第7話 ヤブ医者
とある昼過ぎ。マンションのロビーで、白衣を着た男がミカエラと口論していた。
「おいおい、朝っぱらから喧嘩か? 今日のメニューは“精神崩壊”ってか?」
ヘルターが笑う。リリーは無視してそのまま通り過ぎようとした——が、
「患者を切る精神科があってたまるかってのよ!!」
「本人が“心が痛い”って言ったから、心臓の位置を確認しただけだよ」
「あなた頭おかしいわよ!!」
その場にいたのは、住人のひとりと噂の“精神科医アスラー”だった。
目元には濃いクマ。白衣は皺だらけ。
医者にしては不健康そうな、そして絶対に信用できない顔つきだった。
このやり取りを聞くだけでヤバさが伝わる
_____
夕方、205号室のミカエラとすれ違った。
「さっき、アスラーって医者と揉めてたな。……あいつ、何者?」
「さぁ? “医者だった時期があるらしい”けど、私は信じてない。あれは医療じゃない。“壊れた人を、もっと壊して治す”やり方」
「……仲悪いんだな」
「“医者ごっこ”は、子どもがやるものよ」
ミカエラが吐き捨てるように言うのは、珍しかった。
____
その夜。廊下の奥で、アスラーとばったり会う。
「401号室、金髪の……ああ、あんた。薬ほしい?」
「は?」
「抗不安薬、睡眠薬、抗精神病薬、あと……整形したいなら麻酔もあるよ」
ハッと鼻で笑ってから、リリーは口を開いた
「あんたさ、精神科医だっけ?まず自分のぶっ壊れを治療したらどうだ?」
「言い得て妙だね。ほら、このマンション、壊れてる人しか入れないんだよ。私もその一人だ」
男は続けていう
「俺は切れる精神科だから、君も切ってあげるよ。もちろんタダでね。大丈夫…腕はいいよ、多分」
ヘルターがニヤけた声で割り込む。
「……とんでもねぇ医者だな!! 俺の中でもランクインしたぞ、マジで」
リリーはため息をついて、アスラーを睨んだ。
「……あんた、金と引き換えに、“人間”まで持ってくんじゃねぇぞ」
アスラーは肩をすくめた。
「そんなに残ってるならいいけどね、“人間”」
_____
次の日、リリーの部屋のポストに紙切れが入っていた。
《アスラー式初診無料。壊れてるやつ、歓迎》
リリーはそれを丸めて、ゴミ箱に投げた。
(……ほんと、とんでもねぇ奴が増えてくな、このマンション)