第3話 怪しげな商売人
とある昼すぎ、リリーが階段を降りているとなにやら焦げたスパイスの匂いが鼻をくすぐった。
「またやってんな……あの商売人」
そいつの名はフーリー。308号室。得体の知れない“なんでも屋”。
部屋の前やロビーで勝手に長机を並べて商売をしだすかなり頭のおかしい住人。
金髪に黒くプリンになった頭、長髪をサイドにまとめており細い目でいつもにまにま笑っている噂好きだ。
怪しげなチャイを仕込んだり、気味の悪いぬいぐるみを「呪い付き」と称して売ったり、時に怪しげな薬を売りさばいている。
まともじゃないが、妙に人懐こく、どこか愛嬌がある男だ。
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階段を降りると、フーリーが廊下にテーブルを広げていた。
「やぁ、リリー。今日は“壊れもの市”だよ。心の折れた人間にピッタリ!」
リリーはしかめ面で見下ろす。
テーブルの上には、古びた指輪、欠けたティーカップ、目のない人形。どれも埃をかぶっていて、見るからにゴミだ。
「お前……ゴミばっかり並べて何がしたいわけ?」
「ふふん、これはね。“今、必要なものしか売らない”っていう、ちょっと斬新なサービス」
「へぇ、だったら俺に必要なもんってなんだよ」
リリーは挑発するように問いかけた
するとフーリーは一瞬、ニッと笑って、テーブルの下からなにかを取り出した。
それは、割れた鏡だった。
「ほら、これ。最近自分の顔見てないだろ?」
一瞬、胸がざわついた。
鏡の破片に映る自分の顔は、疲れきって、目の下にクマがあって、どこか、404号室の女に似ていた。
「……いらねえよ」
リリーは鏡を押し返した。フーリーがニヤニヤと笑う。
「おや? まるで“見たくない”みたいな言い方だね」
「……テメェは何がしたいんだよ。楽しんでんのか? 俺らの壊れてるとこ見て」
「んー? ちがうちがう。ただ、、より良くしたいだけ」
フーリーの声が遠くなって、頭の中でまた、ヘルターが囁いた。
「キミ、ほんとに似てるよね。あの女と。壊れてるのに、なぜか他人の破片は拾いたがる」
「……拾ってねえよ」
「そっか。じゃあ、最初から“壊れてるふり”か。やっぱタチ悪いね、リリー」
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その夜、リリーはふとポケットの中に違和感を感じ手を突っ込んだ。
フーリーに返したモノの破片がなぜかポケットにあったのだ。
テーブルの上に置くと、それは自分の目だけを映した。
どこか、泣いているように見えた。