十七話、竜王失墜
何故が急に気絶した雫を布団に寝かせて、俺は準備した。
「相手は、あの時は…諦観だったな」
庭に出て、原付から大型バイクに変形しているグレイプニルに語りかける。
「相手は古代種の竜…世界最強と言われる種族」
はっきり言って仕舞えば、それだけ。
「…グレイプニル、行くぞ。
あの時と同じだ、お前も彼女の平穏を守りたいだろう」
青いフレームの大型バイクに触れ、跨る。
「いけ」
道路を走行し…
加速し、加速する。
加速、加速、その加速に果てはなく…やがて雷鳴を放ちながらその車体は加速を繰り返す。
「————我、神へ至らん」
瞬間、車体は空間そのものを道とした。
空を雷鳴の如く疾走し、凡ゆる神羅へ置き去りにする。
「…そうだな、お前はそれでいい」
だがそれは本来の性能には遠く及ばないものだった。
本来この神機は雫と雷鳴ノ聖女にしか扱うことが出来ない。
「本来の〝神速〟は、彼女を乗せた時にだけ発揮すれば良い」
来夏が扱えていること自体が特例なのだ。
「(大体秒速200m、というところか)」
それは妥協。雫の窮地であるが故に来夏を担い手として許しているというグレイプニルの意思だった。
本来、神速の域に到達する速度を放ち、全てを穿ち、ソニックブームを撒き散らし壊滅的な殺戮性を秘める。
視認はまず不可能、一撃必殺の顎門、雷鳴を流星が如く掻き鳴らしたグレイプニル。
だが、それでいい。
その片鱗だけでも力を寄越せ、その意思に呼応するようにグレイプニルは加速をした。
その日、美しい流星を見たと…小さな話題がネットの海で上がっていた。
美しい、白銀の流星が、空を走っていたと、人は声を漏らした。
◆◆
〝痒いな…この世界の人間ならばこの程度か〟
黒い筒のようなものを向け、攻撃を放ってくるが全てが浅い。弱い。
剣より多少は使えるようだがそれだけだ、鱗に弾かれて無為に終わる。
〝神殺しを呼んでこい、この世界にいることは分かっている〟
故に、それのみを告げる。
見せしめに一匹殺そう、そうして竜は爪を振り被り————瞬間、爪の先が青い閃光によって消し飛ばされた。
〝……その神威、貴様。神殺しの配下だな〟
爪は即座に再生させ、間に現れた何者かへ目を向ける。
巨大な塔の上にいる、白銀の雷鳴を撒き散らす詳細不明の魔道具。
「…」
馬のような魔道具から降りて、その男はこちらを見据えて…氷点下よりも尚低い温度の瞳を浮かべた。
「お前、竜王墜落の生き残りだろ」
「————…貴様」
竜王墜落、その単語を知っている、それだけで気付いた。
————コイツだ、コイツはアラストールを知っている。
「アラストールがかつて解決した事件、竜王が死んだことで後継者を決める争いがあったと聞いた。それの余波で国が何十と消し飛んだ事件だからな」
竜王としての資格を巡った竜王候補たちの争いは天災を引き起こし、正しく天変地異となった。
「ただ、後世ではその〝解決した方法〟が物語の主軸として語られる」
〝…〟
「神殺し、アラストール・レヴァンティアによる徒手空拳によって全て竜種が叩き潰されて終わった」
それぞれの陣営に向いていた竜の怒り…それが全てアラストールへ向いたことでこの事件は幕を下ろした。
それがやがて、竜王墜落と呼ばれる世紀最大の珍事件。
そして彼女は、最後にこの言葉を放った。
「————人にも劣るトカゲが竜を語るな、私が死ぬまで竜王の座は空席とする」
〝き、さまあああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!!〟
竜王の逆鱗、後にそう呼ばれる言葉は的確に竜種のプライドをぐっちゃぐちゃに壊した。
「お前にはお前の事情があるんだろうな」
怒り狂う竜をただ見据える。
かつて、幼い雫が一人で、傷だらけになりながら殺した竜種。
「だから、それと同じように」
それがどれだけのものなのか、見据えたうえで殺す。その殺意を見たうえで殺さなければ、この先の経験は生き残れない。
そう判断したがゆえに、この竜はならし運転だと思い来夏はただ見据え––––––告げた。
「俺の都合で死んでくれ」
〝————〟
〝勇者、か、貴様〟
それだけ気付くともう死ねとばかりにブレスを放たんと
〝不快だ、もう死ね。
貴様は我ら竜種の誇りに傷をつけた〟
「素手の女の子一人に負けたやつらに、そんなものあるのか」
高密度のエネルギーが竜の体内から濃縮され、凝縮が始まる。
「––––––お笑いだな? はは」
〝––––––––––––––––––死ね〟
そして、竜種最強の古竜のブレスが放たれた。
ブレスの熱でビルの一部が融解する、崩れそうな足場に立たされた来夏へ、殺戮の一撃が放たれた。
〝人の命など我ら竜に比べればゴミと同じだろう?
我が上で貴様が下だ、分からないか?
はは、あはははは!!! 我の前に死に晒せェッ!!〟
「……そうか、ならそうなんだろうな。
お前の中では…」
近くに落ちていた石を持ち上げて
「もう、終わりにしようか
物語は終わったんだよ」
野球のフォームのように、意思を振りかぶり––––––
「エンドロールのその先に、お前はいらない」
––––––放った。
瞬間、おぞましいほどの風圧に空間そのものを震撼させるほどの轟音が響き渡る。
投石、ただそれだけの行為によって生まれた運動エネルギー、それが齎した音。
小石に原型などいらない、故に投擲された小石はどんどんと粉々になっていく。だが、それによって生じた純粋な運動エネルギーだけでもあまりある暴力だ
ビルの窓が風圧で粉々に吹っ飛ぶ、空間が捩れるように映る、特異点はただその小さな小石だ。
〝––––––は?〟
ブレスを掻き消し、剛速球で飛んでくる小石に、古龍は反応ができない。
回避行動も、防御行動も、とろうとすらできない反射神経に、安堵する。
これが嫌悪や神狼ならコンマ一秒の感覚で即死級の攻撃を放ってきた。
戦闘が得意じゃない飢餓だとしても術式を二十は軽く仕込んでいたはずだ。
だから、その末路はあまりにも呆気なかった。
「俺の勝ちだ」
肩から心臓部にかけて、巨大な穴が空き、絶命する竜を背に…俺はバイクへ手をかけた。
「無様だな、本当に」
最強だと自称する竜種、プライドばかりが高く、今まで最強が如く振る舞ったツケなのだろう。
「今まで雑魚狩り専門家、ご苦労様」
そしてそれは、勝てる相手だけを一方的に蹂躙したが故だと馬鹿にして、
〝————〟
その瞬間、ドラゴンの中で大切なプライドが、自信が、粉々に砕け散ったのを感じながら
「描いた未来を目指して、そのまま墜落しちまえよ」
そう吐き捨てて、グレイプニルを駆動した。
◆◆◆
「(…? 人の、気配?)」
らいかとも違う気配、そしてそれが誰なのか、雫は悟る。
悟ったがゆえに、玄関へ向かい、そこにいる人物へ何も驚かずに相対した。
「来ると、思いましたよ」
玄関の前に立っていた、狂気じみた瞳の主へと声をかけた。
「––––––加藤夢香さん、でしたか?」
らいかの幼馴染、数日前、記憶事略奪した少女…
加藤夢香が、そこに立っていた。
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