episode3 201号室と曲
「ここが俺のうち」
アパートの2階、外階段を上がってすぐの部屋。玄関の横を見ると201号室と書かれてある。彰人に案内され部屋の中に入ると室内は薄暗く静まりかえっていた。
「適当に座ってていいから。とりあえずお茶でいい?」
「うん、ありがとう」
部屋を見渡すと必要最低限の物のみが置かれているようで、きちんと整理整頓がされている。俺は二人掛けのダイニングテーブルの片方に腰掛けた。
「はい、どうぞ。ん~、とりあえず適当に作るかぁ」
彰人は俺の前にお茶を入れたコップを置くと、すぐにフライパンを出して何やら作り始めた。
(本当にいつも一人でやってるんだ)
彰人は冷蔵庫から野菜を取り出し手際よく切っていく。ふと壁を見るとカレンダーが掛けられておりそこにはやはり2005年と書いてある。ページは10月だった。
「ねぇ彰人。今日って何日なの?」
「えぇっと、今日は、、、ん~何日だっけ?、、、うわぁぁっと」
彰人の方を見ると何かを炒めている最中だったようだ。炒める勢いでフライパンから人参が飛び出たらしく慌てていた。
「急に話しかけてごめん。なんか手伝おうか?ってなんもできないけど」
「あ~、じゃあ皿出して。そこの戸棚にあるから」
俺は彰人の横にある戸棚を開けお皿を出した。彰人の後ろからフライパンを覗き込むと肉野菜炒め的なやつを作っているようだった。
「これでいい?」
「おう、ありがと。もうできる」
彰人はそう言うとお皿に手際よく盛り付けていく。恐らく味付けは塩コショウのみだろう。シンプルな炒めものだったが先程からお腹の虫がぐぅぐぅと鳴り続けていた俺は自然とよだれが出ているのが自分でも分かった。
「うまそ、、、」
そんな俺の様子に気づいた彰人はこちらに目をやると
「わっはっはっ!ぷうちゃん!ごはんだよ~!!」
とテーブルに炒め物をよそったお皿とレンチンしたレトルトご飯を置く。
「よしっ!じゃあ食べようぜ」
彰人は俺に箸を渡すと、いただきます、と言いガツガツと食べ始めた。
「いただきます」
何の変哲もないただの肉野菜炒めなのだが普通にうまい。お腹が空いていたのもあり食べ盛りの男2人が食べ終えるには5分もかからなかった。満腹、とまではいかないがある程度の腹は満たされた。ごちそうさま、と言ったあと、彰人が
「やっぱ誰かと食べるっていいよな~」
と言った。
「食べるのって一瞬だけど」
と言い笑う。たしかに、と俺も笑った。
そのあと俺はせめてもと皿洗いをした。俺が皿洗いをしている間に彰人は手際よく風呂の準備をする。風呂が沸くと、先に入っていいよ、と言ってくれたがさすがに気が引けたので彰人に先に入ってもらうことにした。
「テレビでも見て自由にしてていいから」
と彰人に言われたので、テレビを見てみることにした。5分ぐらい見てはチャンネルを変えてを繰り返していたところ、とある音楽番組でチャンネルを変える手が自然と止まった。
(テレビの声)『続いての曲はHALUさんで「青春」です、どうぞ。 ~♪~ 』
「風呂あがった~。よければ颯太も入れ、、、ておいっ!」
俺ははっとした。彰人に声を掛けられなければ気づかなかったがそのとき両目からぽろぽろと涙を流していた。
「あぁ、HALUの「青春」か。いい曲なんだよな、これ」
彰人は俺が見ていたテレビ画面を見るとそう言った。俺は自分でも訳が分からずただただ流れてくる涙をぬぐうしかなかった。なんだか恥ずかしい気持ちやらなんやらで頭がごちゃごちゃになる。結局その曲が流れている間、俺の涙が止まることはなかった。
「とりあえず、風呂入って頭すっきりさせてきたら?あっ着替えは適当だけど風呂場に置いてるから」
「うん、、、」
彰人に言われるがまま風呂場に行く。のろのろと服を脱いでいると洗面台の鏡に自分の顔が映った。さっき泣いたばかりで両目が赤い。
(あぁ、そうだ。俺ってこんな顔してたんだっけ、、、?)
風呂に浸かりながら今日の嘘みたいな出来事を振り返る。考えることが多すぎて何から考えればいいのか分からない。
(なんでさっきは泣いてしまったんだろう?)
考えても考えても答えは出ない。このままだとのぼせて干上がってしまいそうだ。でもそれでもいいのかもしれない。だって俺はこの世界では存在すらしていないんだから。と、一瞬最悪な考えも浮かんだが、ここまで自分によくしてくれた彰人にだけは迷惑をかけられないと、とりあえず冷静になることにした。風呂から上がり身体を拭き彰人が用意してくれた着替えを見ると、Tシャツと短パンと何やらかわいいパンダの絵のパンツがそこにあった。
(パンダって、、、見た目とのギャップがありすぎる、、、)
俺は可笑しくてしょうがなかったが、このパンツを用意してくれた彰人の心中を察して触れないようにしようと思った。ができなかった。
「お風呂、ありがとう。さっぱりできた。あとパンダもありがとう!あはははっ!!」
「、、、、、うるせぇ、、、」
彰人は風呂あがりで火照った身体を冷ますように団扇で自分自身を扇いでいたが、俺のパンダ発言のあと、更に速く扇ぎ始めた。そのあと、ほれ、と俺にも団扇を手渡してくれた。俺は、ありがとう、と団扇を受け取ると同じように扇ぎながら彰人の近くに腰掛けた。どうやら俺が風呂に入っている間、彰人も色々と考えてくれていたらしい。ん~、と大きく伸びをし話し始めた。
「一番は颯太がどうやったら元の世界に戻れるか、ってところだよな。あとはなんでここに来たのかって話」
「そう、なんだけど。記憶が戻らないと何も進まないんだよなぁ」
俺は深いため息をつく。手がかりも何もない以上きっかけすら掴みようもない。まるで空を掴むような話だ。
「まぁ、でもさ」
彰人は俺の目をじっと見ながら続ける。
「どうしようもない以上、まずは記憶が戻るまではとりあえず毎日を過ごすしかないんじゃないか?できることをやるしかないし」
「そう、なんだけど明日明後日に記憶が戻るかもだしそれこそ10年後も戻らないかもしれないし。それまでどうやって生きていけばいいのか、、、とりあえず生きていくのに住むとことか食う手段とか色々と考えることが山積みで、、、」
今日はたまたま彰人に出会ったからご飯も寝る場所にも困らなかったが明日からはそうもいかない。かといってどうしたらいいのかも分からない。
「これでさ、俺、警察やら何やらに今の状況言ったらどうなるんだろ?頭おかしい奴だって逮捕される?それとも人体実験とかされるのかな?はぁ~、なんか悪いことしかよぎらなくて」
つい大きな溜息が出てしまう。出会ってから今まで彰人の前で何回溜息をついただろう。
「う~ん。俺もその辺どうすればってなんもわかんないけどさ。とりあえずご飯とか寝る場所とかは心配すんな。といってもバイトはしてもらおうかな。たんまり稼いでたんまりお金入れてもらうからさ!ははっ!!これでうちの財布も潤うな~」
彰人が俺に気を遣わせないように言ってくれているのが分かる。こいつは本当に、、、。
「バイトはもちろんする!、、、っていっても俺、身分証明するもんなんてなんもない、、、けどどっか雇ってくれるのかな?あと本当にいいのか?俺なんかがお世話になって、、、」
(あ、泣きそう)
さっき泣いたばっかでまた泣いたらさすがに呆れられる。俺は目に溜まった涙が流れないようにぐっと堪えた。
「家のことは大丈夫!あ~バイト先はさ、俺、友だちのとこでバイトさしてもらってんのよ。昼は喫茶店で夜は居酒屋してるとこなんだけど最近そこ結構忙しくてさ。多分バイトしたい!っつったら即OKと思う。とりあえず颯太は家出中の親戚ってことにしとくかなぁ?」
「わかった!俺、なんでもする!本当に、ありがとう!!」
俺は笑うとその拍子に堪えていた涙がポロっと一粒零れ落ちた。
「ふふっ。お前、今度は笑い涙?ぷうちゃんは泣いたり笑ったり泣いたりで大変だねぇ~」
よしよし、と頭を撫でられる。その拍子に堰を切ったように堪えていた涙がポロポロと零れ落ちる。
「じゃあとりあえずバイトの件は友だちに明日話しとくから。あとは家だよな。母親さ、普段は職場に近いばあちゃん家にいて毎週日曜にこっちに帰ってくんのよ。とりあえずそれまでにうまく話作っとかないとな」
彰人は壁のカレンダーを見ながら大きくあくびをした。カレンダーを見て彰人はあっ、と思い出したように続ける。
「そうそう、さっき聞かれたやつ。今日は10月13日の木曜な。明日俺は昼間学校で夕方からバイトだけど颯太はどうする?」
彰人はほれ、とティッシュを俺に渡す。ここでようやく涙が止まった俺は、チーン、と鼻をかみながら答える。
「う~ん。彰人が帰ってくるまでどうにか時間潰す。彰人は何時頃帰ってくるの?」
「そうだな、学校終わって一旦家に戻るから夕方になるけど。颯太は家にいる?外に出る?」
「さすがに彰人がいないときに家にはいないようにする。外で適当にするよ」
「別に気にしなくていいけど、、、まぁいいや。じゃあ16時半に今日の土手で待ち合わせな」
「うん、わかった。彰人、本当にありがとう」
「いいよ。今日は疲れたしもう寝よう。俺の部屋はこっちね」
そう言うと彰人は部屋のノブを開ける。四畳半ぐらいだろうか。ベットと机と本棚があるシンプルな部屋だ。机に今日見たギターが立てかけられていた。
「さすがにこのベットに2人は入らないから、、、じゃ~んけ~んぽんっ!」
と言う彰人の言葉に反応し、勝手に俺はパーを出していた。
「げぇ~、俺が負けた、、、」
思いっきり空高くグーを掲げていた彰人はへなへなと床に倒れこむ。
「いやいや、さすがにそれは悪いって」
俺がそう言うと、彰人はムッとして
「これは男の勝負なんだから!ちなみにこれ、毎日やるからな。明日は勝つから覚えとけ!!あっ電気消してな。じゃ、おやすみ!!!!」
と、彰人は床に服をかき集めてどうにか寝床らしきものを作りさっさと横になった。
「えぇぇぇぇ、、、、じゃあ分かった、、おやすみ、、」
と、俺は電気を消しベットに横になり目を閉じた。
(寝れるかなぁ)
と一瞬思ったのは覚えているが、そのあとのことを全く覚えていないから恐らく俺は秒で深い眠りについた。




