二話、十年後の来夏
◆◆◆
あの日から、10年が経った。
あれからは少しだけごたついたけれど、今は平穏な日々を過ごしていた。
「雫、家に着いたよ。連休中はありがとう」
『よかった、らいかは明日から学校?』
神坂雫…アラストールは今、その名前で生きている。
俺の叔母の家、神坂家に養子で引き取られてからはその名前に変えて日本人として生きている。
「ああ、また面倒な日々を過ごしそうだよ」
『夜になったら私に毎回電話かけるくせに』
「それだけ暇なんだよ」
この10年、もう日課のように雫と通話をしている。
取り留めのない話から、昔の話、世間話とか、今朝ニュースでこんなのを見たとか、そんな話ばかりだ。
「夏になったら…また、会いに行くよ」
『うん、待ってるね』
自室で窓の外から…夜空を眺めてそんなことを口にする。
それが日課にもなっていた。
「叔母さんはまだ海外なのか?」
『愛ちゃんも仕事がまだ忙しいみたい…でも、お盆には帰ってきてくれるって』
「あの人の料理また食べるのかー」
毎年の恒例行事ながらまあその味の酷さというか、雑さを思い出して思わず笑いをこぼす。
『私は好きだよ、愛ちゃんの料理、なんか懐かしい感じがするし』
「旨味調味料の暴力だろ」
雫の養母…叔母は普段海外で働いてる。
その関係で家にいる期間が極端に少ないのだ。
以前は信頼できる人に管理を任せていたらしいのだが金を持ち出していることが発覚して、雫が一人で切り盛りしてる感じらしい。
「…寂しいな、そっちは」
『寂しくないと言ったら嘘になるけど、そんなに辛くないよ。
愛ちゃんも鬱陶しいくらいに電話かけてくるし、人との個別LINEをSNSかと勘違いしてるんじゃないかって頻度でメッセージ入るし』
「ははっ、あのLINE本当に凄かったもんな」
叔母との関係は良好のようで安心した。
まああの叔母が人を毛嫌いすることはまず無いのだから、雫が心を許すのは時間の問題だったのだが。
「そろそろ寝ることにするよ」
『うん、おやすみ』
取り留めのない話をしてから、雫との通話を切った。
家族はもう寝ている。突然だろう、夕方に向こうを出て、帰ってからも1時間近く通話をしていたのだからもう深夜帯に入ってる。
「…寝るか、明日から学校だ」
連休を終えて、心をリフレッシュできたからか…布団に入る時、少しだけ心が安らいだ。
◆◆◆
朝、俺はパッと目を覚まして洗面所で顔を洗った。
部屋に戻って制服に身を包み、バックを肩に背負ってまた部屋を出る。
中学二年になったばかりの義妹がテーブルで朝食を食べているところに鉢合わせする。
「お兄ちゃん、またあの人のところ行ったんだ」
「ああ」
「いっつも私一人で寂しいんだけど!」
義妹…佐々木めぐみ。
五年前できた妹は拗ねるようにそんなことを言った。
いつものことなので相槌でいなす。
「あんな田舎に行っても良いこと何もないよ」
「はは、ごめん」
「べ、別に責めてるわけじゃないんだからね! ふん」
軽く笑って、冷蔵庫に入れたコーヒー缶とカロリーメイトを取り出してバックにいれる。
「もー、来夏。
今日もそれなの?」
キッチンからエプロンをつけた女性…母・佐々木ゆうこが顔を見せる。
「ああ、こっちの方が時短になるから。
じゃあそろそろ行くよ」
そのまま玄関へ行き、靴を履いて玄関の扉を開けると。
「来夏! 迎えにきたよ!」
「…おはよう」
そこには昔から家族ぐるみで付き合いのある幼馴染が立っていた。
幼馴染…加藤夢香がいた。
「ふふ、仲良いわね」
「あ! 来夏ママ、おはようございます!」
元気に挨拶する夢香、母は俺たちを微笑ましそうに見ている。
「いや、そういうのじゃないよ」
「もー、来夏ったら照れ屋さんね」
茶化すような言葉に少し苛立ちを覚えるが、毎度のことなのでもう慣れた。
「ほら来夏! 可愛い彼女がきたんだから早く早く」
「彼女じゃないだろ…」
指摘するが母がふふッと笑う。
「もー、また嘘ばっか。
ごめんなさいね、夢美ちゃん。この子が恥ずかしがり屋で」
「大丈夫ですよー、もう慣れっこですから」
もう指摘するのも億劫だったので、そのまま玄関を出て通学路を進む。
「ねーねー、私さ。
この間先輩に告白されちゃった」
「聞いたよ。よかったね」
クラスメイトが噂してキャーキャー言ってたのを聞いて、男子も泣きかけてたのを見た。
夢香は容姿が整っているのでそれなりにモテるらしい。
「なんて答えたか聞きたい?」
「うーん、プライベートのことだから控えるよ」
カロリーメイトを食べる。
この腹に溜めるためだけの携帯食、よく雫と食べたな。懐かしい。
「ふふ、断っちゃった」
「そっか」
イケメンだけど、黒い噂が少しある先輩だし、納得できた。
「ねえ、少しくらい嫉妬してくれてもいいんじゃない? 私彼女だよ?」
「彼女じゃないよ」
指摘するが、もうこれもいつものことになっていた。
「でもみんな、私たち付き合ってるってもう気付いてると思うよ?」
「勘弁してくれ」
「いーじゃん、私たち幼馴染なんだよ?
いーーっちばん、お互いを信頼してる仲!」
はあ、と内心でため息を吐きながら空を見る…。
「(雫は、今何をしてるんだろう。
お昼になったらLINEしよう)」
白銀の髪を揺らす、異世界からずっと一緒だった彼女を思い浮かべた。
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【神坂 雫】
本作主人公の悪役令嬢。
冒険者時代、ティア・ストールという偽名を名乗っていたためティア=雫という命名になった。
白銀の髪とエメラルドグリーンの瞳は周囲にはアルビノで通している。
料理するときは真っ赤な布で髪の毛を束ねる。