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君を守るために、僕は君を追放する

作者: 椎名正

    王子サイド


 「王国の守り人であるはずの聖女。おまえはその使命を果たせず、この王城に魔物の侵入を阻むことができなかった。おまえのような役立たずは追放だ」

 王子は、聖女に追放宣言をする。

 場所は、王城の一角である守りの塔。聖女の手には折れて使い物にならなくなった杖が握られていた。

 「お待ちなさい。この私を無視して勝手な命令は許しませんよ。聖女追放などさせません。聖女にはこの王国の盾となって、魔物の攻撃を受けてもらわなければならないのですから」

 この王国の最高権力者の王妃が、王子の追放命令を無効にする。

 「しかし母上、聖女の杖が魔物によって折られた現状では、聖女は役に立たないでしょう」

 「聖女の杖が無ければ、まともな攻撃魔法が出せないことは私も知ってます。ですが、一か月で杖が治ることも聞いています。なら、追放する理由などないでしょう。杖が治る前に魔物が再び襲来してきたら、時間稼ぎで魔物の相手をしてもらいます」

 「母上は聖女が死んでも構わないとでも言いたいのですか?」

 「ええ。そう言ってますよ。それが聖女の仕事です」

 しばし言葉を失ったあとで、王子は別の方向で聖女追放を王妃に納得させようとする。

 「魔物が実在すると判明した今、聖女一人に、魔物対策をさせるのは上策ではないです。魔物対策の人員を増やしましょう」

 その場にいたメル伯爵令嬢が王子に反論する。

 「そんな予算は認められません」

 「君は聖女の命と金、どっちが大事だと思っているんだ?」

 「お金に決まっています。第一、この数百年、存在が確認されていなかった魔物が現れたなんて本当なんですかね。聖女の作り話なんじゃないんですか」

 王子が何か言う前に、レールコール伯爵令嬢が声を上げる。

 「聖女はともかく、私の証言を疑う気ですか?私は見たんですよ。空から襲来した魔物が、守りの塔で聖女と戦いを繰り広げているのを。まあ、聖女様はご自慢の杖を折られて、国宝である王家の水晶玉を魔物に奪われてしまいましたけど」

 「そうでした。魔物に奪われた王家の水晶玉。言い伝えによると、魔物を封印する聖なる力があると。それを恐れて魔物は王家の水晶を奪ったのでしょう」

 と、王妃。

 王妃は聖女に命令を出す。

 「杖が無くても、魔法で水晶の位置はわかるはずです。すぐに王家の水晶玉を回収にいきなさい」

 「待ってください、母上。水晶は魔物が持っているのですよ」

 「聖女の失態でこうなったのです。聖女が責任を持つのが道理でしょう」

 「ならば、せめて杖が治ってから」

 「いますぐです。これは王妃命令です」


 聖女追放が失敗した王子は、聖女に秘密の手紙を送る。

 王妃の命令に従ったら、命は無いこと。

 命を守るため、命令を無視して逃亡してほしいこと。

 そして、最後に自分が聖女を好きだったことを手紙に書いた。

 従者はそのまま、聖女ではなく王妃に手紙を届ける。

 その手紙に目を通した王妃はため息を吐く。

 「いいですね。水晶玉をすみやかに回収してきなさい」

 その手紙のことは触れず、王妃は目の前の聖女に命令した。




    聖女サイド


 夜の守りの塔。

 城から独立した、魔物の襲撃に備える塔で、今日も聖女は監視業務をしていた。

 「さっちゃん。差し入れ」

 「王妃様、いつも、ありがとうございます」

 さっちゃんと呼ばれた聖女は、高級ワインを持ってきてくれた王妃にお礼を言う。

 「ちょうど、今日釣ってきた魚が焼けたんで食べてっていってください」

 聖女と王妃は、夜の塔で二人、高級ワインに魚の丸焼きのアンバランスな食事をする。

 「おいしいですね。このお酒」

 「この魚もおいしいわね。やっぱり、焼き立てで塩だけの食べ方は絶品ね。お城の魚料理は、冷たいし余計なソースがかかっているし」

 「お酒は貴族で料理は庶民が、一番の組み合わせですね」

 王妃はほぼ毎夜、息抜きでこの夜の塔にこっそりとやってきていた。

 ドレスのいろんな部分の絞めつけている紐をほどき、王妃は愚痴を言う。

 「王家の仕事大変なのよ。みんなが文句言ってくるし。もう辞めたいわよ」

 「引退してもいいんじゃないですか。貴族の人達はともかく、我々庶民は王妃様がどれだけこの国に尽くしてくれたかよく知ってます。五年前の大飢饉のさいに、王妃様が城の食糧庫を解放してくれたおかげで、私も私の家族も命を助けられたのです。感謝しきれません。王妃様はもう引退して、ゆっくりと過ごしてください」

 「ありがとう。さっちゃんはいつもやさしいわね。でも、私が引退したら、後を継ぐのが息子でしょう」

 「まあ、あの王子は、インチキ占い師とかに引っ掛かりそうなタイプですからね」

 「オブラートに包みなさいよ。私の息子なんだから」

 「いや、ものすごく包んでますよ」

 二人の飲み会に、仕事が終わったばかりのメル伯爵令嬢が参加する。

 手土産に二人が飲んでいるのと別の種類のお酒を持ってきていた。

 「おおっ。酔いの回りが速い」

 聖女はすでにいい気分になっていた。

 「いままで、仕事だったの?」

 「はい。予算決定で大揉めに揉めて。あれ、なんなんですかね。自分が絶対に金を出さない奴に限って、他人にむかってそんなに金が大事かと言ってくる現象」

 メル伯爵令嬢が愚痴を言っている間に、レールーコール伯爵令嬢がまた別の種類のお酒をもってやってくる。

 「レールコールお姉さま」

 「メルちゃんも来ていたのね。私は届け物のついでに、さっちゃんと飲みたくて」

 軽く酔っぱらっている聖女に、レールコール伯爵令嬢は聖女の杖を渡す。

 「忘れ物」

 「ありがとうございます。でも、この杖、必要なんですか?」

 「一応、建前としてね。魔物と戦う武器のシンボルだから」

 「魔物って、もういないですよね」

 「まあ、いないでしょうね。五百年前に勇者が全部退治したことはほぼ確定してるし」

 四人はいろんな種類のお酒を飲み、酔っぱらっていく。

 「だからね。さっちゃん。私の娘になってよ」

 「ありがたいお話ですけど、あの王子と結婚はちょっと」

 「玉の輿じゃない。しちゃえ、しちゃえ」

 「次の王妃様になれるチャンスじゃない。うらやましいわ」

 「じゃあ、お二人があの王子と結婚してくださいよ」

 「私はそんなんじゃないから」

 「私はあれだから。無理です」

 「あなた達、オブラートに包みなさいって」

 王妃の言葉に、王国の歴史調査担当のレールコール伯爵令嬢が反応する。

 「オブラートと言えば、今、専門家の間で論議になっているんですよ。異世界から来た勇者が持ち込んだ言葉なんかじゃないかって」

 「オブラートは、我が国の昔からある伝統楽器のオブラートでしょう」

 「いえ、薬がなんとかなんとか言ってましたね」

 「オブラートって薬があったってこと?」

 「そうなんじゃないですかね」

 「それだとオブラートに包むって言い回しはおかしいでしょう。やっぱり、楽器のオブラートからよ」

 「そうですね。専門家もいい加減ですからね。この前なんて、野球が異世界から持ち込まれたって言い出しましたからね」

 「さすがに、野球はこっち側のでしょう」

 完全に酔いが回った聖女が、手を上げる。

 「王妃様。久しぶりに、野球勝負しましょう」

 べろんべろんに酔っぱらった王妃が受けて立つ。

 「私の魔力を込めた投球は衰えていませんよ」

 「こっちだって、魔法バッティングの腕はそのままです」

 「ええっと、ボール、ボール。これでいいわね」

 「バットはこれでいいか」

 王妃はドレスのまま、大きく振りかぶって、剛速球を投げる。

 ボール代わりの王家の水晶玉が、猛スピードで飛んでいく。

 バット代わりの聖女の杖を、聖女はフルスイングする。

 カキーン。

 水晶玉を真芯で捕え、いい音を立てて飛んでいく水晶玉。折れる聖女の杖。

 酔っぱらいの伯爵令嬢二人が歓声を上げる。

 「ホームラン」

 王家の水晶玉は、空高く飛んでいった。


           おわり


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