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商会都市編 33.「ガルドさんを……返して」

 剣が空気を裂いた。


 黒鉄の鎧が地を蹴ると同時、地下空間の空気が一気に緊張する。


 肉塊の“核”――子どもを封じた魔力の中心部に向けて、ガルドが一気に踏み込んだ。


 だが。


 「≪盾よ、起これ≫」


 術者の兄の顔をした者の呪文が響き、肉塊から脊椎のような骨の列が隆起した。血と瘴気をまとうその壁は、まるで巨大な獣の背骨がそのまま生き返ったような異様なものだった。


 「邪魔をするな……!」


 ガルドは躊躇なく剣を振り下ろす。

 刃が骨に当たり、鈍い火花が散る。

 血が弾け、瘴気が巻き上がる中、骨はゆっくりと砕けた――だが、それだけで“核”には届かない。


 「ッ、熱い……!」


 地下の気温が上がっていた。瘴気が変質している。

 腐臭と鉄臭が混ざった空気が肺を焼く。


 「ガルドさん!」


 リリィの詠唱が重なる。


 「≪呪障を削げ≫!」


 淡い光がガルドの剣に宿る。

 まるで魔力の繊維が刃を包むように、光が刃筋を撫でた。


 「貰った……!」


 もう一度、剣を振り下ろす。

 今度は、肉と骨と瘴気すらをも断ち切る斬撃だった。


 だが、柱の根元から、ねじれた触手が飛び出し、ガルドの一撃を防ぐ。


 「くっ!」


 触手は何本も根元から生えてきて、ガルド向かって地を這い、天を裂くように蠢いた。


 「ガルドさん、来ます!」


 「応じてやる……!」


 ガルドが駆けた。ツヴァイヘンダーを構え、一気に間合いを詰める。敵の触手が前方から迫るも、その太刀筋が全てを弾いた。鋼と肉のぶつかる鈍い音が地下空間に響く。


 「≪崩せ≫!」


 リリィが詠唱と共に地面を砕く。敵の足元に亀裂が走り、一瞬の隙が生まれる。


 「そこだッ!」


 ガルドの一撃がねじれた太い触手を裂く。だが、そこから飛び散った血が、逆に触手の束へと変貌し、彼の両腕を捕えた。


 「――ッく、ぬかりはないな!」


 触手は鎧の隙間を縫うように絡み、ガルドの動きを封じていく。


 「さすが騎士。だが貴様が力を振るうのも、ここまでだ……!」


 術者の兄の顔をした者が勝ち誇るように唇を吊り上げた。


 「見よ、この柱こそが儀式の核! この肉の中で、君が救った子どもは、神の供物となる!」


 リリィの足が止まった。目を見開き、そして噛み締める。


 ――私は。


 「ガルドさんを……返して」


 魔力が噴き出した。足元の石が砕け、空間が軋むほどの圧力が生じる。


 「おい……なんだ。その魔力は……神でないものが保有していい魔力の質では……!」


 「≪穿て≫」


 リリィの詠唱と共に、白と青が混じった膨大な魔力が球状に収束した。


 「≪穿て――砕け散れ!≫」


 閃光が走った。


 轟音が地下空間を満たし、柱すら軋むほどの衝撃が術者の兄の顔をした者へと叩きつけられた。杖が砕け、衣服は溶け、肉と骨が混ざり合い、敵の上半身が霧散するように吹き飛ぶ。


 「あああああぁ――!――――――、――――……」


 断末魔が、肉片と共に消えた。


 その場に、リリィは膝から崩れ落ちた。瞳は焦点を失い、白髪がふわりと宙に舞う。


 「リリィ……!」


 触手を千切って解放されたガルドが、彼女に駆け寄る。震える肩を抱き寄せると、かすかに胸が上下していた。


 「……やりました。……あの子を……」


 「もう、いい。お前は、よくやった」


 騎士の掌が、魔女の背を支える。


 肉の柱はなお脈動していたが、その中心部は、肉がほどけ、形を歪め始め、肉の塔は静かに崩れ落ちていく。


 天井の隙間から闇の底に、一条の光が差し込んでいた。


 音が割れ、中心部にあった肉の塊が、真っ二つに裂けた。


 肉塊が悲鳴を上げるように震え、血を噴きながら崩れ落ちる。

 中心に閉じ込められていた小さな身体が、瘴気の膜から滑り出るように露わになった。


 「……! 無事だ」


 ガルドが子どもを抱き上げた。


 「……生きて、る……」


 リリィは、ふらつく足取りで近づいた。

 子供が無事な姿を見て、リリィがかすかに微笑む。


 そのまま、ことりと地面に膝をつき、ゆっくりと後ろに倒れ込んだ。


 「よかった……もう、大丈夫……です……」


 リリィは、瞳を閉じると、意識が静かに、闇に溶けていった。


 血と腐臭に塗れた空間だったが、それでも、誰一人、言葉を発さなかった。


 ただ、倒れていた子どもの浅い呼吸だけが、静かに広がっていた。



数分後。地下を離れ、廃倉庫の裏にある通気口から外へ出ると、空は茜色に染まりはじめていた。


 動けるまで回復したリリィがそっと子どもを抱きかかえ、再び医者のもとへと向かう。


 「……この子の体は、もう安定しています。でも、夢を見ているかもしれません」


 「悪い夢か?」


 ガルドが問うと、リリィは微かに笑った。


 「……いえ、いい夢です。きっと、山猫と王子が、長い散歩に連れていってくれるような、そんな夢です」




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