旅の始まり編 21.「ちょっと暴れた獣が居たんだと思ってください」
街道の終点に近づくにつれ、空気が淀んでいた。
人や獣の血の匂いではない。もっと粘り気のあるもの――
腐った制度と、吐き捨てられた命の匂いだった。
「……ガルドさん、先の関所、普通じゃないですね」
「目立たないよう動け。衛兵の様子を見てから判断する」
ふたりは近くの斜面に身を伏せ、草の合間から関所を観察する。
木造の柵が二重に設けられ、入り口には長槍を構えた兵が四人。
伏せた姿勢のまま、ガルドは低く呟いた。
「“奴ら”は、訓練された兵じゃない。動きが鈍い。――傭兵上がりの徴発兵か、最悪、盗賊崩れの衛兵だ」
一見すると、真っ当な街の出入り口のようだ。
だが――
「……通る商人全員から“検問料”を取ってますね」
「関所での徴収は地方領主の裁量内だ。問題は――」
ガルドの視線が止まる。
「……女と子供を引き留めてる」
兵士のひとりが、通行証を見せる若い女性に笑みを浮かべた。
「おい、そこの女。通行証をもっとよく見せろ」
「通行証です、二人分持っています、ここに……」
「――おっと、通行証は本物だな。だが、身柄確認が必要だ。……子供まで連れて、怪しいしな」
「かあちゃん、おなかすいた……」
「はっ、ガキに口を利かせるな。……通りたいなら“特例の手数料”を払え」
「そ、そんなっ……!」
「すぐに済む。部屋で待っていろ」
女の手を掴もうとした瞬間。
《≪砕け≫》
地面が裂け、兵士の片足が沈んだ。次の瞬間、リリィの姿は柵の上に乗っていた。
リリィが柵の内側の奥に目を凝らすと、関所の裏に小屋があるのを見つけた。
開いた扉の内側には、鎖に繋がれた痕跡、染みついた血痕、ちぎれた子どもの靴。
「“確認”って、いつから暴行の言い換えになったんですか?」
「何者だッ!」
衛兵が槍を構えるも、ガルドがその脇腹へショートソードを深々と突き立てる。
「お前の敵だ」
リリィも飛び下りざまに詠唱する。
《≪縛れ≫》
魔力の鎖が地面から飛び出し、兵士二人の手足を拘束する。
残る者たちも武器を構えるが、既に動きが遅い。
リリィの目が珍しく怒りに濁っていた。
「“特例の手数料”って、あなたたち、どれだけの人を……!」
《≪沈め≫!》
叫ぶように放たれた魔法は、地を穿ち、衛兵の足元を崩落させる。
「その手で誰かを引きずった分だけ、地面に引きずられてください」
沈んだ兵士をガルドのツバイヘンダーが一閃。
鮮血が、関所の門を染めた。
その数分後――
関所の兵士全員、地面に倒れ伏し、ふたりは解放された人々に荷をまとめるよう促していた。
「ここはしばらく機能しません。別の街道に向かったほうがいいですよ」
「き、君たちは……その、いったい――」
解放された老商人が問う。
ガルドは荷台の上で刀を拭いながら答えた。
「通れぬ門なら、壊すまでだ」
リリィは笑みを浮かべて言った。
「ちょっと暴れた獣が居たんだと思ってください」
ふたりが関所跡をあとにすると、村へと続く森の道が静かに開けた。
次の火種は、もっと深く、暗く、入り組んだ場所にあるかもしれない。
だが、ふたりの足取りに迷いはなかった。
剣と魔法が交差するたびに、“歩み”は進んでいく。




