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旅の始まり編 1. 黒鎧と白髪の道行き

 風が吹き抜けるたび、乾いた灰と砂が路肩に溜まっていく。

 果てのない街道を、黒鉄の鎧をまとった男が歩いていた。

 この道で死んだ者の骨は、風にさらされ、灰になると言われている。

 風が吹こうと、灰が舞おうと、男の歩調は変わらない。黙して歩みを止めなかった。


 その名はガルド。

 かつて王都で「白刃のガルド」と呼ばれ、騎士団でも五指に数えられた男。

 だが今、その名を知る者は、この地に両手で数える程もいない。

 追放の理由となると、誰一人として真実を知らないだろう。

 彼自身、それを語ろうとはしない

 彼の背には巨大なツバイヘンダー、腰には抜きやすいショートソードが装備されている。

 “騎士”と呼ばれた男は、剣と共に流れ者として生きている。


 その歩みに、後ろからついてくるのは、ロングソードを背負った。白銀の髪を風に揺らす小柄な少女だった。


 「ガルドさん、今日の目的地って、集落ですか? それとも、また野宿ですか?」


 問いかけた少女――リリィの声は、柔らかく澄んでいた。

 見た目は十歳に届かぬ幼子に見えるが、その身体は鋼と魔導鉱石で構成されている。

 人が造り出した命、ホムンクルス――けれど、彼女の言葉に機械的な響きはない。

 錬金術師に造られた彼女が、なぜこうして一人の旅人と共にいるのか。

 その経緯を詳しく知る者は、製造者を除けば、おそらくガルドただ一人。

 リリィ自身は、自分の生まれた時のことについて、曖昧な記憶しか持たない。


 「……森を抜ければ、小さな村があるはずだ。地図に載っていればの話だがな」


 「よかったです。昨日の干し肉、もうちょっとで石になりそうでした」


 「お前の歯は、石も砕けるだろう」


 「でも舌では砕けませんから。味覚は、大切です」


 ふっと笑うようにリリィは答える。

 彼女の瞳は、人形じみた美しさを宿しながらも、時折きらめくような意志を見せた。


 ガルドは足を止め、空を仰ぐ。

 天は灰色にかすみ、瘴気の薄膜が漂っていた。


 「……魔物の活動圏だ。気を抜くな」


 「はい。前方に獣の気配。三体、接近中」


 リリィが瞬時に言う。彼女の感覚器官は、常人を遥かに上回っていた。


 「森の縁だな。誘き寄せるぞ。位置を取れ」


 彼女は一歩前へ出て、草の上に静かに手をかざす。

 魔力の波動が走り、足元に淡い魔方陣が浮かぶ。


 「≪縛れ≫」


 簡潔な詠唱。

 次の瞬間、地面から伸びた魔力の鎖が、飛び出してきた魔獣の足を絡め取る。


 「ガルドさん、今です!」


 ガルドが応じるように踏み込み、巨大なツバイヘンダーを振るう。

 風と共に走った刃が、魔物の一体を斜めに両断した。


 すぐにリリィが残る一体に肉薄し、剣を振る。


 「≪裂けろ≫!」


 魔物の腹が切り裂かれ、どろりとした内臓が地に落ちた。


 三体目が怯えて後退する――が、すでに遅い。


 「逃げるのは、早すぎますよ」


 リリィの剣がその背を裂き、獣は断末魔をあげて沈黙した。


 戦闘が終わる。


 風が再び灰を巻き上げる中、リリィが息を整えるように立ち止まった。


 「……終わりです。損傷、なし。魔力は……八割ちょっと残ってます」


 「それだけあれば十分だ」


 ガルドは剣を背中の鞘に収め、切り裂かれた魔物の死体を見下ろした。


 「手慣れてきたな」


 「ありがとうございます。でも……まだ、怖いですよ。攻撃されるのは」


 「なら、倒し続けるしかないな」


 リリィは笑う。その表情は、年相応の少女のように見えた。


 歩き出したガルドの背に、彼女はすぐに並ぶ。


 「……そういえば、前に戦った時も、こんな感じでしたよね」


 「三日前の山間部か?」


 「いえ、もっと前。初めてご一緒したとき。あの時のガルドさん、すっごく無口でした」


 「今も変わらん」


 「いえ、ちょっとだけ。言葉の棘が減りました」


 リリィの何気ない言葉に、ガルドは答えず、ただ前を見つめる。


 「……気のせいだ」


 そう呟いて、また歩き出す。


 街道はどこまでも続く。

 瘴気に覆われたこの地では、人と魔が入り混じり、争いが絶えない。


 だが――


 「ガルドさん。私、今日の夜は、焚き火で焼いた肉料理が食べたいです」


 「贅沢を言うな。……だが、肉を十分に焼ける木が残っていればの話だ」


 「じゃあ、探します。魔物より火の材料」


 ふたりの旅は続く。

 どこへ向かうとも知れぬ道の果て、ただ生きるために、剣を振るい続ける旅。


 黒鎧の騎士と、白髪の魔女――その異名は、まだこの地に知られていない。


 だが、間もなく彼らの名は、血と鉄の香りと共に、広がっていくことになるだろう。



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