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商会都市編 25.「……ひどいですね、ここ」

 闇に包まれた倉庫街の一角。木造の古い建物の地下に、その“市場”は存在していた。


 鉄の扉を抜け、階段を下りた先には、無数の松明と明かり石が不気味に灯る広間。

 獣の剥製、珍しい鉱石、呪具、奴隷――この場所で扱われるものに、法や倫理は存在しない。


 今夜の目玉は、“特別な個体”の競りだ。


 「次は、こちら! 南部の集落で捕獲された希少種、見た目は人間ですが、検査で“高魔力反応”あり! これは儲かりますよぉ!」


 檻に入れられた少女が、無理やり引き出される。

 目は虚ろで、腕には注射痕が複数走っていた。


 観客席に陣取る商人たちが、次々と手を挙げる。


 「五十万!」「五十五万!」「六十万銀貨!」


 「……吐き気がするな」


 物陰からそれを見下ろす、黒鎧の騎士――ガルドがつぶやく。


 彼の隣では、白髪の少女が表情を険しくしていた。


 「子どもが“商品”扱いされてる……。この市場、潰しても文句言われませんよね?」


 「ここで“売り買い”してる奴らは全員、命を捨てた者だ。躊躇う理由はない」


 リリィは頷き、手袋の上から剣の柄に手を添える。


 その時、観客席の奥――ひときわ装飾の多い席で、ひとりの男がゆっくりと手を上げた。


 「一〇〇万銀貨だ」


 沈黙とざわめきが広がる。


 「出たぞ……」「“術者様”の指名買いだ……」


 “術者様”。錬金術と魔法の融合で知られる、“肉人形作り”で悪名高い男。


 リリィの目が細められる。


 「あいつ……あの少女で、何を作るつもりなんでしょうね」


 「ろくでもないことには違いない」


 ガルドが剣の柄を握り、静かに告げる。


 「始めるぞ。目立つのは後でいい。まずは裏手に回って、檻を開ける。……子どもたちを、逃がす」


 「了解です、“ガルドさん”」


 ふたりは闇に紛れて地下の構造を辿り、警備の薄い通路を進む。

 途中、見張りの私兵が数人いたが、リリィの魔法剣と、ガルドの手練が音もなく始末する。


 やがて奥――獣臭と薬品が混じる、格子だらけの収容所に辿り着いた。


 踏み込んだ瞬間、リリィの鼻を突く、濃密な腐臭と薬品の香り。

 乱雑に並べられた鉄檻の中には、ぐったりとした子どもたちが横たわっている。痩せ細った四肢、意識の薄い瞳――明らかに薬物で眠らされ、商品として扱われている。


 「……最低ですね」


 リリィが怒気を帯びた声でつぶやくと、背後から男たちの怒号が響いた。


 「止まれ! ここから先は立入禁止だ!」


 立ちはだかったのは六人の私兵。いずれも刃物を手にし、戦う意志を持つ顔だった。

 その奥、檻の陰からひとりの小太りの商人風の男が顔を出した。


 「なっ……バカな、どうしてここが……!? おい、お前ら、あの黒鎧を見ろ! “黒鎧の騎士”だぞ! それに、“白髪の魔女”も……!」


 私兵の顔色が一瞬で変わる。だが、それでも刃を引く者はいなかった。


 「動いたら、殺すだけだ」


 低く響く声とともに、ガルドがツバイヘンダーを構える。

 その視線だけで、ふたりの兵が震えた。


 「……ひどいですね、ここ」


 リリィの声は震えていたが、それは怒りによるものだった。

 その手は既に、剣の柄に触れている。


 「やめておけ」


 低い声が響いた。


 倉庫の奥の長机の前に立つ男がいた。貴族風の身なりに、長い杖を携えた陰気な目の男。


 「おい、どうなってやがる!? 話が違うぞ、こいつら……黒と白髪じゃねぇか!」


 「落ち着け。こいつらが何者でも、ここで殺してしまえば済むことだ」


 術者の男が冷たく言い放つ。

 すると、倉庫の側面から現れたのは、更に私兵たち――七人。全員が鋼鉄の鎧に身を包み、刃を抜いている。


 「殺せ。言葉は要らん」


 術者が指を弾くと、兵たちが咆哮を上げて襲い掛かってきた。


 「リリィ」


 「はい、“ガルドさん”!」


 リリィの詠唱が空気を震わせる。


 「≪砕け≫!」


 床から隆起した魔力の杭が兵士たちの脚を叩き折り、一人が呻きながら膝をつく。


 同時に、ガルドのツバイヘンダーが唸りをあげる。

 前方の兵士が盾ごと胴を斬り裂かれ、倉庫の壁に叩きつけられた。


 リリィの剣が滑るように敵の懐へ入り、喉元を斬る。


 「≪裂けろ≫」


 別の兵士の足元が爆ぜ、そこにリリィの細剣が閃いた。倒れる兵の背中を突き抜け、絶命させる。


 ――数十秒。

 鮮血の飛沫が舞い、十三人の私兵が絶命していた。


 「ば、馬鹿な……こんな、こんな化け物共が……っ!」


 商人の男が絶叫し、術者にしがみつく。


 「もう無理だ、逃げるぞ! あんなのと戦えるか!」


 「……応じよう。だが一矢報いる」


 術者は手をかざし、檻の奥に向かって魔法陣を描く。

 リリィが瞬時に叫んだ。


 「ガルドさん、檻の子たちが危ない!」


 「間に合う」


 ガルドがショートソードを抜き、術者に向かって投げ、魔法陣を描く指ごと斬り落とす。


 「ぐあああああっ!」


 術者が絶叫し、その隙に商人が裏口の扉を蹴破った。


 「俺は逃げる! この街で終わりたくねえ!!」


 「い゛ッ……ッざけるな、ふざけるなよォ……ッ!

 俺の指を汚い剣で落とすなどォッ!!

 指一本の代償に、貴様の骨全部バラしてやるぞ、騎士風情がああああ!!」

 

 血に濡れた衣服の裾を翻し、術者は裏口の奥へと身を投げるように走り出した。


 「リリィ……追うぞ!」


 「了解です、“ガルドさん”!」


 血に染まった倉庫に、倒れ伏す私兵の死体と、まだ目覚めぬ子どもたちだけが取り残された。

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