商会都市編 23. 臓腑の蠢く街
南へ進んだ街道の先、ふたりが辿り着いたのは、石造りの塀に囲まれた商業都市だった。
だが活気あるはずの街並みにもどこか重苦しさが漂っている。商人の叫びが交錯する通りを歩けば、路地裏では浮浪者が目を伏せ、角ごとに武装した私兵が立っていた。
「空気、よくないですね……。商品より、喧嘩の方が高く売れそう」
街に入るなり、リリィは顔をしかめる。
「ここは商会都市だ。名ばかりの領主はいても、実権は商会組合が持っている」
ガルドが顎で示した先には、黒と銀の装いに身を包んだ一団があった。剣と短杖を下げた男たちが、道行く人々を無言の視線で威圧している。
「“黒鎧の騎士”と“白髪の魔女”が村を襲ったって噂、ここにも届いてそうですね」
「歪んだ情報は早く回る。……だが、信じる信じないは勝手だ」
そのとき、背後で囁く声が耳に届いた。
「あの白髪の……女の子だよな?」
「本物じゃない? 剣持ってたって話……」
リリィはちらりと振り向いて小さく笑う。
「隠れてても、噂って広がるものですね」
「騒ぎを起こせば、街の“管理者”が動く。……来るぞ」
予感は的中した。宿屋の角を曲がったとき、すでに四方から囲まれていた。
先頭に立つのは、私兵隊の中でも階級が高そうな男だった。胸当てに商会の刻印を掲げ、腰には片刃の剣と黒曜の短杖が揺れている。
「貴様ら、“黒鎧”と“白髪”の二人組か。商会の命により、ここで拘束する」
「理由は?」
ガルドが抑えた声で尋ねる。
「通行証不備、武装未申請、そして市内治安を脅かす存在であるという証言が複数」
「便利な罪だな。……殺した相手が商会の飼い犬だから、口も軽くなったか」
「貴様、商会を侮辱したな?」
「事実を言ったまでだ」
私兵が叫ぶ。
「構わん、抵抗の意志ありと見做せ! 囲め、殺してでも拘束しろ!」
先に動いたのは、ガルドだった。
ツバイヘンダーの柄を握り、鋼のきしみと共に一閃。
飛び出してきた先兵の身体を、斜めに断ち切る。
「黒鎧の……ッ、こいつ本物――」
叫びかけた私兵の声は、刃が骨を断つ音にかき消された。
「≪砕け≫」
リリィの短い詠唱と共に、敵の足元の石畳が砕けて噴き上がる。
爆ぜた石の破片が飛散し、私兵の目を狙い潰す。
「あなた達、命まで安く見積もってるみたいですね」
剣を抜き、リリィが静かに踏み込んだ。
私兵の一人が叫ぶ。
「お、おい……囲め! こいつら、ただの剣士じゃねぇぞッ!」
だが、その号令に応じられる者は少なかった。
血を撒き散らしながら跳ねるツバイヘンダー。
跳ねる足音と共に斬り込む白髪の少女。
目に映るのは、自分たちの死だけだった。
数分後。
通りには、十数名の私兵の遺体と、黒く染まった舗道だけが残された。
「また汚しちゃいましたね、道」
「掃除の必要はない。……噂が本物に追いつくだけだ」
「ひとり、補助魔法使ってましたね。速度強化系。けど、かなり古い術式です」
「別の術者は来る。だが、今はまだ小手調べだ」
そのやりとりを物陰から見ていた、帳簿を抱えた小商人がひとり。
「こいつら……本当に“噂のふたり”だったのか……。黒鎧の騎士と、白髪の魔女……」
その囁きは、血に染まった通りを越え、
やがて商会の幹部たちの耳に届く。
次に来るのは――ただの兵ではない。




