第5話 視線
とある夜。401号室。
灯りは薄暗く、ベッドの足元にはヘルターが横たわっていた。最近はよく実体を現すようになったこの男。邪魔くささが増す。
雑誌を片手に、ページをめくるたびに鼻で笑っている。
リリーはデスクの椅子に座ったまま、ぼんやりと天井を見ていた。
「……なぁ、ヘルター」
「ん?」
「最近、どこにいても視線を感じる。廊下とか、ロビーとか……フーリーたちと話しているときとかさ。なんか感じねぇ?」
ヘルターは雑誌を伏せて、片目だけリリーに向ける。
「まぁ、そんなのここじゃよくあることじゃない?」
「よくあってたまるかよ」
「……てかさ」
ヘルターは雑誌を閉じ、ひょいと立ち上がる。
「視線って、基本的には“生きてる誰か”のもんだって思い込んでるから面白いよね~」
「やめろ、その前提ひっくり返すな」
リリーは渋い顔をして手に持ってる雑誌を取り上げた
バサッと雑誌を取り上げられたヘルターは、呆れ顔でベッドに寝転がった。
「はいはい、読書の自由、弾圧されました~」
そうぼやきながら、しばらく天井を見ていた彼だったが、
突然、起き上がって床を指でなぞりはじめた。
「……おい、何してんだ」
「線引いてんの。“見えない視線の軌道”。ほらここ、昨日から誰かずっと歩いてんだよ。なぁ? こう……ゆうっくりと、リリーの周りをさぁ」
「やめろ」
「こういうときはさ、動きが止まると見えんのよ。じーっと黙ってると、“誰が見てるか”が目の裏側に集まってくんの。やる? やってみる?」
「意味不明、やらない。」
「……チッ、つまんねぇやつ。
じゃ、俺は布団の下に何かいるか確認しとくから。リリーは、目ぇ閉じとけよ」
「やめろって言ってんだろ!!」
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ヘルターは枕の下にチャイのティーパックを隠し、「この部屋の“匂いの流れ”を調整してる」と真顔で言い始めた。
どこまで本気かは、誰にもわからない。
「気持ち悪」
言葉は消えても、リリーの苛立ちだけが空間に張りついていた。