旅の始まり編 16.「喋る声が気に入らなかったんです。うるさくて」
森を抜けた先、空はすでに夕焼けに染まり始めていた。
遠くで鳥が鳴き、空気の温度が静かに落ちていく。
「今日は、森の外で野営ですね」
リリィが肩にかけた袋を下ろし、見晴らしの良い岩場に腰を下ろす。
「荷は十分か?」
「はい。干し肉、硬パン、薬草、盗品と思われる銀貨が数枚。あと、ちょっといい匂いの香油。……これは使い道なさそうですね」
「燃やせ。煙で虫が寄らん」
「なるほど、騎士様って生活力高いんですね」
ガルドは返事をせず、焚き火の準備を始める。リリィは黙って、その横で小枝を集めて火打石を取り出した。
火が上がってしばらく――
遠くの岩陰から、獣とは違う重い足音が近づいてきた。
「……人の足音。数人、重量あり」
「追ってきたか?」
「いえ……足取りが雑すぎます。巡回でもないし、あの様子だと――」
リリィの言葉が終わる前に、三人の影が岩場の反対側に現れた。
「……あ? なんだお前ら。旅人か?」
陽に焼けた顔に無精髭、手には粗いつくりの鉄槍。
剣と盾を構えた軽装の男たちは、一見すると警備兵にも見えたが、その目は商人の獲物を探す獣のようにぎらついていた。
「へぇ……なかなかいい荷持ってんな。しかも……女連れか」
「旅の護衛じゃなきゃ、奴隷か何かだろ。ちょっと俺たちと話してもらおうか?」
言葉の端に毒が混じる。
ガルドは焚き火越しに立ち上がり、静かに剣の柄へ手をかける。
「失せろ。話すことはない」
「はは、威勢がいいな。地面に這いつくばったらどんな言葉を吐くのかな?」
「なぁお頭……、噂聞いたことねえか? “黒鉄の処刑人”と“白髪の魔術師“がここら辺に居たって」
近くの仲間の男が言った。
「“黒鉄の騎士”と“白髪の魔術師”。……お前ら、まさか――」
「馬鹿、それはもっと東の話だろ。どうせ似たような騎士崩れとガキだ」
「でもよ、この雰囲気……なんか、ちょっと――」
その時だった。
リリィが焚き火の炎の先に立ち、ゆっくりと詠唱を口にする。
「≪喉を奪え≫」
突風のような魔力が走り、三人の喉元に鋭い痛みが走った。
「が……っ!?」
「喋る声が気に入らなかったんです。うるさくて」
次の瞬間、ガルドが飛び出す。
ツバイヘンダーの斬撃が地面ごと一人を叩き潰した。
「二手に割れろ!」
敵の一人が叫ぶ。リリィの剣が宙を裂き、すれ違いざまに敵の膝を断ち切る。
「お前ぇ!……くぅ!」
残る男が振り向きざまに槍を構えた瞬間、黒鉄のショートソードがその喉を貫いた。
息を吐いたふたりは、敵の物資を漁り、燃え残った焚き火に敵の死体から奪った衣服を投げ込む。
「――荷物は、大したものじゃありませんね。槍、腐った干し肉、酒……あとは銀貨と、なんか壊れた護符みたいな……」
「護符?」
「どこかの印がありますね。……どこかの組織だった野党ですかね?」
「……練度は低そうだ。あいつらの動きは雑だった」
「私たちの噂とかどうするんですか、? 賞金首になっているかも?」
「向かってくるなら倒す、そうでなければ気にするな」
夜は、再び静寂を取り戻していた。
焚き火の炎に照らされながら、白髪の少女と黒鎧の男は、次の戦いに備えて目を閉じた。




