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十三話、令嬢の涙


◆◆◆


「一つ、伺ってもよろしいでしょうか」





 底冷えするような怒りを宿した雫が、テーブルを殴った拳を振るわせて…言葉を紡いだ。




「こんなに親を心配させて?」



 その瞳には 明確な怒りがあった。



「それは戻った時、一番初めに伝えるべき言葉でしょう」



 その言葉は、ただ俺の立場にたった…守ってくれる言葉だった。



「聞いた話によれば、彼を絶縁する、と言い放ったそうですね」



 絶縁、軽々しく口にするには重すぎる言葉。



「彼が使っないたもの、家具、アルバム、何もかもを捨てて、壊して、焼いて」



 握り締められた拳から、血が滲む。強く握っているのだと、それほどまでに激怒しているのだと分かる。



「その上で、その上でよくそのような言葉が言えましたね」



 正論、ただ正論。



「あなたがたのそれは、愛じゃない…愛玩だ」



 吐き捨てるようにそう告げる、



「何故、一度も彼に謝罪をしないのですか」



 ————言われてから、気がついた。

 再会したら、一番初めに聞くと、想像していた言葉がひとつもないことに。



「何故、誰も彼もらいかの意思を無視するのですか」



 ぎゅぅ、と雫は拳を握り締める。


「あなた方のしているそれは会話じゃない。

 会話しているフリを、今まで何度もやってきたのが見て取れた」



 強く、強く。それは自分のための怒りだと分かるが故に…胸に熱いものが芽生える。


「それは…!」





「————ふざけるなッッ!! らいかはお前らが家族ごっこするための玩具じゃないッッ!!」



 震撼する激怒。


 それが全て、だったのだろう。

 ずっと胸の奥にあった違和感、それが家族ごっこのおままごと。



「らいかが、らいかがっ、どんな気持ちでっ…!」



 ————涙。

 本当の限界ギリギリまで決して泣くことの無かった、雫が本気で泣いていた。



「気持ちを抑え込んで…っ」



 加護の暴走のことを、言っているのだろう…雫の拳から血が垂れる。




「会話をする気がないのなら

 お前らはクズだ、心の底から反吐が出る」



 普段の温和な雫が見せることのない本気の殺意。



「————」



 それを聞いて、少しだけ、落ち着いた。



 正直なところ、そこまでの怒りはなかった。

 幼い頃から〝そう〟思っていた存在が更に〝そう〟なっていただけで、過去の経験よりかはどうでもいい事だと思っていた。




「…」



 ————〝あなたの痛みが、私のものでありますように〟


 脳裏に浮かぶ、優しい声色。





「母さん、夢香、めぐみ」



 けれど今、その言葉を聞いて別に言ってもいいか、とそう思えた。



「いままでずっと隠してきたことがあった」



 ずっとずっと、隠してきた思い。



「やっぱり……俺はあなた方が苦手だよ」



 家族が嫌悪ににじんだ顔を浮かべる。これが面倒だったから、今まで触らぬ神にたたりなし、というスタンスを貫いていた。 



「どうしようもなく不快で、反吐が出るくらいには薄汚いと思ってる」



 けれど、それは生活に特に支障が出ない程度の嫌悪だったからだ。

 今の嫌悪感は、生活に多少の影響が出る程度のものとなっていた。



「幼い頃から、本当に幼い頃から気持ち悪くて仕方ないよ」



 価値観のずれ、冷遇、別にそれらに対して何も思わないわけじゃない。

 ただそれでも黙っていたのは、それをされる理由に心当たりがありすぎたからだ。



「俺はきっと、気持ち悪い子供として映っただろう」



 殺し合い、殺し合いに次ぐ殺したい。そんなものを異世界では20年近く経験していた。

 価値観も日本のものとは合わなくなることくらいは自覚していたし、そのうえで〝一生自分ごとだまし続ける〟くらいの覚悟は持っていた。



「だからこそ、冷遇するのも、内面の分からない異物を排除したがるのも理解できる」



 一生、自分ごとだまし続けて、日本の一般的な人間のふりをする…それが俺なりの誠意のつもりだった。

 なら、彼らもその誠意に報いて軽い冷遇程度で済ませてくれればよかったのだが…そうもいかなかったらしい。




「冤罪が分かるまでの一ヶ月、探す素振り一つなく…テレビで〝常にDVされていた〟なんて泣いているくらいだ…別に嫌味を言うつもりはないが…関係破綻するには十分だろう」



 そこまで言えば、伝わったのか、母と義妹はショックを受けたような顔をしていた。

 夢香が一人、目をぎょろつかせるように開き、じっと自分を見つめてくる。



「…」

「…」



 何か、まだ思うところがあるのは目で見てわかる、だがそれでも何も言いださないのは言えない状態と気づいているからだろう。



「…話し合いは、これでもう良いだろう…帰ってくれ」



 そう告げて、背を向けて玄関まで案内しようとふすまを開く。


 だが、



「ねえ、来夏…私たち、あんなに愛し合ったよね、毎日一緒に歩いて、毎日一緒に登校して、毎日愛を伝え合ったじゃん」



 夢香の声がそれを遮った。

 文脈的にも、声質的にも何も整合性の取れていない狂気が耳に触れた。



「戻ってきて、くれるよね…?」



 夢香はそう告げる。

 その目は何処かここに無いような…ここでは無い遠くを見ているような目だった。



「戻る気は無いよ」

「ふーん、へぇー」



 付き合っていられない、と思いそのまま振り返り廊下に出ようとする。

 


「ねえねえ、来夏」



 うっとおしさに軽くいらだちを覚え、何か一言くらい言ってやろうかと振り返り



「…なんだ————」




 ————次の瞬間、俺が見た光景は、雫へ飛び込んでくる包丁で




「————」



 俺は、夢香と雫の間に即座に割り込み、



「————」




 腹に包丁が突き刺さったと同時、殺意が、溢れ出した。


◆◆


 瞬間、気が付けば俺は夢香をぶん殴っていた。



 顔面を叩き潰すように拳を捩じ込む。



「…」

「らいかっ!」


 


 ただ潰す、顔面を潰す。

 包丁が腹に突き刺さったまま、拳を振るう、痛くないわけがない––––––これを、雫に向けようとしていた???

 加護の自動修復があったとしても、傷は傷だ。



「…」

「らいか、包丁、包丁、が」



 雫が困惑するように、俺へかけよる。

 どうでもいい、どうでもいい、俺の痛みなど心の底からどうでもいい。




「ひっ、わ、私おさななj––––––––––」


痴態を嘲笑う(全員、動くな)



 敵の身体は行動するという意思を失う。


 まるで赤子のように這い蹲る。


 舌の筋肉すら拘束されている、ゆえに雫の声も届かない。



「テメェは」



 顔面を潰し…殴り潰す。



「今」



 拳を振るうたび血がこべりつく。



「何をしたか」



 周囲が恐怖する、かまわない、



 怒りが伝わればいい、怒りによる恐怖で縛る、



「––––––分かってんのか?」




 その髪を掴み、顔面を引き寄せて、殺意を向けた。



「お前の考え、なんとなくだが分かったよ。

 綺麗な自分が好きなんだろう?

 仲良い幼馴染、その義妹とその綺麗な母、その中で最も愛される自分様が愛おしいんだろ」

「ぼ…ぇ゛……」



 白目をむいて、顔が血まみれだが…意識はあるようだった。



「なら、その絵に黒を垂らしてやる」



 腕に炎を纏う。



火傷面(フライフェイス)で綺麗な絵…描けたら良いな?」

「え––––––」



 瞬間、耳を劈く絶叫が響き渡る。



「(っ、音は略奪される(略奪ノ加護)っ!)」



 神威が背後から感じられる、雫が動けない中でどうにか音を奪ったのだろう。


 そして、そこまでやって、俺はようやく自分の行動に区切りをつけられた。



「その呪いは、五年たてば消えるだろう。

 そういう風に発動しておいた」



 常人であれば死ぬかもしれない傷だろうが、俺たちの場合はすぐに治って、後遺症すら残らないだろう。

 だが、それでも、雫にこれを向けようとしたのがいら立って仕方ない。



「何、困惑してんだよ。心優しい子供も、いつも助けてくれるお兄ちゃんもいねえよ。

 悪いが––––––こっちが本性だ」



 この五年、火傷《呪い》を抱えて生きてけばいい。数日で治れば、こいつらはすぐにやってくる。



「次、来たら––––––一生、消えないように刻んでやるよ」



 そういうと、怯えるように三人は帰っていった。



このシーン、本当に悩みました。殺したほうがいいのか、それともキレ散らかすだけでいいのか。

悩んだ結果、こうなりました。


言葉が通じない奴相手なので言葉だけはだめ、あとは行動だけどやりすぎもダメ。ただ少ない報復では絶対にこのもやもや晴れない……



ということでした。よろしくお願いいたします。

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