切り返しの一撃で首筋を落とす。


 霧の中、地面が血で濡れていく。


 「リリィ、北の建物に女が囚われてる。奴等とは違う気配がある」


 「了解。霧で包みながら、進みます」


 ガルドたちは、北側の建物のある一室の前まで来た。


 リリィは足音を消すように移動し、建物の壁に指を這わせる。


 そこから、静かに囁いた。


 「《開け》」


 木の扉が軋み、鍵を残したまま内側へと開く。


 少女たちの怯えた声。

 リリィはそっと手を挙げ、優しく呼びかける。


 「大丈夫。もう、誰にも触らせません」

 

 「……もう怖がらなくていい」


 ガルドがそう囁いた刹那だった。


 ――霧の外で、鋭く空気が裂ける音。


 「矢……!」


 反射的にリリィが身を屈めた瞬間、扉の木板に矢が突き立つ。少女たちが悲鳴を上げ、部屋の隅に縮こまった。


 霧の外から、別の盗賊たちの怒鳴り声が響いた。


 「テメェら何者だ! どっから入った!? 女どもを返せ!」


 リリィは一瞬、外の霧を見つめた。


 _____増援。しかも、こっちの方は戦い方に慣れている……


 「ガルドさん。別動隊が来てます」


 「見えてる」


 霧の向こうで、金属音と叫びがぶつかり合う。

 狭い通路に重装の盗賊たちが突入してきていた。

 明らかに先発より練度が高く、装備も整っている。


 「どうせ、力任せに村を襲っていた連中だ。……一息にやるぞ」


 ガルドはツバイヘンダーを構え直し、側面の壁を蹴って飛び出した。


 「殺れぇええええっ!」


 「黒鎧の野郎だ! こいつが噂の……!」


 矢が飛び、汚れた剣が振るわれる。

 それを紙一重で抜けると、ガルドの剣が唸った。


 「フッ!」


 先頭の男の盾ごと両腕を斬り落とす。


 だが後続は止まらない。

 通路の両側から槍と投石が飛び、連携を取って押し込もうとしてくる。


 ____連携。こっちの奴らは訓練されてる____


 「リリィ、少し下がれ」


 「はい。でも、援護します。――《砕け》!」


 リリィが放った魔力の弾が、敵の一人の顔面に直撃し、兜ごとひしゃげさせた。


 が――


 「魔女だ! 魔術師がいるぞ!」


 「構わねえ! 数で潰せ!」


 通路の奥から、さらに重装の男たちがなだれ込んできた。


 視界の悪い霧の中でも、声を頼りに動く彼らは、完全に臆していなかった。


 「……これは」


 リリィの表情が僅かに険しくなる。


 ____連携してるだけじゃない……。魔法への対抗手段がある?___


 彼女が咄嗟に詠唱しようとした瞬間――


 「下がれリリィッ!」


 ガルドの声と同時に、火薬の爆裂音が通路を震わせた。


 視界が一瞬、白く染まる。


 ――敵は、爆裂弾を投げ込んできたのだ。


 爆風の余波で崩れる壁、瓦礫。

 吹き飛ばされ、リリィの膝が崩れる。


 「……っぐ」


 「無事か!?」


 「はい……。少し、体が揺れましたけど……平気です」


 「少し下がれ。一呼吸、息を整えろ」


 「でも――」


 「任せろ。俺が前に出る」


 「……わかりました。でも、すぐに、私も前に出ます」


 リリィはガルドの少し後ろで構える。


 ガルドはひとり前に出て、通路の奥を睨んだ。


 敵の士気は高い。

 その中心に立つ斧を持つ男は、他の盗賊たちに比べて明らかに経験を積んでいる。


 「来い。お前たちの死に場所は、ここだ」


 ガルドがツバイヘンダーを肩に担ぎ上げた。

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