旅の始まり編 15.「……非情ってわけじゃなく、割と現実的な対応ですね」
山を下る途中、森の道がぬかるみ始めた。昨晩降った雨のせいだろう。枝に残った雫がぱらぱらと落ち、陽の光にきらめいている。
「……足元、ぬるぬるですね。滑って転びそう」
「踏み込みの甘いやつは死ぬ。滑りそうなら手をついてしゃがめ」
「そういう言い方、ちょっとひどい気がします」
そう言いながらも、リリィは小柄な体で器用に足場を選び、ぬかるみを越えていく。
その背にガルドも続き、二人は森を抜ける獣道を進んだ。
やがて、開けた林道に差しかかる。そこに――
「……馬の足跡が新しいな」
ガルドが立ち止まり、地面を指差す。削られた土に、重たい蹄の跡。三騎分。
「通ったばかり、って感じですか?」
「追いつくかもしれん。……念のため、距離を取って進むぞ」
小一時間も歩かぬうちに、前方の雑木林の奥から人声がした。
「……あの服、旅人? いや、荷馬車はない。先導してるのは……護衛っぽい?」
「身なりは粗末だが、剣を帯びてる。……傭兵か、ならず者か」
ガルドは林の影から様子を窺う。
男三人――いずれも鎖帷子をまとい、腰には曲刀。革の胸当てにはどこかの紋章を無理やり削った痕跡がある。背中の袋は膨れていた。
「……人攫い、ですね」
リリィがぽつりと言った。
その場に、縄で繋がれた少女と男がひとり、うつ伏せに倒れている。口には布を詰められ、身動きできない様子だった。
「“使えそうなやつだけ残して他は川に流せ”って、さっき言ってました」
「聞こえたか」
「相変わらず耳だけはいいんです」
リリィは小さく微笑み、右手にロングソードを握った。
ガルドは静かに頷いた。
「行くぞ。動き出す前に、斬る」
最初に動いたのはリリィだった。
「《動きを縛れ》」
詠唱と同時に、空気が沈み込むような重圧が走った。
地面に魔力の符が広がり、三人の男たちの脚を縛りつける。
「なっ……足がッ……!」
驚きの声が漏れた刹那、ガルドの影が飛び込む。
ツバイヘンダーの一撃――
受け止める暇もなく、男の上半身が地面に叩きつけられた。
「二人……っ、あの噂の……!」
「“黒鎧の騎士”と、“白髪の魔術師”だ!」
「知ってる奴は黙って死ね」
ガルドの低い声とともに、剣が二人目の胸を穿った。
最後の一人が魔法の縛りから逃れようとじたばたした。
「助けて……おれは言われてやっただけで……!」
「じゃあ、言った奴のところに行って怒るといいですよ」
リリィがそう言って、刃を突き立てた。
静けさが戻った草原に、虫の声だけが響いていた。
縄で縛られていた男女は気絶していたが、命に別状はなさそうだった。
ガルドが縄を断ち、リリィが水袋を口元に運んでやる。
「……どうします? このままに?」
「目覚めたら、自分で帰れる。物資だけ回収していく」
「でも、また誰かに襲われたら?」
「その時は……次の誰かが、手を貸すだろう」
「……非情ってわけじゃなく、割と現実的な対応ですね」
「無理に背負うほど、俺たちの背は広くない」
その後、ふたりは男たちの所持品から金貨数枚と、干し肉の袋、火打石を奪い取った。
空が茜色に染まるころには、ふたりの姿はすでに森の奥へと消えていた。




