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商会都市編 32.「ガルドさん――今、走って。あの“肉の柱”を潰してください……!」

 異形の肉塊が崩れ落ちてから、数十秒が経った。


 蝋燭のように溶け落ちた残骸は、次第に煙を上げて崩れ始める。

 瘴気はもう漂っておらず、断末魔すら残さなかった。まるで、はじめから誰もそこにいなかったかのように、静寂が訪れていた。


 しかし、その沈黙が、余計に嫌なものを思わせる。


 ガルドが剣を振って血と脂を振り払うと、風切り音が地下の湿った空間に響いた。


 「……下手に進めば、また呪術の罠にかかる。魔方陣の位置も確認が必要だ」


 「私の魔力探知では、“巧妙に隠された術”を完全には感知できません。それに術式の残滓が、空間全体に残っています」


 リリィは目を伏せるようにして言った。

 魔力の糸を走らせようとする指先に、僅かな震えがある。


 彼女の足元には、崩れた床の破片が残っている。

 辺りにはには、かつて素材となった人が鎖で繋がれていただろう痕跡――錆びた金属と、こびりついた人骨があった。


 「昨日“助けられなかった子”だって、そう言ってましたよね」


 「ああ。一日前――“あの倉庫”付近にまだ攫われた子供たちがいたんだろう。だが、この量は長い時間をかけて用意されたものだ。 アイツの言うことを鵜呑みにする必要はない…」


 「……でも、救えたかもしれなかったです…私…」


 リリィが言いかけたとき、ぴちゃり、と前方から水音がした。


 二人の正面で、黒い血のような液体が床の隙間から染み出し、文字を描いていた。

 それは“文字”というよりも、呪文の一部――“契約の印”に近いもの。


 ≪我が弟の死、我が肉に刻まれたり≫

 ≪憎悪をもって道を開かん≫


 「……あの術者、双子の兄弟って言ってましたね」


 「“親類の死を媒介に契約する”型の術式だ。もしかしたら、アイツ自身が器になろうとしてるのかもしれん」


 リリィが膝をつき、手をかざす。


 「下層に……“何か”が蠢いてる。人の姿じゃありません。形を持たない……けれど、ものすごく飢えてる」


 「上に戻るのは得策じゃないな。街を巻き込むぞ、あれは」


 ガルドは再び剣の柄を握り直した。

 この地下に広がっている気配は、ただの気配ではない。“体をツンっと冷たくする様な”の身の毛も与奪雰囲気だ。


 そのとき――


 カツ、カツ、と乾いた足音が響いた。

 天井の梁に繋がる細い階段の上から、ローブをまとった男が姿を見せた。


 だが、その顔は、術者の兄と――“まったく同じ顔だが、別人の表情をしていた”。


 「……会えて光栄だよ、“黒鎧の騎士”と“白髪の魔女”」


 声は落ち着いていた。だが、その瞳は、冷え切った炎のように燃えていた。


 「儀式を完成間際まで仕上げてくれて、ありがとう。……これで、私に“神”が満たされた」


 「貴様……何者だ?」


 ガルドが低く問いかけると、男はくすりと笑った。


 「双子の彼らの指導者とでも言っておこうか......彼らは最初から、この儀式のために用意された双子だ。そのために生まれた。兄の方は自分たちが“使われる側だと”言うことを知っていたよ。最後まで優越な気分だったろうね。弟の方は、君の剣を受けて、ずいぶん苦しんだようだが」


 リリィの表情が凍った。

 周囲の空気が、にわかに冷たくなる。


 「……人の命を使って、そんなふうに喋るな」


 「それは、君が“人”だからだ。私はもう違う」


 術者の兄の顔をした者は、そう言って、右手を掲げる。


 「見せてあげよう。双子の死を礎に、私が授かった“眷属”を」


 足元の地面が、ゆっくりと隆起する。

 それは、肉の柱だった。

 地下に撒かれた死体、廃棄された瘴気、術者自身の血と肉と魔力――すべてを混ぜ込んだ“呪術の苗床”。


 ずるり、ずるりと動くそれは、まだ形を得ていない。

 だが、確実に、何か“神に近い邪悪なもの”になろうとしていた。


 「準備は整った。……あとは、“心臓”が覚醒すれば完成する」


 術者の兄の顔をした者がそう言った瞬間、異形の肉塊の中央から、人間の子どものような声が響いた。


 「……おかあさん……さむいよ……」


 その声に、リリィは足を止めた。


 「……まさか」


 「そう。貴様が丁寧に治療した子どもだ。回収しておいた。お前の魔力が十分に注ぎ込まれて、“心臓”としてはちょうどいい。リリィ、貴様が癒した“その命”を、私が捧げる」


 肉塊の中心で、かすかに蠢くものがあった。

 無数の血管のような管が交差し、その隙間から小さな顔が突き出てきた。


 そこに居たのは、リリィが診療所で命を繋ぎとめた小さな男の子だった。


 「……おとう……さん……」


 声は幼かった。助けを乞うでも、泣くでもない。

 ただ、か細い声は、リリィの鼓膜を静かに震わせていた。

 その直後、肉の壁がずるりと動き、男の子は音もなく沈んでいった。


 次の瞬間、リリィの身体が自身の魔力を吹き出し、魔力の光に包まれた。


 「ガルドさん――今、走って。あの“肉の柱”を潰してください……!」


 「任せろ!」


 ふたりの戦いが、再び始まる。

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