旅の始まり編 3.「……やっぱり私は、怖いですか?」
盗賊たちの屍を残して、広場には静けさが戻った。
風が通り抜け、血の匂いだけが生々しく残る。
リリィは剣を軽く振って返り血を払い、鞘に収めると、そっとガルドの方を振り返った。
「……これで、村の人たちも安全ですね」
「まだ油断はできん。裏に別の頭がいる可能性もある」
ガルドが剣を背負い直す。
その背後、民家の陰から数人の村人が恐る恐る姿を現した。
「……あ、あなたたち……助けてくれたのか……?」
初老の男が震えた声で口を開いた。
その後ろから、女や子供が一人、二人と顔を出し始める。どの顔にも安堵と、そして――別の色が混じっていた。
それは、恐れだった。
「盗賊たちを退けてくださったのですね……ありがとうございます、騎士様……ですが……」
その視線が、リリィに向く。
「その子……さっきの動き……あれは……人間じゃ……」
リリィは微笑を浮かべて軽く頭を下げた。
「こんにちは。リリィと申します。危害を加えるつもりはありませんから、どうか安心してください」
だが、その礼儀正しい態度は、かえって人々の不安をあおった。
「しゃ、喋ったぞ……! あの子……人…いや、あれ……あれは魔物じゃないのか!?」
「人間の形をしてるだけで、中身は化け物だ!」
「さっきの戦い、あれを見ただろ!? 子供があんな動き……おかしいに決まってる!」
人々の間に動揺が広がる。
ガルドが一歩前に出て、静かに声を落とす。
「落ち着け。彼女は人を襲わない。俺と共に旅している仲間だ。それ以上でも以下でもない」
だが、すでに恐怖は理性を鈍らせていた。
一人の男が後ずさりしながら叫んだ。
「だ、だったらどうしてそんなのを連れてる!? あんたは、魔物を操る魔術師か!? こいつは、何なんだよ!」
リリィの微笑は、静かに消えていた。
目を伏せ、少しだけ唇を噛む。
「……ごめんなさい。怖がらせるつもりはなかったんです。ほんとうに……」
その声は小さく、震えてさえいた。
彼女の肌は、見た目には人間そのもの――だが、触れれば冷たく、わずかに硬い。
その違いが、いつも人々に「人間ではない」と決定づけさせてしまう。
「ガルドさん……やっぱり、私……ここにいてはいけないんでしょうか」
その言葉に、ガルドはしばらく黙っていた。
やがて、彼はリリィの頭に手を置き、低く言った。
「いいや、お前はここにいていい。俺が連れてきた。俺の判断だ。文句があるなら、俺に言え」
その声音に、広場はしんと静まった。
数秒の沈黙ののち、最初に話しかけてきた初老の男が深く頭を下げた。
「……助けてくれた恩を、忘れるつもりはありません。ですが……申し訳ない。村の者を守る立場として、あの子を恐れないふりは……できません」
「……わかっている」
ガルドはそれ以上、何も言わなかった。
夕暮れ時、二人は村を後にした。
背中に光を受けながら、無言で歩く。
しばらくして、リリィがぽつりと口を開いた。
「……やっぱり私は、怖いですか?」
「いいや。お前は――強い。それだけだ」
ガルドは短く答えた。
その言葉に、リリィはうっすらと笑った。ほんの少し、安堵の混じった表情だった。