旅の始まり編 10.「……こういうの、きっとずっと続くんでしょうね」
湿原を抜けた先の丘で、三人は焚き火を囲んでいた。
風が冷たく、火の温もりが静かに肌を撫でる。
リリィは拾った枯枝を小さく折って、火にくべた。
その横で、少女――名前も告げなかった子どもは、薄い毛布にくるまれてうつむいている。
「火、熱すぎませんか?」
「ちょうどいい。汗が出るようなら調整する」
「ふふ。ガルドさん、あったかい言い方すればいいのに」
「言ったつもりだ」
小さな笑いがリリィの喉から漏れた。
火がぱちりと弾けた音が、夜の静けさに混じる。
その音に、少女がびくりと肩を震わせた。
リリィがすぐ隣に座り直し、声を落とす。
「大丈夫。怖いの、ぜんぶガルドさんがやっつけたから」
「……でも……また、来たら……」
「来たらまた、斬ってもらいましょ。――ね?」
少女は、こくりと小さく頷いた。
しばらくして――少女は毛布に包まれたまま眠った。
リリィは立ち上がり、火のそばで腰を下ろす。
「……ガルドさん」
「眠れないのか」
「はい……でも私は、普段から寝なくても動けますよ。今日は、なんだか目を閉じてるのが惜しいって――夜なんです」
焚き火の炎が、リリィの頬に明かりを灯していた。
「今日の子、ああいう子、増えてるんでしょうね。戦場が増えて、商人や盗賊が増えて……」
「だから斬る。理由もいらん。やってることを見ればいい」
「うん。そうですね」
リリィが両膝を抱え、焚き火の揺れに目を細めた。
その時だった。
遠くで、地を這うような呻き声が聞こえた。
ただの風ではない。低く、濁った、湿った声。
「……聞こえましたか」
「ああ」
ガルドが剣に手をかけた。火を消し、気配を沈める。
夜の静寂に紛れて、ぬらり、と現れたのは、灰色の皮膚と膨れた腹を持つ異形の魔物だった。
背中には無数の赤ん坊の顔が浮かび、どれも目を閉じている。
「……これは……“泣き女”の変種。瘴気に侵された土地にだけ現れるタイプですね」
「群れか?」
「一体だけ。でも、音を出せば仲間を呼ぶかも」
「斬る」
即答と同時に、地を蹴る。
ガルドは最初の一撃で首を狙わず、胴を横に薙いだ。
膨れた腹が破裂し、中から毒素混じりの液体が飛び出す。
「《空気を清めて》」
リリィが術を詠唱し、風を操作して毒を外へ逃がす。
魔物は咆哮とともに頭部の“赤子の顔”を開き、無数の叫び声を重ねて発した。
しかしその音は、リリィの次の詠唱で封じられる。
「《喉を沈めなさい》」
魔法の束縛が喉を締め上げ、悲鳴が潰れる。
「今!」
リリィがロングソードで足を切り裂き、動きを封じた。
ガルドが刃を逆手に持ち替え、魔物の胸板を貫くように叩き斬る。
内臓を抉り、背骨まで届いたその一閃で、魔物は動かなくなった。
再び夜が静けさを取り戻した。
風が、魔物の血を乾かすように丘をなでる。
リリィは火を再点灯しながら、つぶやいた。
「……こういうの、きっとずっと続くんでしょうね」
「……ああ」
ガルドは焚き火越しに彼女を見た。火の揺らめきが白銀の髪に映り、淡く赤い光を帯びている。
戦いと小さな休息、その繰り返し。どれだけ斬っても、焼き払っても、世界の暗がりは尽きることがない――それを知っているからこそ、彼はその言葉に反論しなかった。
代わりに、手元の薪をくべ、火の勢いを静かに強める。
夜は長く、そしてまた朝が来る。二人はその狭間を、生き延びるだけだ。




