旅の始まり編 14.「じゃあ、もうちょっと静かに旅をしますか?」
日が傾きかけた頃、小高い尾根を越えた先に、廃屋が現れた。
かつては山間交易の中継所だったらしく、石組みの土台に木造の小屋が乗っている。
扉の一部は崩れており、修繕された痕もない。だが、中からはかすかな火の灯りと人の気配が漏れていた。
「何かの……集まり?」
リリィが小声で言った。
「野営地にしては、声が多いな」
ガルドがしゃがみ込み、地面の踏み跡を指でなぞる。
「二十人は出入りしてる。武装してた形跡は……ある」
「取引所、かもしれません。いまどきの野盗って、武器や薬草も売るって聞きました」
「なら、無関係な連中も混ざってる可能性もある」
ふたりは物陰から廃屋の様子を窺った。
外には馬が繋がれており、木箱や麻袋がいくつも並べられている。
その一部には、――高価な幻覚作用を持つ薬草商人の印があった。
「……合法な流通品じゃなさそうですね」
「問題は、その中に俺たちの首を狙う奴がいるかどうか、だ」
「確認してから、斬る感じですか?」
「ああ」
廃屋の内部には、すでに十数人が集まっていた。
焚き火を囲んで肉を焼く者、布袋を開いて銀貨の勘定をする者、
奥では女商人らしき人物と、短刀を腰に下げた若い男が何かを取り引きしている。
その空気は、混沌としていた。
武装者、交易者、従者らしき者が雑多に集まっているが、互いに警戒心が強く、誰ひとりとして安心しきっていない。
「……近くに来てるんだとよ」
「誰が?」
「“あのふたり”さ。黒鉄の鎧と、白髪のガキ」
「……傭兵隊が仕損じたって噂の」
「首を獲ったら、銀貨千枚だとよ。真偽は知らんがな」
「だったら、見つけたらとりあえず確かめてみるか」
ギィ……
扉の軋む音が、小屋のざわめきを止めた。
焚き火を囲む者たちが一斉にこちらを見る。
黒鎧の男――ガルドが、ゆっくりと中へ踏み入れ、白髪の少女――リリィがその背後に続く。
「……なんだ、あんたら」
「こんな時間に山越えとは、物好きだな」
険しい声の中、一部の視線がリリィに集中した。
「ちょっと、見た目が良すぎるな……あの子」
「どこの街から流れてきた? 値がつくぞ、あれは」
「傭兵崩れか? 黒鉄の鎧と白髪のガキ……ああ、聞いたことあるな」
ざわ……と空気が揺れた。
リリィは微笑を浮かべて口を開いた。
「うーん、そんなにじろじろ見られると照れますね。旅のついでにちょっとだけ立ち寄っただけなんですけど」
室内にいた者たちのうち数人が小声で話す。
「賞金がかかってるって噂もある。……おい、どうする」
「確かめてからでも遅くねぇだろ」
何人かが手を腰に伸ばした、その瞬間。
「《足を止めなさい》」
リリィが囁くように詠唱すると、床から淡い魔力の杭が伸び、ひとりの足元を縫い止めた。
「ぐっ……!?」
足をとられた男がもんどりうって倒れる。
その隙に、ガルドがツバイヘンダーを引き抜いた。
「構えたな。なら、殺す」
「関係ない者は、黙っていれば死なない。……巻き込まれたい奴は、そのまま構えろ」
構えたのは、六人だった。
戦闘は一瞬で地獄に変わった。
ガルドは正面から突っ込む敵を正面から叩き斬り、リリィは回避と妨害を担いながら魔法を撃ち込む。
「《視界を奪え》」
敵の頭上に光が弾け、魔力の閃光が網膜を灼いた。
「うわっ、目が――!」
「くっ、くそ、出入口が……」
「《壁を閉ざして》」
扉に沿って光の壁が展開され、退路は完全に閉ざされた。
部屋は悲鳴と、血の音で満ちる。
数分後――
残された者たちは、壁にへばりつくようにして動けなくなっていた。
戦う意思を持った者たちは、すでに地に伏している。
「……この中に、わたしたちに賞金をかけた人の話をしてた人、いました?」
リリィが軽く首を傾げた。
黙っていた一人が、震える声で言った。
「……ひ、東の領の噂だ。“黒鎧の男と白髪の少女を見たら通報しろ”って……。領主の命令だとか、違うとか……おれらは知らねぇんだ」
「誰に命じられた?」
ガルドが一歩、血の床を踏み鳴らす。
「わ、わかんねぇ! 東の都市で流れた話で……裏の連中が“魂を抜かれる”とかって、誰かを恐れてたのは確かだ!」
ガルドは沈黙し、それ以上は追及しなかった。
戦闘の混乱が去った小屋には、震える人々と物資がまだ残っていた。
壁際に積まれた麻袋を覗き込んだリリィが、ふと目を細めた。
「保存食がけっこう残ってます。硬いパンと干し肉、あと干し葡萄……うん、まだ食べられます」
「持っていけ。こっちは水袋と包帯、それと火打石だな」
ガルドは手際よく物資を選別し、壊れていない袋に詰め始めた。
床には倒れた者たちの遺体と、彼らが散らした銀貨がかすかに残っている。
「金には困ってないけど、持っておきます?」
「使える分は持て。震えてる奴らに渡すよりマシだ」
ガルドは血に濡れた床を避けながら、袋を肩に担ぐ。
「ここ、放っといて大丈夫ですか?」
リリィの問いに、ガルドは周囲を一瞥してから首を振る。
「俺たちが何かする必要はない。次に来る奴らか、ここにいるこいつらが片付けるだろう」
「……なるほど。合理的ですね」
ふたりは物資をまとめ、血に濡れた小屋を後にした。
夕焼けの中、リリィがふと口を開く。
「……でも、ちょっと気になったこと」
「なんだ」
「わたしたちの名前、知られてましたね。“黒鉄の鎧と白髪のガキ”って」
「ああ。賞金首らしい。誰が流したかは不明だが」
「領主様とか……そういうのが関係してるんでしょうか?」
「……今のところはまだ分からん。ただの噂かもしれんしな」
「じゃあ、もうちょっと静かに旅をしますか?」
「無理だな。敵が来る限り、静かには歩けん」
リリィが苦笑し、剣を腰に回す。
「ですよねぇ。……じゃ、次の敵に会いに行きますか」




