旅の始まり編 4.「……なら、ああいう人たちは、黙らせるしかないですね」
山道を進む二人の前に、崖の上から声が響いた。
「止まれ! 王国憲兵の巡回路だ。この先の通行には検問が必要だ」
崖の上に立つ男たちは、くすんだ鎧と統一感のない装備を身に着けていた。
旗に似せた布に王国の紋章らしき模様があるが、素人目にも偽物と分かる。
「……ガルドさん。あれ、本物じゃないですね」
「服装で分かる。動きにも、統率の気配がない」
崖上の男が、声を張り上げる。
「おい、その子供……妙に小ぎれいだな。おい兄弟、あれ、売れば結構な金になるんじゃねぇか?」
「へへ……そうだな。見た目も悪くねえ。ああいうのは“貴族専用”って言えば倍の値がつく」
くぐもった声が、風に乗って耳に届いた。
リリィは微かに眉をひそめた。
「下品な声は、風の音と区別がつきます。……聞こえてますよ」
「聞かれるつもりはないんだろう。だが、聞こえるなら話は早い」
ガルドはツバイヘンダーの柄に手を置いた。
崖下からも人影が現れ、二人を囲むように動く。
その動きは明らかに戦い慣れしている――兵ではなく、殺しと略奪を仕事にする者たちのそれだった。
「通行税を払え。そしてそこの女の子は引き渡してもらおうか。未成年の連れ歩きは違反行為だからな」
「なるほど、ずいぶん都合のいい法律ですね」
リリィの声が、静かに冷たくなる。
「ガルドさん、あの人たち“悪人”ですよね?」
「ああ。だから殺せ」
リリィの足元に魔法陣が浮かび上がる。
「《動きを止めなさい》」
地を縛るように重力が広がり、崖の上の男たちが体勢を崩す。
同時に、茂みから飛び出した三人の男が、剣を構えて突進してきた。
だが、そのうちの一人がツバイヘンダーの一撃で吹き飛ぶ。
音が遅れて響き、肉と骨の裂ける音が残る。
「っ……げ、下がれ! やばい、こいつら……!」
リリィは跳躍し、ロングソードを振るう。
「《首を落としなさい》」
声と同時に、男の喉を切り裂いた。
相手は悲鳴も上げられずに崩れ落ちる。
もう一人に詠唱を挟まず斬りかかると、受け止めきれず胸元を裂かれた。
「お願いです、ま――」
男が命乞いの言葉を口にする前に、リリィの剣が再び振り下ろされた。
「言い訳は、聞く価値がありません」
数分後、戦いは終わった。
残ったのは、崖下に転がるいくつもの死体と、血に濡れた剣の匂いだけだった。
リリィが剣を鞘に納めながら呟く。
「誰も“憲兵”としての敬意も、誇りもなかったですね」
「そもそも、最初から名乗る気すらなかっただろうな。形だけ装って、人を襲うのが仕事だ」
「……なら、ああいう人たちは、黙らせるしかないですね」
「その通りだ。手遅れになる前にな」
ガルドは道の先を見やった。
その目は、冷たくも確かな信念をたたえていた。