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旅の始まり編 18.「了解です。じゃあ――次も、やることは一緒ですね」

 採石場を出た頃には、朝靄がすっかり晴れ、空に雲が広がり始めていた。


 「もう少し北に向かえば、村がひとつあります。補給できるかもしれません」


 「補給は必要だな。剣の刃がひと振り分増えて、鈍ってきた」


 「それ、物理的な意味ですか? それとも、気分のほう?」


 「両方だ」


 リリィがくすりと笑い、ふたりは馬もなく歩みを進める。

 倒した連中の物資――乾燥肉、水袋、巻き煙草などはリュックに詰めた。金も十分に奪った。が、戦闘の痕跡が多く、長居はできなかった。


 「ねえ、ガルドさん。さっきのあれ、試作の……なんとかって言ってたでしょ」


 「第六試作。記憶している」


 「六ってことは、ほかにも五体以上あるってことですよね」


 「あるかもしれん。だが、今はどうでもいい」


 「……ですね」


 リリィは深く踏みしめるように歩く。硬い白い足は泥を避ける術を知らず、たまに石ころを蹴っては、妙に人間らしい声を出す。


 それからしばらく歩いたころ、小高い丘を回り込んだ場所で、奇妙な光景に出くわした。


 倒れた馬車。割れた荷箱。地面に撒き散らされた干し麦や薬草。

 そして――


 「死体だ」


 「はい。三人……全部、荷箱の中に押し込められてます。馬は……いないようです」


 「周辺の足跡が浅い。荷物を奪ってすぐ逃げたか、あるいは――」


 「まだ、近くにいます?」


 「分からん。慎重に動く」


 ふたりが死体を調べていると、背後の茂みから、がさりと枝を踏む音が響いた。


 リリィがすぐに振り返る。


 だが、そこには老人がひとり、荷車の外装を抱えて震えていた。


 「ひいっ……だ、誰だあんたら……ま、また盗賊か……?」


 「違う」


 ガルドは即答し、剣に手をかけたまま歩み寄る。


 「荷車の持ち主か?」


 「ち、違う……通りがかっただけだ。おれは、近くの畑の世話に来てたんだが……朝になったら、こいつを見つけて……」


 「見たものを全部言え。隠すな」


 リリィが穏やかな声で付け加える。


 「安心して。私たち、悪い人は殺すけど、善い人は助けますから」


 「そ、それ……逆に怖いな……」


 ガルドは淡々と尋ねた。


 「馬は?」


 「いなかった。たぶん、連れてかれた。足跡が三、四人分。南東に向かってる。すぐ近くに、使われてない教会があってな。昔、盗賊が集まってたって噂もある……」


 「十分だ」


 老人の安全を確認し、ふたりは南東へ足を向ける。


 「ほんとに、また盗賊?」


 「盗賊じゃなかったとしても、悪い奴がいれば殺す。荷物を奪って、死人を箱に押し込めるような連中は、生かしておく理由がない」


 「はい。……そういうのは、絶対許しちゃだめですね」


 やがて朽ちた教会が見えてきた。

 崩れかけた屋根と折れた鐘楼。周囲の草は不自然に踏み固められている。


 「ガルドさん、声。二階に一人、外に二人、裏にも一人。耳に刺さる感じのしゃべり方」


 「中で待ち伏せもあるな。……どう動く?」


 「私は裏からまわります。合図は、あれでいいですか?」


 「《≪散れ≫》、でいい」


 「了解」


 リリィが笑った。


 崩れかけた鐘楼に夕光が差し込む頃、リリィは静かに裏手の茂みに身を滑り込ませていた。


 教会の裏壁は苔とカビでびっしりと覆われ、窓枠のひとつは壊れて隙間ができている。そこから、怒鳴り声と下品な笑いが洩れていた。


 「……あの馬、思ったより元気だったな。売るなら早めがいいな」


 「あいつらも運が悪かったな。馬を街まで連れてくには時間がいる、ゆっくり休もう」


 リリィの眉が僅かに動いた。


 「……ガルドさん。行きますね」


 そう囁いて、彼女は詠唱した。


 《≪散れ≫》


 その言葉と同時、教会の屋根裏から乾いた破裂音が響いた。

 爆ぜるように広がった衝撃波が瓦礫を吹き飛ばし、内部にいた連中が驚愕の声を上げる。


 「な、なんだあッ!? 爆発か!?」


 「敵襲だァ――ッ!」


 外にいた見張りが慌てて扉を蹴破り、廃教会の外へ飛び出した。


 しかし、その瞬間。


 「遅い」


 ガルドが影のように現れ、ツバイヘンダーが振るわれた。


 その重さに抗う暇もなく、男の体が斜めに裂ける。


 もう一人が短剣を抜くが、それより早く、ロングソードが横腹を貫いた。


 「ぐあっ……が、ガキがッ……!」


 「違います」


 リリィが静かに答えた。


 「私は、ガルドさんの剣であり杖ですから」


 残る二人が教会の中から飛び出してきた。


 「野郎! 何者だ、おまえら!」


 「その白髪の小娘、ただの子供じゃねぇな……!」


 「黙れ。俺たちを敵に回したことだけ、後悔しろ」


 ガルドは短剣を拾い上げ、足元へ向かって滑らせた。

 その行動に気を取られた瞬間――リリィが地面を蹴って突進する。


 《≪落ちよ≫》


 詠唱と同時、崩れかけた梁が轟音と共に落ち、一人を直撃する。


 もう一人が背を向けて逃げようとしたが、逃がさない。


 「やられる前に、やるのが正しいでしょ?」


 リリィの剣が、その背中を貫いた。


 数分後、廃教会には沈黙が戻っていた。


 ガルドは最後の男のポーチから金貨を引き抜き、火打石を拾い上げる。


 「この場所にこいつらは相応しくない」


 「じゃあ、教会の外で灰にしましょう」


 ふたりは遺体を一ヶ所に集め、燃やした。建物近くで火をつけず、最後には土を被せた。

 あくまで「ここで死体が目立った困る」という判断からだった。


 「……もう、大丈夫です」


 リリィが肩にかかった埃を払うと、ガルドのほうを見上げた。


 「ガルドさん、次は?」


 「西。街道沿いの村に立ち寄る。干し肉の在庫が心許ない」


 「了解です。じゃあ――次も、やることは一緒ですね」


 「殺すべき相手がいれば、殺す。それだけだ」


戦いを繰り返しながら歩くふたり。

黒鉄と白髪――噂はまだ微かだが、やがて確かに形を成していく。

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