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十一話、星空



◆◆◆



 星空が浮かぶ満天の白い花畑。


 包帯塗れの身体で、純白のワンピースを纏って、とても綺麗だった。





 その白い花畑で、太陽のような笑顔で、心底嬉しそうに彼女は言っていた。



 その目は、未来も今でさえも写さない闇に染まっていた。



 ————世界は、最初から終わってたんだよ。





 綺麗であったことが悲しくて、笑顔であることに胸が締め付けられた。



 それは、厄災加護を持つ仲間と、他の聖女たちが〝消失〟した次の日だった。



 …



「————雫」



 倒れた雫をすぐ家に連れて帰って、布団を出してそこに寝かせた。


 体内で悍ましい熱量が暴れているのか、酷い高熱だった。



「(俺は、俺たちはずっと君の笑顔が見たかった」



 水桶に氷水を用意して…タオルを浸す。



「(あんな笑顔を見るために…俺たちは命を賭けたわけじゃない…)」



 タオルを絞る…氷水に浸されたそれはとても冷えていた。



「(あの顔を…俺はまた、させたのか)」



 雫のおでこをそっと掻き分けて…畳んだタオルをそっと置く。



「…」



 少しだけ表情の和らぐ雫…俺はそっとタオルの上から手を乗せる…。



「(…また、替えないと)」



 完全に乾き切ったタオルをとって…また水に浸した。

◆◆◆



 ————君に恋をした。


 そう言ってくれた君は、たくさんの…私の初めてを奪っていった。




 ————あ、あの、お茶…しませんか…?



 初めは、本当に酷いナンパだった。


 なんて言おうか分からなくて、それで絞り出した言葉がそれだったと一目見て分かった。



 その面白いくらいな素直さが変に可愛く感じて、お茶をしたのが始まり。



 そうしたらまさかの勇者で、最後まで側に居てくれた。



 ————君に、恋をしたんだ。



 最後の最後まで、そばにいてくれた。



 ————君を、守り抜く。死ぬ? 壊れる? だからなんだよ、くだらないッッ!!

 



 そう、その背中に…



 ————帰ろう、アラストール…。



 その差し伸べられた手に、恋をしたのを覚えている。

◆◆◆



「……おはよ、らいか」

「雫…」



 ややあって、雫が目を覚ました。


「…」

「また、泣いてる」



 悪戯気に微笑む雫に俺の涙はぴたりと止んだ。



「…」

「…ふふ、泣き止んだ」



 穏やかな笑みに…俺のうちにある熱は静まった。



「ね…おはなし、きかせてよ」

「…?」



 月明かりが差し込む寝室で、彼女は俺の手を握った…柔らかくて優しくて…拒む気が起こらない…愛情に満ちた手だった。



「らいかが辛かった時のこと、おしえてよ」



 冤罪を受けた時のこと…俺がどんな気持ちで雫の元に来たのか…それを教えてほしいと囁いていた。



「……」



 胸の内で渦巻く…黒い想い…けれど今は、彼女がいる…そう思ったから



「…唐突、だったんだ」



 ぽつり、と語り始めた。



「家に警察が来て、取り調べだかで連行されたんだ…聞く耳を持たなかったよ」



 酷いがなり声、罵声と怒号を浴びせられた。

 人間のクズだとか、ゴミだとか、沢山の暴言を吐かれた気がする。



「何かの間違いだと、思った。

 だってそうだろ…?

 本当にやってないんだから」



 その後、すぐに留置所に入れられた。

 すぐに晴れると思っていたから、不安はあったが抵抗はしなかった。



「留置所で…過ごしながら…ずっと…不安だったよ。

 この先の人生が終わった…雫のそばに入れないって…思ってたんだから」



 二十日間、留置所で過ごした。

 その後で保釈金が払われて、仮釈放とのことだった。



「一度家に帰らされた…数日後には留置所から、拘置所に入ることになるって状態だった」



 だが、家族には捨てられていないと…信じてくれていると思って帰路を歩いて

 


「家に帰って、初めに見たのは地獄だった。」



 ただ自分の足元が崩れさるような恐怖があった。

 イカ臭い自室に、リビング。信じていたものは砕けた。


 テーブルに粉末が置かれていた…きっとあれが取り調べ中に聞かれた〝違法薬物〟なのだろうと思った。



「勘当されたよ、絶縁だってさ」



 俺の十五年の人生、異世界に比べれば短いけれど…愛着があったんだ。

 雫を守るために、良い会社に就職したいとかも考えていた。



「スマホも壊されて、荷物は全部捨てられてた」



 家具も燃やされ…捨てられ、売られと散々だった。



「何も無い、本当に何も無い状態。

 財布の中にSuicaと、1055円だけあった…何処にも行き場がない中で」



 逃げるように駅へ向かい…Suicaに1000円を入れた。


 自然と、逃げるように、彷徨うように電車に乗って、それは



「ここに、来たんだ」



 怖かった、また裏切られるんじゃないかって、怯えていた。



「もう金も55円しか無かったし、Suicaの中もほぼ空だった」



 その時、手を伸ばしてくれた。



 優しく、唯一優しく、受け止めてくれる柔らかな声に…どれだけ救われたんだろう。




 その時、自分の人生を全て…この子のために使おうと。酷い依存のような壊れ方をした。




「貴方が苦しいと、吐きたいと思った時、きっとその闇には意味があり、価値がある」



 胸を、微かに抑える……だけどそれは、少し意識するだけで触れるという動作へ変わる…




「私はこの胸の痛みを覚えている、そしてそれはきっと、私が〝忘れたくない〟と思っているから……。

 だから、この痛みが刻まれている間は、私はきっと……誰かに騙されることが、絶対にできない。

 無意識に、過去のトラウマが蘇り……その未来を回避するから」



 トラウマというものは不思議だ。ただ暗くて、人生に亀裂を走らせているように見えて、その亀裂は〝大きな亀裂を防いでいる〟と気づくことが出来る。




「あなたがその過去に苦しんでいるのは、あなたの心がまだ〝忘れたくない〟と泣いているから……。

 そして、その苦しみがある限り……あなたは絶対に大丈夫。

 あなたはその辛い過去に苦しんでいる限り……そのトラウマが再来することは絶対にないよ」



 心が泣きたいと、苦しみたいと叫んでいるのならば……素直に苦しんでいるという現実に気付いてあげること。


 その〝苦しみ〟に価値があるのだと気付くこと。



「これが普遍の真理でないと気付いていても、そこまで的外れなことでも無いと思う。

 だから大丈夫……あなたは大丈夫」



 そして苦しんでいる間は絶対にそれ以上の苦しみが訪れないのだと信じること。



「文学は力で、苦しい時に背を抱き締めてくれる。

 それと同じで、トラウマは苦しい未来から私を逃がしてくれる

 ……それだけで私のトラウマは、その価値足りうる……」










「ね……らいかは、どうしたい?」



 一通り話して…静かに…ずっと耳を傾けてくれた雫が、ポツリと答えた。




「らいかが、決めていいよ」



 俺を見つめてくれる瞳が、俺に選択を委ねた。


「また離れても、ずっと、会えないわけじゃないから」



 手が、少しだけ強く握られる…その小さな手に…俺は…なんと答えるべきなのか…



「…分からない」



 きっと、その答えはこれで良い…正真正銘、自分の本音…彼女はそれを望んでいる。



「きっと、世間からみたら戻ったほうがいいのだろう」



 それは事実、未だ警察は俺の行方を捜索している。

 誤認逮捕だったのだから尚のことだ。



「だけど、まだ雫の側にいたい」



 けれど、それでも俺の〝意思〟は彼女にのみ向いていた。

 ずっと揺るがない…俺の意思…それを聞いた彼女は



「…そっかぁ」



 そう答えると、そっと俺のことを手招きして




 …そっと、抱きしめられた。




「よかった…」



 その一言に、どれだけの想いが込められていたのだろう…


 言葉では表せないほどの想いの込められたそれに…俺は涙をこぼしていた。



◆◆◆



 らいかの想いを聞けた、そうしているうちに気が付けばもう深夜一時を回っていた。



「もう寝よっか」

「あ、なら俺の分の布団もすぐに」



 私を休ませようとしたからだろう、布団は私の分しかでていなかった。



「らいか」



 立ちあがろうとするらいかの手を掴む。


 今日は色々あって疲れたのだから、そんなことはしなくて良いと囁いて。



「一緒にねよ」


 そう、囁いた。

◆◆◆

雫の愛車:軍神機巧(グレイプニル)天ヲ穿ツ銀ノ咆哮(オーバーロード) 縮小型


 音速を超えるバイク。雷鳴ノ加護と憤怒を司る厄災加護を極めたもののみが扱える最終段階神造兵器である。


詠唱:我、神へ至らん

 神速、そうとしか呼びようが無い超音速を放つ。

 バイクの車体に亜空間魔術がコーティングされ、触れたもの全てを抵抗なく貫通する。


 視認できないほどの神速で飛んでくる〝防御不可能〟の異能。

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