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商会都市編 30.「生きてるなら救う。死んでるなら、壊すだけです」

落下する寸前、ガルドはリリィの身体を抱き寄せ、その身を庇うようにして着地した。


 鈍く重い衝撃音が響き、鉄と石が軋む。落ちた先は、かつて倉庫の基礎として使われていた地下空間――異様に深く、広い、辺りは、闇に包まれている。


 「無事か」


 「……ありがとうございます。骨は……丈夫な皮膚のおかげで多分、折れてません」


 リリィが短く答え、すぐに立ち上がった。


 リリィが周りを見渡すと、そこには潰れた檻の中で、動かなくなった小さな身体がいくつも折り重なっているのが見えた。


 血と土が混ざったような臭いが、ゆっくりと這い上がってくる。

 子どもたちの顔は見えず、ただ小さな手が一つ、無造作に突き出たまま――。


 「……生きて、いたのに」


 檻の中で、その指がまだかすかに痙攣していたが、それもすぐにぴたりと止まった。


 視界はぼんやりとしていたが、すぐに彼女の目が微かに光をとらえる。魔方陣から漏れる瘴気が、まるで呼吸するように脈動し、地下空間の壁を這っていた。


 「……ただの地下室、じゃない。これ、“儀式用に作られた空間”です」


 「連中の実験場の一部か……いや、それとも」


 ガルドがそう言いかけたとき、ぬるりとした音とともに、暗闇の奥から何かが這い出してきた。


 それは人の形を模した“何か”だった。

 胴体は人間の女、だが下半身は蛙のように肥大化し、四肢は関節が反転していた。皮膚は斑に焼け爛れ、目元には皮一枚の仮面が縫い付けられている。


 「……実験体、さっきの子とは違う……? 一体どれだけ犠牲者がいるの?」


 リリィが呟く間もなく、その“女”は喉から掠れた声を漏らした。


 「おかあさん、たすけて……わたし、わたし、わた……」


 次の瞬間、“女”の口が真横に裂け、咆哮とともに跳躍した。


 ガルドは即座に剣を抜き、盾も構えず片手で切り払う。


 斬撃は正確に首を叩き切った。だが、胴体はなお蠢く。


 「誰であろうと……切る」


 「“自動駆動の術式”が組まれてます。これ、まだ何体もいる……!」


 リリィの言葉が終わる前に、周囲の壁が崩れ、数体の異形が這い出してきた。

 そのどれもが人間だった名残を持ちながら、人ではない。


 老婆の腕に子どもの手足が縫い付けられたもの。

 胸を割られ、内側に“目”を仕込まれた男。

 そして――魔力で動く人形兵の残骸をベースに、亡骸を繋げて作られた“合成体”。


 その数は五体、六体――いや、さらに奥からも気配がする。


 「……どうやら、こいつらが“弟への供物”らしい」


 ガルドが短く息を吐き、剣を下段に構える。


 リリィはロングソードを構え、指先に魔力を纏わせた。


 「生きてるなら救う。死んでるなら、壊すだけです」


 「俺たちは、向かってくる敵は排除するだけだ」


 そして、二人は動いた。


 剣が火花を散らし、魔力が光を走らせる。

 だが――彼らの戦いを、上から見下ろす男がいた。


 「いいね。実にいい。君たちは本当に“絵になる”」


 天井の裂け目。術者の兄が望遠鏡のような魔道具越しに、楽しげに言葉を漏らす。


 「さあ、踊ってくれ。もっと激しく。もっと痛みを込めて……」


 呟きが止んだ瞬間、地下の最奥、巨大な扉が音を立てて開いた。


 骨が軋む。肉がぶつかる。声なき叫びが壁を満たす。

 ――戦いは、これからだ。

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