episode12 現実
「はい、そうです。歳は16歳で高校1年生です。母は1歳のときに交通事故で亡くなりました。それから父と二人で暮らしています。あっ、すみません。暮らして、いました。あと、祖母が近くに住んでいて昔からよく世話をしてくれています」
「お父さんは?」
「父は・・・少し前に亡くなったと叔父に教えてもらいました。ですが正直よく分かりません」
「それはどういうことですか?」
「まだ、なんとなくですが生きている気が、するんです。叔父が言うには自分は亡くなった父と対面しているそうなのですが・・・。思い出そうとしても全く思い出せません」
「そうですか、分かりました。今日の質問はここまでにします」
目が覚めた翌日。俺は記憶障害の有無について検査するため専門医からの質問にいくつか答えた。どうやら俺は父さんが亡くなったあたりから目が覚めるまでの記憶がまるっきりないようだ。それまでの記憶ははっきりと思い出せるのに。脳には異常がないようなので恐らく精神的ショックからそうなったらしい。そういうことで俺としては『父さんが亡くなった』と言われても実感がまるでない。今も家で俺の帰りを待っている気がしてならない。
「直、調子はどう?」
ばあちゃんは今日もお見舞いに来てくれている。来る途中で買ってきてくれたのか花を一輪ずつ花瓶にさしながら俺に笑顔を向ける。
「んー、調子いいよ。お腹も空いてるし」
身体はあちこち痛むが怪我の状況としては大きいもので右腕の骨折と右足の捻挫だけで他は打撲程度であった。とはいっても何日も意識不明となっていたのだから身体はすぐにはいうことを聞いてはくれない。現実は寝返りを打つだけでも一苦労だ。
「お腹空くのは元気な証拠!よかったよかった」
ばあちゃんはそう言いながら花瓶を机に置き椅子に腰掛ける。
「ばあちゃん、本当にありがとう。父さんのことも。本当に・・・ごめん」
叔父さんによると父さんの葬儀はばあちゃんが中心となって執り行い、親族、友人、たくさんの方たちに見送ってもらったようだ。そんな中、俺は意識が戻らないかもしれないという状態だったため、ばあちゃんや叔父さんたちにとんでもない迷惑と心配をかけたのは容易に想像できる。
「直は気にしなくていいのよ。直の元気な顔が見れるだけでばあちゃんは何だっていいんだから」
ばあちゃんは昔から俺を大事にしてくれた。俺は幼い時に母さんを亡くしたたため母さんの顔も写真でしか見たことがない。だがこれまで寂しいと感じたことはほとんどなかった。それほど父さんとばあちゃんが俺を大事に想ってくれていることは十分すぎる程に伝わっていた。
「父さんが病気だったのってさ。そんなにひどい病気だったの?いつから?」
叔父さんから父さんは病のため亡くなったと聞いた。たしかにここ数ヵ月は顔色が優れない日も多々あった。だが、俺がどんなに尋ねても父さんは「少し疲れてるだけだから」と答えるだけだった。
「そう、ずいぶんと前から心臓が悪くてね。心配かけたくないから直には絶対に言うなって言われてたのよ。そこは直も言いたいことがあるかもしれないけど」
「そう、なんだ・・・」
ある日、学校から帰ってくると父さんが部屋でうずくまっていたときがあった。すぐさま「病院に行こう」と言ったが、「ちょっと休憩したらよくなるから」と言い聞かなかった。あの時無理やりにでも連れていっていたら少しでも状況は変わっていただろうか。
「ねぇばあちゃん。父さんが今まで病院に行こうとしなかったのって、もしかして、俺のせい?」
俺は小さい頃から父さんの影響でギターを弾いていた。元々あった父さんのギターを借りて練習していたが、自分専用があった方がいいと12歳のときに俺が憧れていたギターを父さんが買ってきてくれた。必要な機材も新調してくれて俺は宝物のようにそれらを使っていた。父さんが仕事を頑張ってくれているのは知っていたが同時にうちはそんなに贅沢ができないことも知っていた。だから自分が治療に充てるべきお金も俺のギター代に充てていたのではないだろうか。
「それは違うわよ。お父さんの判断なんだから。直が余計な責任感じるのはだめだからね」
「でも、俺、父さんが死んだなんてやっぱり信じられないし、なんで自分が飛び降りたのかも思い出せないし。なんか、どうにかできたんじゃないかってそればっかり考えちゃう」
俺は父さんが亡くなった日に自ら橋の上から飛び降りたらしい。そのまま真下に落ちれば河原の石にぶつかり恐らく助からなかったようだが奇跡的に真下ではなく横の土手に落ちた。そこに通りがかりの人に発見されて今に至るようだ。
「とにかく今は自分の身体を回復させることが一番なんだからそれだけ考えなさい。あっ!そういえば、直が目が覚めたら連絡がほしいってバンドの子たちにお願いされててね。連絡したらお見舞いに来たいって言ってたわよ」
(バンド・・・あぁそうだ。あの日やっとライブハウスでバンド演奏できたんだっけ。そんでスーツ着た人に声を掛けられて・・・)
「そうだ!ばあちゃん思い出した!俺たちデビューしないかって声掛けられたんだ!」
「えっ!何?突然どうしたの?」
「あの日!あの日だよ!あ・・・」
「何?」
(・・・あれ?俺、今何を言おうとしたんだ?)
「あ、えっと。とにかく!とにかく俺、バンドデビューできるかも!」
「そうなの!?デビューだなんてすごいじゃない!」
「あっでも俺がこんなことになって、ダメになってるかもだけど・・・ハハハ。そうだ!さっきお見舞いって言ってたけどいつ来れるとか、なんか言ってた?」
「病院の人に確認してからまた連絡するって伝えてるから、今日にでも確認しようと思ってたけど。そうね、そんな話になってるならみんな気が気じゃないだろうし早く確認するわね」
「うん、ありがとう」
そう言ってばあちゃんは病室から出ていった。
(そうだよ、バンドデビュー。そう、あんなに夢見てたバンドデビューができるかもしれない。なのに・・・)
自然と涙が溢れてくる。一番伝えたかった人に伝えられないってこういう気持ちなのか。悲しさ?寂しさ?そんな単純な言葉じゃ言い表せられない。
「父さん・・・」
本当に、本当に、もういないんだろうか。俺の中での最後の記憶は最悪だ。だってあんなしょうもないことで喧嘩してろくに父さんの顔も見ずに家を出たんだから。そのあと気づいたら自分は病室のベットの上で父さんには二度と会えないなんて、そんなこと・・・。
「情けな・・・ほんと呆れる・・・」
泣いてもどうしようもないのに涙が止まらない。自分の無能さに腹も立つ。今の自分自身の状況も起きている現実も何もかも受け入れられない。あぁ、このまま目が覚めなかったらもしかしたら楽だったのか?でもそうしたら仲間は?バンドデビューの夢は?
(こんな顔、ばあちゃんには死んでも見せれない)
俺は自分の頬を叩いた。これだけ人に迷惑をかけといて自分よがりでめそめそしていても状況は変わらない。
(泣き止め、泣き止め自分)
「直、あなたの体調が良ければ明日みんなと面会しても構わないって。大丈夫?直がよければみんなにもそう連絡しておくけど・・・」
ばあちゃんが病室の扉を開けそう言いながら俺の顔を見た途端、俺に駆け寄り手を握った。
「たくさん泣いていいのよ。自分の心が悲しいときは悲しんでいいの。無理しなくていいのよ」
その一言で俺は堰を切ったように泣いた。その時ばかりは恥ずかしいとか情けないとかの感情は置いて、声を出して泣いた。父さんはもういないという現実とそれを受け入れられない自分が荒波のように言い難い感情になり心に溢れ出る。ばあちゃんはそんな俺の横で何も言わず、ただただずっと手を握ってくれていた。




