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「 夏のホラー2025」水・・・

作者: きじの美猫

泳ぐのが苦手だった。

どうしても水に浮かぶことができない。

家族で一人だけ泳げなかった。

「水がこわいのかな?」

「わかんない。」

父は泳ぎを教えようといろいろ工夫してくれた。

母はいきなりプールサイドから押し落とした。

どっちも効果はなかった。


水にはいるのはさほどいやではない。

水深が浅ければ、である。

みぞおちのあたりまでは我慢できた。

そのまま足を曲げて沈んでみたりするのも平気だ。

しかし

わきの下あたりの深さになるころからだんだんと恐怖が沸き上がる。

水の冷たさが胸元に押し寄せてきて、じわじわと圧迫される。

わずか10センチの差が心臓を掴んでくるのがたまらなく恐ろしい。

温水であっても圧迫感はかわらなかった。

水とは相性が悪いのだろうか。


小学生のころ、夏休みになるとよく母の実家に行った。

少しづつ年の違ういとこたちが大勢いたが、

海の近い土地の子だけあってみんな泳ぎがうまかった。

いつもひとりだけ浜にいるのはいやではなかったが、

いとこたちはなにも疑問に思わなかったようだ。

自分自身違和感もなく毎年海水浴もどきを楽しみに行った。


その土地は昔からある集落でかなりの田舎だった。

昔ながらの風習もいまなお引き継がれていたりする。

小さい子供に長い不調があったりすると病院よりもお祓いに行ったりする。

祈祷をするおばあちゃんは母が子供のころからいたそうだ。

その人はいつも穏やかな笑顔でみんなを丁寧に見てくれる。

その助言はたしかに効果があると評判だった。

一度会ったことがある。

おばあちゃんがいつもとは少し違う様子でこちらをじっと見ていた。

「ご先祖に水難にあわれた方がおられますか?」

「いいえ、だれもおりませんが。」

母も不思議そうな顔をしていた。

どうしてそういうことを尋ねられたのかわからない。

「御祈祷させていただいてもよいですか?」

おばあちゃんは本のようなものをとりだして、祈祷を始めた。

だまって座っているだけで、自分自身にはなにも変化はなかった。

祈祷の声が一段と大きくなり、宙に文字のようなものを書いて

その手が背中に触れた。

思いのほか強いちからだったので少しおどろいたが、それはすぐに終わった。

おばあちゃんが頭をなでてくれたので安心したのを覚えている。


その翌年から小学生になり、田舎にはいかなくなった。

夏の初めごろから夜中に高熱を出すようになったのだ。

それは深夜、時計の針が12時になると始まり、

明け方になって空が明るくなるまで続く。

一晩でおさまり、そのあとはしばらく何事もない。

それが定期的に起きていることに気づくまでさほど時間はかからなかった。

熱が上がりだすとかかりつけの小児科へおんぶされて連れていかれた。

徒歩で行ける距離だったが、両親が交代でおんぶしてくれていたことを覚えている。

主治医の先生は熱さましなどを使っていたのだがあまり効果がなく、

時間とともに下がることを早くから見抜いていいたようだ。

通院記録からそれが定期的におきることを指摘したのも先生だった。

毎月1日と15日に決まってそれは起きる。

時間も同じ時間。

そして当の本人は全く苦しい思いをしていない。

熱があるので体は多少暑いのではあるが、それ以外はなんともない。

「これは別の方法で解決するべきかな。」

それを聞いた母は、かのおばあちゃんに相談してみた。


「お宅に井戸がありますか。」

たしかに井戸があった。

「そこにお供え物をしてください。お品物はお神酒と・・・。」

事細かな指示があったらしい。

「成功すればもう熱はでなくなります。」

その日は熱のでる前の日だった。

いつも待機してくれる小児科にも連絡をしておいた。

指示通りにお供え物をおいて夜を迎えることになった。


普段と変わらない夜がやってくる。

もともと熱がでてもどこも苦しくないのでなにも怖くなかった。

うとうとしながら夢を見ていたようだ。

どこかわからない薄暗いところ。

いやな感じはしないが、水滴の落ちる小さな音がする。

その間隔がだんだん長くなっていく。

音も小さくなっていくようだ。

まわりが少しづつ明るくなっていく。

なんだか温かいな・・・・

そのまま眠ってしまったようだ。

いつもならおんぶされていく途中でうっすらと目が覚める。

その日は朝まで起きなかった。


起きたときは自分の家にいた。

熱はでなかったようだ。

それ以降、もう発熱することはなかった。

あとで聞いた話によると

井戸に刀が沈められていて、それを祭ってほしいというサインだったらしい。

もちろん現物は残っていない。

なにしろ数百年も昔のことだったようだから。

持ち主は気づいてほしくて家の中でいちばん弱いものにサインを送る。

恨みなどではないからこわい思いをさせることはないのだそうだ。

ちゃんと願いが届いてよかったね。


その後も泳ぐことは苦手だ。

冷たい水が迫ってきて胸がくるしくなることもかわりない。

でも

自分でプールに通って泳ぐ練習をするようになった。

腕を使うと息が苦しくなるから、顔を水につけたまま足だけで進む。

息が切れそうになったらしかたがないので手で水をかいて、一瞬息継ぎする。

はたからみたらおぼれているようにしか見えないが

それでも15mのプールを泳ぎ切れた。

相変わらず浮かぶこともできないけど、

でも、水とは仲良しになれたかな。





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