間話、夢香る聖水
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加藤夢香、
彼女はこの二ヶ月、怒涛の日々を過ごしていた。
来夏が捕まって、数日が経った頃の話だ。
いじめなどは無かったが周囲は彼女を遠巻きに見ていた。
「ねえ、佐々木さんのこと…聞いたんだけど…あれ、本当?」
その時彼女はこう言ったのだ。
————あんな犯罪者、最初から嫌いだった。
理想の王子様、夢香にとって来夏はその記号だけだった。
だから一つの汚点で簡単に掌を返した。
————アイツに私、脅されてたの…怖くて逆らえなかった。
平気で悪評を流した。
ただ彼女は自らに酔うことしか頭になかった。
容姿は良く、人柄も〝表面上は〟良い…だから、彼女はすぐ悲劇のヒロインになった。
そこを埋めるかのようにイケメンの先輩と交際をしたのだから、悲劇のヒロインはこの上なく容易にシンデレラとなった。
「私ね、騙されたの」
————故に、冤罪が発覚したことで彼女の情緒は全て壊れた。
「ねえ、来夏…私幼馴染だよ?
一番仲がいいの、私」
コミケで撮影された雫の写真、その隣に映っていた来夏をこれでもかと拡大して、ポスターとして壁に貼ってある。
最早ガビガビで原型も分からない。
そのガビガビなポスターを、夢香は御神体のように崇めていた。
「来夏が犯罪をしたって聞いたあと、あの先輩…ゴミムシが近づいてきたの」
裏切られたという心境で壊れかけていた。
そこを取り入られた、それだけの話。
「ね、わたし…処女なくなっちゃったよ、あははは」
壊れたように声を漏らす。
喜んでその道を進んだ記憶など彼女にはもうない。
「来夏の部屋のもの、ぜんぶぜーんぶ、おばさんたちと捨てちゃった。
でも違うの。私はそんなつもりないの、私だけは違うの、だって私だって被害者なんだから」
冤罪事件は、真犯人が捕まり、その幕をおろした。
その犯人は…彼女に数ヶ月前、告白した三年生の生徒である。
「あの気色悪いゴミムシが、来夏を貶めた犯人だってようやく気付けたんだ」
婦女暴行、性犯罪、違法薬物所持…それが来夏にかけられていた冤罪である。
「今なら来夏も受け入れる準備があるって…そう言ったんだけど、なぁ」
拡大されたポスター、その端にいる銀髪の少女————雫をざり、と引っ掻く。
「裏切られたって思っちゃったよ————裏切られてないッ!!」
ダンッ!! と机を殴る。
はぁ、はぁ、と息を荒くして…ふと,狂気的な瞳を覗かせた。
「裏切ったの私? 来夏?
来夏だよね、急に冤罪かかるとか本当に酷い裏切り…全部来夏のせい」
来夏に本来、過失は何もない。
日常を過ごせば急に冤罪をかけられて留置所だ…それを一体どう回避すればいい。
「冤罪かかったの誰のせい?
来夏のせいだよね?
私が辛いのは実は誰のせい?
来夏ののせいだよね?
私の処女がないの誰のせい?
来夏のせいだよね?」
彼女には、その言葉は届かない。
彼女は今、結論を前提にして思考をしていた。
そうなった時の思考は大体破滅的なものとなる。
「来夏が悪い来夏が悪い来夏が悪い来夏が悪い」
故に彼女の狂気に際限は無く、無限に八つ当たりのような怒りを増幅させ続けた。
「————そうだ、来夏を迎えに行って全部いい感じにしてもらおう」
いきなりスン、と落ち着いて立ち上がるとガラスのコップ、セロハンテープ、接着剤、盛り塩を持ってくる。
「ここに、祭壇を立てます。
来夏を迎えに行く誓いをします」
彼女はゴソゴソと、なにか自分の下半身へ手を伸ばして————黒いちぢれ毛を引き抜いた。
「…痛い」
強引に引き抜いたのだから当然のように痛む…だがしかし、彼女は手を止めずに引き抜いた。
ぶぢ、ぶぢ、ぶぢ
「……聖水だ、聖水で清めねば」
ガラスのコップを前に、彼女は立ち上がり…黄金の水を注ぎ始めた。
大量のちぢれ毛、それを丸め…根元に接着剤を垂らす…
その上からセロハンテープで念入りに、念入りに止める。
根本の部分に、小石をつける。
そしてそれを聖水の中に投下して————
「できた…陰毛のウェディングブーケ…」
聖水の中でふわふわと花開くブーケ。
R-18指定を通り越して人の生み出してはいけない禁忌の域に足を踏み込んだ芸術作品。
「ここに塩をひとつまみ…」
人間の限界、その先に行くのやめてほしい。
ここに常人がいたらそんな感想を抱くことだろう。
「ふふ…こんなに痛かった、とっても痛かった…来夏の痛みの数だけ、私は陰毛を抜いたの…ねえ、健気でしょ」
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【聖水】
黄色いおみず、生暖かい。