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旅の始まり編 19.「これで、村の子たちが夜、安心して寝られるといいですね」

 数日の歩行の末、ふたりは街道沿いの小村に辿り着いた。名もなき宿場。だが、旅人が時折立ち寄るには十分な水場と食料が揃っている。


 村の入り口に立ったリリィは、軽く伸びをしながら言った。


 「ふぅ……ガルドさん。あの人工生物なんの為にあそこに置いていたんでしょうね?」


 「答えは残ってなかった。連中も指示されていただけだろう」


 「うーん、錬金術師でも出てくるかと思ったのに。現実は地味ですね」


 「敵がいた。倒した。それで充分だ」


 「ですね」


 ふたりは宿屋の軒先へ向かい、木札に書かれた「泊一夜 銅貨五枚」の文字を確認する。

 銅貨を五枚、ガルドが無言で差し出した。宿主の老女が警戒の目を向けながらも、金にだけは律儀に頷いた。


 部屋は質素だった。木の寝台と藁の布団。隅には瓶詰めの水が置かれている。


 「一泊する。明日は街道を東に進む。丘陵地帯の集落を通過予定だ」


 「うん。でも、その前に……」


 リリィはガルドの隣に腰を下ろし、小声で言った。


 「さっき、外で変な視線がありました。子供を抱えたお母さんと、目が合ったんですけど――」


 「警戒していたか?」


 「ううん、逆。怯えてました。私を見てすぐ顔を伏せた。まるで……」


 「魔物でも見たかのように、か」


 「……はい」


 沈黙。


 リリィは、自分の白い手のひらをじっと見つめた。


 「私は、“か弱い少女”に見えてるはず、ですよね?」


 「実際、そう見える。だが中身を知ってる者には、それが恐怖になる」


 「……どうしてですかね。正体がバレてないのに、何か本能で感じるのかな?」


 「そういうのは、ある」


 ガルドは短く答えると、窓の外を見た。


 夕刻、宿の外では焚き火を囲んで村人たちが集まっていた。

 ふたりは出歩かず、部屋でじっとしていたが、扉の隙間から小声が漏れてくる。


 「……やっぱり、あの二人だよな。黒鉄の鎧に、白い髪の小娘……」


 「噂じゃ、盗賊の集団を一夜で潰したって……」


 「関わらないほうがいい。ああいうのは、戦で死ぬだけの人種だ……」


 リリィは小声で笑った。


 「“か弱い少女”にしては、印象強すぎましたかね」


 「もう手遅れだ」


 「でも、逆にこれで悪人は寄ってこないかも」


 「悪人は、別の理由で寄ってくる」


 「……それは、それでまた」


 その夜、村の外れから火の手が上がった。

 リリィが真っ先に窓を開ける。


 「ガルドさん、煙が上がってます。倉庫か、牛舎かも」


 「確かめる」


 ふたりが駆けつけたとき、すでに三人の男たちが、火を前に立ち尽くしていた。

 農具を手に、何かを怒鳴り合っている。


 「だから言っただろう! あいつらのせいだって!」


 「放火なんて誰がやるかよ!」


 「白い髪のガキは呪われてんだよ! あいつが村に来てから、急に火が――!」


 リリィが前に出た。


 「言いたいことはそれだけですか?」


 「て、てめぇ……! 火をつけたのはおまえか!」


 「私たちが宿で休んでいたことは、宿のおばあさんが知ってますよ」


 「し、知るかッ!」


 ひとりが農具を振りかざし、襲いかかろうとする。


 その瞬間――


 《≪沈め≫》


 リリィの詠唱とともに、足元の地面が粘土のように膨れ、男の足を取った。

 男が前のめりに倒れ込んだ瞬間、ガルドが素早く間合いに入る。


 「ぐあぁ――!」


 ショートソードの柄で、男の側頭部を鋭く打ちつける。

 刃ではなく、柄。強烈な衝撃に、男の目が泳ぎ、そのまま地面に崩れ落ちた。


 「……殺してはいない。ただ、少し夢を見てもらう」


 ガルドの低い声に、残るふたりが凍りつく。


 ガルドは言う。


 「――敵意があれば、応じる理由になる。それだけだ」


 「納得できました?」


 リリィの問いかけに、誰も答えない。


 燃え上がる牛舎の炎が、夜空を赤く染めていた。


 リリィの詠唱とガルドのショートソードによって地に沈められた男は、炎が夜空を赤く染める中、小さく痙攣し、やがて気を失った。


 残る二人の男の一人――年若い顔をした村人が、膝をつき、声を震わせた。


 「お、俺は、火を……ただ、止めたかっただけなんだ……!」


 「なら、戻って火を止めろ」


 ガルドが短く言い捨てた。


 男たちは怯えた目でふたりを見つめ、それでもよろよろと立ち上がる。

 火に向かって走りながら、何度も振り返る――まるで、背中を刺されることを恐れているように。


 リリィは静かに見つめていた。


 「……誤解って、簡単に燃え広がるんですね」


 「風と同じだ。放っておけば広がるし、抑えるには火種を潰すしかない」


 「潰しすぎると、もう誰も残らない気がしますけど」


 「必要なら、そうなる」


 翌朝、村に残っていた者たちは口を閉ざしていた。


 宿屋の老女だけが、ひっそりとリリィの手に袋を差し出した。


 「干し肉と、水。それに、少しばかりの薬草じゃ。……ここには、もう来んほうがええ」


 「ありがとうございます。おばあさんは、信じてくれるんですね」


 「信じとらん。信じとらんが……礼を言っておく。多分、牛舎を襲ったのは、前からこの村で目をつけられてた不良どもじゃ。あんたらがいなきゃ、もっとひどくなってたかもしれぬ」


 リリィはふと笑みを浮かべた。


 「じゃあ、お礼はありがたく受け取っておきます」


 ガルドは黙って袋を受け取り、軽く一礼して村を後にした。


 村を出た直後、街道沿いの林にて。


 リリィはふと、振り返る。


 「あの村の人たち、私たちのこと、どういうふうに噂するんでしょうね」


 「黒鎧の騎士と、白髪の魔女。そんなところだろう」


 「えっ、私、魔女枠なんですか?」


 「子供の姿をして、魔法を使う不明な存在。魔女に見える奴もいる」


 「……なるほど。納得したくないけど、納得しました」


朝日が照らす中、ふたりは人気のない畑道を歩いていた。


 「ガルドさん、やっぱりあの村の人の会話……言ってました。火をけしかけたのは、川沿いの納屋を根城にしてる連中だって」


 「間接的に俺たちと敵対した、潰す」


 「はい。私、少し……腹が立ってます。暴力で黙らせることをしてしまいましたから__」


 リリィはきゅっと拳を握る。


 「焼かれた牛舎には、親子で大事に育ててた家畜がいたそうです。あんなこと、やるなんて――」


 納屋と呼ばれていたのは、川のそばに崩れかけた木造りの倉庫だった。

 周囲には見張りもおらず、気が緩みきった男たちの声が夜気に溶けていた。


 「火事ぃ? あんなもん本気でやる馬鹿がいるとはな」


 「けど、面白かったぜ。村の奴らの顔よぉ……!」


 「……」


 気配を消しながら裏に回ったリリィが、小声で詠唱した。


 《≪曲がれ≫》


 壁の向こうにいた男の足元が歪み、膝から崩れ落ちる。頭が壁にぶつかり、脳震盪を起こす音がした。


 その隙に、ガルドが躍り込む。


 「誰だっ――ぐあっ……!」


 ツバイヘンダーがテーブルごと男を裂き、血しぶきが火の灯に染まる。


 奥で叫び声が上がる前に、リリィの剣が投げつけられる。

 軽量化されたロングソードが一直線に飛び、首を射抜いた。


 残ったふたりの不良が物陰に隠れて刃物を構えた。


 「ま、待てッ、俺らはただ、ちょっと騒いだだけで……!」


 「焼いた。人の暮らしを」


 ガルドの目が冷たく光る。


 「弁明は意味がない」


 「ま――」


 《≪裂けろ≫》


 リリィの魔力が床を砕き、破片が不良の目元を切り裂いた。

 その隙をついて、ガルドが一歩詰め、ショートソードで喉を横に断つ。


 最後の男がよろめきながら逃げ出そうとしたが、納屋の外には既にリリィが立っていた。


 「ここ、出入り口ひとつだけですよ?」


 彼女が静かに剣を構える。


 「昨夜、牛が鳴いてましたよ。火の中で、苦しそうに」


 「ひ、ひぃっ……」


 《≪落ちよ≫》


 壁が崩れ、その下敷きになる形で最後の男も終わった。


 静寂が戻る。


 ガルドは納屋の死体から金と保存食を回収し、最後にリリィと共に納屋を焼却した。


 「これで、村の子たちが夜、安心して寝られるといいですね」


 「そうだな。……それだけで充分だ」


 ふたりは再び、静かな道を進み出す。


 どこかを目指すわけでもなく、かといって安らぎを求めるでもない。


 ただ、どこかで新たに生まれる“火種”を、消し、斬り、砕くために。


 その足取りは、どこまでも重く、静かに、確かだった。



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