旅の始まり編 13.「……こんな数でやれると思ったんでしょうか」
獣道のような山道を登っていた。
道標すらなく、苔むした石段と崩れかけた祠が点在するだけの、廃れた巡礼路。
往来は完全に絶え、祈りの跡すら風化していた。
「前に一度、こういうところで足を取られたことがあります」
リリィが、草に覆われた段差を軽やかに飛び越えながら言った。
「転んだのか?」
「……。靴が滑っただけです」
「では、転ばなかったんだな」
「……はい、__靴が滑っただけです」
ふたりのやり取りは静かだが、どこか余裕のある調子だった。
だが、空気は――急に、変わった。
「足を止めろ」
ガルドが手を上げ、耳を澄ます。
乾いた岩肌の上で、わずかに金属が擦れる音。
「待ち伏せ……七、いや、八人。丘の上と左右の林」
「服の音がない。軽装で、動きも静かです。訓練されてる」
「報酬目的の傭兵か。……囲まれるぞ。斬る」
「了解です。わたし、右に回ります」
刹那――頭上から矢が放たれた。
ガルドはツバイヘンダーの腹で弾き、すぐに斜面へと跳躍する。
敵は既に散開していた。軽鎧に片手剣とダガー、長柄の斧など、実戦を想定した装備。
いずれも顔を隠し、無言で攻撃の意思を示していた。
「女を生け捕れ、男は殺せ!」
唯一、斧を構えた男が怒鳴る。
(……下種な人たち…)
リリィは素早く距離を詰め、斧兵の背後から斬り込む。
「《脚を止めなさい》!」
詠唱と同時に、地面に魔力の杭が突き立ち、男の動きを封じた。
その脚を踏み台にして、リリィは跳躍。宙から斬りつけ、頭ごと叩き伏せる。
「一人目。……ガルドさん、三人来ます」
「任せろ」
ガルドは小さく地を蹴り、崖の斜面を利用して回り込んだ。
短剣使いの男が突き出した一閃を肩で受け流し、ショートソードで肘を断つ。
悲鳴を上げる前に、もう一人の喉をツバイヘンダーが裂いた。
――三人目は、鎧を着た大男だった。
重い鉄製の胸当てと、片手斧の重厚な動き。
だが、ガルドは構わず接近し、低く囁いた。
「見えている」
ガルドはわずかに刃を引き、斧の振り下ろしを受け流す。
空いた脇腹の隙間に、ショートソードを深くねじ込む。
「鎧は万能じゃない。お前のは脇が甘い」
呻き声とともに男が倒れる。
一方リリィは、二人の相手と交戦していた。
ナイフを投げる痩せた男と、長槍を構えるニヤニヤとした男。
「避けると思って撃たれました。……嫌な動き」
リリィは横跳びで回避しながら、霧を呼ぶ。
「《視界を奪って》!」
薄霧が広がり、敵の視界を遮る。
その隙に接近し、槍の穂先を弾くと同時に、喉元へ切っ先を突きつける。
男の体が痙攣し、霧の中に沈んだ。
「霧の中の方が、わたしは強いんですよ」
最後の一人が逃げようと林に走る。
だが――
「待て」
重低音の声とともに、ガルドが現れた。
男が剣を振るも、その一撃は虚空を切り、ガルドの返し手が脇腹を裂いた。
戦いが終わった。
リリィが軽く肩を払う。
「……こんな数でやれると思ったんでしょうか」
「金で動く奴は、成功率より報酬を見る」
リリィが剣の柄を拭きながら言う。
「わたしたち、どっかで噂になってたりしません? “あの二人、狙えば金になる”って感じに」
ガルドは剣を納めながら、無表情で返す。
「なら、噂ごと叩き潰すだけだ」
その言葉に、リリィは微笑み返した。




