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episode10 影響

俺はそれからもバイトとバンド練習に明け暮れ毎日が目まぐるしく過ぎていった。ベースを弾いていると”俺にとっての憧れの人”が近くに感じられるような気がした。どんな人なのか想像するがやはりそこは靄がかかってしまい思い出せない。もどかしい気持ちが大きくなり無理やり思い出そうともしたがそうするとひどい頭痛に襲われてしまいどうにもならないこともこの数日で分かった。今はこのRANSというバンドで演奏しているときが俺にとって至福でありただ音楽に集中できる大切な時間でもあった。もちろん演奏が自分の思い通りにいかないこともあったが、そのときは周りのみんながすぐにフォローしてくれた。つくづくこのバンドは良い仲間が集まった最高のバンドだと思う。

土曜日。俺と彰人は居酒屋のバイトに入っていた。今日はバイト終わりに七海と合流しバンドメンバー全員で彰人の家に泊まる予定だ。いつも通りに開店と同時に数名のお客さんが来店し、1時間もしないうちに店内は満席となった。俺たちは接客に清掃にせわしなく働いた。お客さんも少し落ち着いたころ、俺は休憩に入るためにスタッフ部屋へ移動した。俺が入ってからすぐに店長も入ってきた。

「いやぁ~、ようやく休憩チャンス!颯太くんお疲れ!今日もよく動いてたね」

「店長、お疲れ様です。いやぁ、今日俺早く動きすぎて初めて足がもつれそうになりました」

店長は「ははっ、こけなくてよかった」と言いながらコップにお茶を注ぎぐっと飲み干す。

「そういえばさ、家で彰人はどう?あいつ昔から無理してでも頑張るタイプでさ、弱音も吐かないから」

「彰人、ですか?たしかにあいつはいつもがむしゃらですね。でも家ではぐうたらする時もあるしメリハリはしっかりしてますよ。いつも前向きなんで彰人を見てると俺も頑張らないと!っていう気持ちに自然となります」

「そうかそうか、息抜きできているならよかった。骨折する前は七海が心配してよく彰人の家に泊まりに行ってたんだよ。そういや颯太くんが来てから彰人、以前より増してよく笑うようになったしな。彰人も颯太くんが励みになってるんだと思うよ」

「え!俺なんもできてないですよ。うーん、なんかあったかな?あっ、勉強は俺が見てます!でも役に立ってるのはそれぐらいかなぁ?」

「はははっ。颯太くんが勉強見てあげてるんだね。彰人、顔もいいしこれで頭も良くなったら引く手あまただろうなぁ。そういう颯太くんこそさ、ここにいるときの颯太くんしか知らないけど、それでも人としていい奴ってのは凄く分かるよ」

店長は再びコップにお茶を注ぐとまたすぐに飲み干した。

「でも無理だけはし過ぎないでね。バイトもたくさん入ってもらってるのは正直助かってるけど、ちゃんときつくなる前に遠慮せずに言ってね。健康あってこそだから!颯太くんを気にかけている人はたくさんいるってこと覚えておいてね。・・・あっ彰人に呼ばれた!はいはーい!今いく!じゃあ先に戻るね」

新規のお客さん対応をしていた彰人がヘルプで店長を呼んでいる。俺もコップに少し残っていたお茶を一気に飲み干し仕事に戻った。


「はぁ~終わった~」

「お疲れ~」

今日もめまぐるしくあっという間にバイトが終わった。彰人と2人でロッカーで着替えているとちょうど七海が入ってきた。

「おっ、2人ともお疲れ~!親父が作っといてくれたやつ机の上にあるから2人とも持ってね~」

七海が指さす方を見るとタッパーに詰められた料理たちが袋詰めされ机の上に置かれている。食べ盛りの男子高校生5人分はそれなりの量になる。忙しい合間を縫って作ってくれた店長には感謝しかない。

「わぁー!俺がリクエストした炒飯もある!ハンバーグも!!俺、店長の作る料理どれも好きなんだよね!テンションあがるー!」

俺は彰人と半分ずつ袋を持ちウキウキと外へ出る。

「彰人!七海!早く帰ろ!俺もうお腹ぺこぺこ。ねぇはやくー」

俺は早く食べたい一心で2人を急かす。2人とも「わかったわかった」と言いながら俺の後ろをついてくる。家に着き、早速辛抱たまらずにつまみ食いしようとすると、彰人が「ダメ」と言い俺の手を押さえる。

「あともう少しで先輩たち着くからそれまで我慢!」

「え~、ひと口ぐらいいいじゃ~ん!お願い~!」

俺がブーブー言っているとインターホンが鳴った。先輩たちが到着したようだ。

「おじゃましま~す。あ~彰人ん家久しぶり~」

翔さんがそう言いながら、良太さんもその後ろで「おじゃましまーす」と言い一緒に入ってきた。

「これ適当に買ってきたからみんなで飲もー」

炭酸やらなんやらが入った袋を良太さんが机に置く。

「もう颯太がこれ以上待てないみたいなんで早速ご飯にしますか!」

彰人の掛け声とともに秒でタッパーの蓋を開ける俺。本当に死ぬほどお腹が空いた。その横でコップを並べながらジュースを注ぐ翔さん。椅子は2脚しかないためクッションの上やら立ってやら各々好きな位置を確保したところで彰人が

「じゃあ久しぶりのRANS会合?でいいのかな?まぁとにかく乾杯!」

と言い、みんなでジュースの入ったコップをカチンッと合わせる。俺はゴクゴクとジュースを飲みほしたあと、店長の料理で一番好きな炒飯をかき込んだ。そんな俺の顔を見て七海が「プッ」と吹き出す。どうやら俺の頬が一瞬でリスのようになったらしい。

「颯太、笑わしにかかるなよ!てか喉詰まんないようにね!ほらちゃんと噛んで」

「・・・ほへぇほひょ(・・・ちゃんと噛んでる)」

俺が必死になって喋ろうとする様子を見て彰人がすかさず

「こらっ!口に物がなくなってから喋る!」

と注意してきた。

「はははっ。なんかみんな颯太の親みたいだねー。颯ちゃん、もぐもぐごっくんだよー?」

翔さんが笑いながら俺に言う。・・・もぐもぐもぐ。たしかにあまりの空腹に一気にかきこみすぎたかもしれない。

俺は今口に入っているものを全て飲み込み周りで笑っている4人の顔を1人ずつしっかりと見ながら口を開いた。

「犬扱いやら赤ちゃん扱いやらしないでください!俺はみんなが思っているより大人なんですから!」

・・・・・。何秒か時が止まったあと4人が一斉に「ワッ!」と吹き出す。

「颯太、無理しなくていいんだよ。颯太はみんなのワンコでもあり赤ちゃんでもある。いうなればみんなにとって癒しの存在ってことなんだからー」

七海がよ~しよしと俺の頭を撫でながら諭すように言う。俺はそれには答えずひたすら店長の作った料理を口いっぱいに頬張った。みんな各々お腹は空いていたようで料理はあっという間に空になった。食べ終えるとみんな「おいしかった~」と口にしながら誰が言うでもなく片付けをし始める。片付けを終えたあと、翔さんが「今日もやるよん」と言いながらバックからトランプを出した。

「トランプ?何かゲームでもするんですか?」

「そう。みんなで泊まりで集まったときいつもババ抜きしてんの。勝った人が最後に負けた人になんでも聞くことができるっていう罰ゲームつきね」

翔さんはそう言いながら机上で器用にトランプを配り始める。もうみんな慣れているようでカードを持ちポーカーフェイスを決め込んでいる。ジャンケンをし勝った良太さんから時計周りで順番にカードをひいていくことになった。俺はちょうど良太さんの右隣にいたので最後に良太さんからカードを引く。良太さんは終始ニヤついておりどのカードに指をかけても表情をかえない。あぁ、この人多分ババ抜き強い人だ・・・と思いながら引くと、案の定俺はババを引き抜いた。俺にしか分からないように更にニヤッと笑う良太さんに悔しさを覚えたが、すぐに次のターンで翔さんが俺のババに指をかけた。

「颯ちゃん、もしかしてババ、持ってる?」

翔さんが俺の表情の変化に気づいたのだろう。揺さぶりをかけてくる。俺はすぐに「いいえ」と言いスンッとした表情に戻る。

「え~、なぁんか怪しいんだよな~。まぁいいか」

そう言いながら翔さんは見事ババを引き抜いてくれた。俺はたまらず笑いそうになるのをこらえる。翔さんの方をチラリとみるとムスッとした表情になっている。結局その回は七海が一抜けして翔さんが最後までババを持ったまま終了となった。

「翔さんになに聞こうかなー。そうだ!じゃあこれ聞こう。今まで生きてきたなかで翔さんが一番影響受けた人って誰ですかー?」

満足気な表情で七海が翔さんに問いかける。翔さんは「うーんとねぇ」と少し考えたあと口を開いた。

「良ちゃんかな」

全員の視線が一気に良太さんに向けられる。良太さんは「え、俺?」と少し困惑気味だ。

「良太さんのどういうところに影響受けたんですか?」

みんなが興味深々のなか、七海が尋ねる。

「俺今ボーカルしてるじゃん?この声が女の子みたいで昔コンプレックスだったんだよね。で、小学校の音楽の授業で1人ずつ歌わなきゃいけない場面があってさぁ。ほんとは学校休みたいぐらい嫌だったんだけどまぁ頑張って行ったのよ。そのとき良ちゃん一緒のクラスでね。俺が歌ったあと、良ちゃんが「めっちゃいい声じゃん!」ってすぐに声かけてくれてさぁ。そのあともベタ褒めしてくれてそれで徐々に自信がついていったんだよね」

「あーあったねぇー。でも俺そんとき本当に衝撃受けたんだよねー、天使じゃんって」

良太さんが懐かしむように口を開く。翔さんはそんな良太さんを見ながら「あのときも天使って言ってたね」と言う。

「で、そっから一気に良ちゃんと仲良くなってさぁ。結構2人でつるんでて中学に入ったときに良ちゃんがドラム始めたのを知ってね。なんか一気に良ちゃんが大人になった感じがして俺も一緒に何かに打ち込みたいって思ったんだよね。そのころには歌うのも好きになってたし何か楽器ができたらいいなと思って。なんとなくまずはキーボードかな?って独学で始めたんだよね。だからこれまで俺は良ちゃんきっかけで成長してることが多いんだよ」

「めっちゃいい話ですね!なんかお互いを高め合っているというか」

七海が言ったことに俺と彰人も「うんうん」と激しく同意する。

「でも俺も翔かなぁ。翔はさぁ、マジであっという間にキーボード弾けるようになったんだけど多分それってめちゃめちゃ努力したんだと思うんだよね。俺はちょうどその時にドラムが上手くならずに行き詰ってたからさ、そんな翔を見て一気に触発されたんだよねー」

良太さんがそう言うと七海がすかさず「よっ!相思相愛!」と声を掛けみんなに笑いが起きる。

(すごくいいな。俺は影響受けたっていったらあの人になるのかな・・・)

俺はふいに自分にギターを教えてくれたかもしれない人が頭によぎった。そうだ、あの人はいつも優しくていつも俺のことを優先して、だから・・・。

「颯太?」

彰人の声にはっと我に返る。気づくと俺の頬は濡れていた。どうやら涙を流していたようだ。

「えっ!颯太どしたの?なんで泣いてんの!?」

七海もまさか俺が泣き始めるとは思わず驚いている。

「2人の話を聞いてたら感動しちゃって!あははっ」

俺は咄嗟にそう取り繕い涙を拭った。周りが「も~う」と笑うなか、彰人だけが笑わずに俺をじっと見つめていた。

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