episode11 記憶
「颯太、さっきの何?」
ゲームもひと段落し、彰人の視線からなんとなく逃げたかった俺は「少し夜風にあたってくる」と普段しない不自然極まりないことを言いながら家を出た。扉が閉まるか閉まらないかで「俺も」という彰人の声が聞こえて焦った俺は足早に立ち去ろうとしたが、彰人に腕を掴まれ身動きがとれなかった。
「なぁ、さっきなんで泣いてたの?」
「分かった、分かったからちょっと離して」
とりあえず腕を離してもらい俺は軽く溜息を吐く。
「はぁ・・・さっき何かを思い出せそうで。俺に、多分ギターを教えてくれた人なんだけど」
「その人がどうしたの?」
「なんて言ったらいいか分かんないんだけどさ。その人が自分のことはいつも後回しにして俺のことを最優先にしてた、んだよね。多分なんだけど俺はそのことをもの凄く後悔してて。なんかその記憶と感情が一気に蘇ってきた、みたいな・・・」
俺は話しながら何気なく彰人の顔をちらりと見た。ちょうど彰人の顔に月の光と街灯が差し込み焦茶色の瞳がより一層光って見える。
(そういえばあの人の瞳も)
今目の前にいるのは彰人なのになぜだか俺の憧れかもしれない人、と重なって見えた。
(そうだ、この瞳に俺はいつも安心しきってて。頼ってばかりで俺は何も返せてないのに・・・)
「颯太?」
(違う。ここにいるのは、彰人だ。でも・・・)
俺は彰人の瞳をじっと見つめた。彰人も「颯太、どうしたんだよ?」と言いながら俺を見つめる。一体どのくらいの時間そこに佇んでいたのだろうか。時が止まったようなそんな感覚を覚えた。
「なぁ颯太、よくは分からないけど無理しなくていいから」
「無理、はしてない。ただ・・・」
どう続けようか言葉に詰まる。彰人はそんな様子を察したのか俺の肩をポンっと叩きながら
「ただの憶測だけどさぁ。颯太にギター教えてくれた人は、颯太のことを大事にするってことがその人の生きがいだったんじゃない?」
と言った。
「だから自分のことを後回しにしたんじゃなくて自分のしたいことをした結果がそうだった、ってだけじゃないのかなぁ」
彰人はそう言い俺の顔をじっと見つめ「ははっ」と笑う。
「って俺はその人じゃないし分かんないけどね!でももし俺がその人の立場だったら自分が大事に思っていた人が俺のせいで後悔なんて絶対にしてほしくない、かな。・・・・あっ、颯太!また泣いてる!」
俺の涙腺は壊れてしまったのだろうか。いつの間にかポロポロと涙が溢れていた。彰人は俺の頬を軽くぎゅっと掴み「ほんと泣き虫だな~」とまた笑う。
「なんか颯太と出会ってさ。訳分かんないことだらけで初めは本当に宇宙人かと思ってたんだけど。ぶっちゃけ颯太がいることが今は当たり前みたいになってきてさ。実は俺、ちょっと怖くもなってきてる」
「え、なんで・・・?」
俺は理由も分からず止めどなく溢れてくる涙を拭いながら尋ねる。
「だってSFの話とかってさぁ。記憶が戻ったら元の世界に帰って、そしたら過ごしてたときの記憶は忘れて~とかよくあるじゃん?俺、今颯太と過ごしてる記憶は絶対に忘れたくないもん」
「それは俺も・・・」
「まっ分かんないことを今あれこれ考えても仕方ないし。とにかく、颯太は俺にとってはもちろん、バンドメンバーにとっても大切な仲間だし。これから何があっても自分は1人じゃないってことは覚えておいてよ!なっ?」
そのとき、俺の脳裏にあの人の言葉が聴こえた。
『どんな形であれ自分は1人じゃないってことは覚えておいて・・・』
「あ・・・」
途端に記憶が濁流のように脳内に流れ込んでくる。思い出したくてたまらなかったはずなのに感情がぐちゃぐちゃになり錯乱する。
(俺は、俺は・・・)
「颯太!?」
彰人が驚いた表情で俺を見て叫んでいる。
(なんで、そんなに焦ってんだよ・・・)
目を開けると白い天井が見える。
(あれ?俺、寝てたんだっけ?ここは・・・どこだ?)
息苦しい。何やら口元にマスクのようなものがついている。腕には至る所に様々な管がつけられており身動きがとれない。身体を動かしたいが思うように動かない。視覚で必死に情報をキャッチする。
(ここは、もしかして、病院か?)
俺は何がどうなっているのか分からずしばらく考え込んだ。だが考えれば考えるほどグルグルと頭が回り酔ったような感覚になってしまう。考えては休み、を何度か繰り返していると、病室の扉が開き誰か入ってきた。
「直、おはよう。今日もお天気いいよ~」
(・・・ばあちゃんか)
ばあちゃんは俺が目を開けているのに気づくや否や自分の持っていた荷物を放り出し慌ててナースコールを押した。
「すみません!孫が目を覚ましました!誰か、来てください!」
ばあちゃんは俺の手を握ると「わぁっ」と声をあげ泣き始めた。
「よかった!直、本当によかった!」
こんなに泣いているばあちゃんを見るのは初めてだ。
(ばあちゃん、一体どうしたんだろ。俺、そんなに眠ってたのか?)
その後、すぐに先生がやって来た。
「目が覚めたんですね、よかったです。気分はどうですか?ここがどこだか分かりますか?」
先生は俺がつけていた酸素マスクを外した。どうやら俺の受け答えを待っているようだ。
「・・・気分、は最悪です。身体のあちこちが痛い。ここは・・・病院ですよね?」
久しぶりに声を発することもあり弱々しく擦れてはいるがどうにか声は出るようだ。
「そう、ここは病院です。ちなみに自分の名前は言えますか?」
「高良 直です」
「そうです、高良 直さん。今少しだけ状況を説明しますとあなたは転落した衝撃で身体のあちこちに外傷を負っています。ですがあの高さから落ちて命が助かったのは奇跡としか言いようがありません。本当に良かったですね。一通り検査は済ませていますが転落した際に頭も打っているのでまた改めて検査をします」
「・・・はい」
(あれ?俺どっかから落ちたんだっけ?なんで?)
「先生、よろしくお願いします」
ばあちゃんが先生に頭を下げている。先生は「じゃあ詳しい説明はまた後で」と言い一旦病室から出ていった。
「直、ばあちゃんよ?分かる!?」
ばあちゃんは目に涙を溜め俺の手を強く握る。
「ばあちゃん!痛い痛い!分かってるよ。ちょっと手緩めて」
「あっごめんね!ばあちゃん本当に嬉しくて」
ばあちゃんはそう言うと握る手を緩めてはくれたが離そうとはしない。嬉しそうに俺の手を優しく擦る。
「本当に、本当によかった・・・」
ばあちゃんは泣きながら何度も何度もそう繰り返した。
「ばあちゃん、さっき先生が俺は落ちたって言ってたけどどこから?なんで落ちたの?俺、思い出せないんだけど」
「直・・・あなたは、橋の上から落ちたのよ。なんで落ちたのかは・・・また、落ち着いてから話すわ」
「そう、分かった。・・・あっ、ところで父さんは?仕事?」
「・・・直・・・」
「え、何?」
「お父さんはね・・・」
そのとき、病室のドアが開いた。どうにか目を動かしそちらを見ると、叔父さんだった。
「直!目、覚めたのか!」
叔父さんがこちらに駆け寄り俺の顔を近くで確認する。俺が「うん」と返事すると叔父さんは途端に笑顔になった。
「よかった・・・。俺、直までいなくなったら本当に、どうしようかと思った・・・」
「直までって。誰かいなくなったの?」
(身内?友人?そんな話あったっけ?俺が知らないだけ?)
「直・・・もしかしてお前、覚えてないのか?」
さっきまで笑顔だった叔父さんの顔がみるみる曇っていく。いつの間にか横にいるばあちゃんも悲しそうな表情になっていることに気づいた。
「うん。え?何?どしたの?」
(一体なんだ。俺、何か大事なことを忘れてるのか?)
叔父さんはばあちゃんに目配せし、ばあちゃんは無言で頷く。叔父さんは椅子に座り俺の顔をじっと見てこう言った。
「お父さん、亡くなったんだよ」




