表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

26/55

商会都市編 26.「……でしょうね。あんな怪物、個人の力だけじゃ無理です」

 倉庫街の奥、人気のない荷置き場に逃げ込んだ二人の男は、雑然とした木箱の影に身を潜めながらも、焦燥に染まっていた。


 「く、くそ……本当に、追ってきてるのか?」


 「黙れ、まだ終わっちゃいない……」


  術者が、血まみれの手で壁際の巨大な木箱に近づいた。

 幅は二メートル、高さは人の背丈を超え、表面には封印術式がいくつも刻まれている。

 その封印術式は、木の合わせ目からは異様な黒煙が滲み出ていた。


 「目を覚ませ、“九号”……今こそお前の力を見せる時だ。

  俺の傑作だ……お前だけは、俺を裏切らないだろう?」


 手の甲を血でなぞり、封印符を引きちぎると――

 箱の内部で、異様な音がした。骨がきしむような軋みと、鉄を削るような咆哮。


 バキィンッ!


 次の瞬間、木箱の前面が内側から破壊された。


 飛び散る破片とともに、闇から現れたのは、四肢の関節が逆に折れ曲がった異形の肉塊だった。

 かつて人間だった痕跡をかすかに残すその姿は、筋肉の上に金属板を直接縫い付けられたような構造をしている。


 「ククッ……完成形にはまだまだだが、試し斬りには丁度いいだろう? さあ、“九号”――俺の敵を殺せッ!」


 怪物は、咆哮を上げ、背から生えた刃のような骨を鳴らして踏み出した。

 その視線の先には、黒鎧の騎士と白髪の魔女――。


 血の嵐が、再び始まろうとしていた。


 リリィが足音を捉えた時、怪物はすでに咆哮を上げていた。


 「ガルドさん! 前方、何か……っ!」


 「感じる、魔力の密度が違う。……出たな、術者の切り札ってやつか」


 怪物はその巨躯を揺らして走り出した。

 四足獣のように地を這い、唸り声をあげながら瓦礫を踏み潰して突進してくる。


 「≪止まれ≫!」


 リリィの詠唱とともに足元が爆ぜるが、怪物の装甲のような外皮はそれを弾き、強引に踏み越えてくる。


 「硬いだけじゃない、筋力も桁違い……!」


 「下がれリリィ! ツバイヘンダーでいく」


 ガルドが両手で大剣を振ると、怪物の腕と剣がぶつかり火花を散らす。

 凄まじい衝撃で地面が割れ、ガルドの脚が一歩めり込んだ。


 「チッ……受け止めただけでこの重さ……」


 「≪裂けろ≫!」


 リリィの追撃が怪物の脇腹を裂き、紫色の血液が噴き出す。しかし怪物は怯まず、怒り狂って再び突進した。


 「まだまだ!」


 ガルドは身を翻し、刃を横にして叩きつける。

 音が鈍く響き、怪物の片腕が根元から吹き飛んだ。


 「≪貫け≫!」


 リリィの詠唱に反応し、魔力の槍が天から突き刺さる。

 怪物の背中が貫かれ、動きが鈍る。


 「今です、ガルドさん!」


 「――終わらせる!」


 低く踏み込み、重力を殺さぬまま、ツバイヘンダーを頭上から振り下ろした。

 鉄を割る一撃が、怪物の首を肩ごと叩き落とす。


 「……ぁ……あ……」

 かすれた呻きが、血の泡と共に漏れる。

 人間の声に似たその音が、耳に焼きついた。


 もがく巨体が地に崩れ落ち、ついに沈黙が訪れた。


 「……人の……声、してました」


 リリィの目がわずかに伏せられる。


 「生きた人間を……壊して作ったのか。ふざけた真似を」


 怪物の断末魔の余韻の中で、気配を断って逃げようとした術者と商人の姿が遠くに見えた。


 「リリィ、行けるか?」


 「はい。ガルドさん、次は逃しません」


 ふたりは無言で頷き合い、再び走り出した。

 外道の産物の――その根を断つために。


 細い裏路地の奥、崩れかけた石壁に身を寄せ、商人の男が喘ぐように吐き出した。


 「はあ、はあ……馬鹿な……俺たちが、こんな目に……!」


 その横で、術者が顔を蒼白にしながら血まみれの手を握りしめる。


 「“九号”を倒すなど……想定外だ……っ。もう一手、もう一手あれば……!」


 震える手で懐を探るも、逃げ道に仕掛けた術の罠で、すでに魔石も呪符も尽きていた。


 そして、路地の向こうから、ゆっくりと“それ”が現れた。


 「……見つけた」


 低く、地を這うようなガルドの声に、ふたりの顔が引き攣る。


 背後にはリリィ。白髪を揺らし、静かな怒気を放ちながら、剣を手にしていた。


 「これ以上、逃げるのはやめませんか?」


 商人は悲鳴混じりに喚いた。


 「ま、待て! 俺はなにもしてない! 運んでただけだ! 取引先が欲しがるから……!」


 「その“欲しがる”ために、子どもを檻に入れてたのか?」


 ガルドが一歩近づいた。その足音だけで、商人は尻餅をつく。


 「た、頼む……っ、金ならある! 金ならやるから命だけは――」


 だが、言葉の最後は届かなかった。


 ザクリ、と重く鋭い音がして、ガルドのショートソードが商人の首筋を斜めに裂いた。

 血が石畳に叩きつけられ、もがく暇もなく、男は崩れ落ちた。


 「ひっ、ひいぃっ……っ!!」


 残る術者が、背後へ這うように逃げようとする。


 「……やめてください。あなた、また生きた子どもで錬成するつもりだったんですよね」


 リリィの声は静かだった。


 「だったら、今ここで死ぬのが“正しい”です」


 「≪沈め≫」


 その呟きとともに、大地が術者の膝下を飲み込むように歪んだ。


 石畳が割れ、崩れた地面に足をとられた術者の身体が仰向けに倒れた瞬間、

 リリィは素早く詰め寄り、剣を胸に突き刺した。


 「ッ、が……ぁ……っ!」


 痙攣しながら、術者の口から血の泡が漏れ、やがて静かに息絶える。


 彼の用をなさない空の魔石が転がり、コロッと音を立てて止まった。


 辺りに再び、静寂が満ちる。


 「……ガルドさん。これで、この倉庫に関わっていた人間は、ひととおり……」


 「いいや、まだだろう。こいつらの背後に、もっといるはずだ」


 「……でしょうね。あんな怪物、個人の力だけじゃ無理です」


 リリィが剣をしまい、袖で目元の血を拭う。


 「黒鎧の騎士と白髪の魔女……次は、誰の噂になるんでしょうね」


 「言わせておけばいいさ」


 ガルドは血のついたショートソードを振り払い、無造作に鞘へと収めた。


 夜の風が吹き抜ける裏通りに、ふたりの足音だけが残った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ