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十話、暴走



 そこには妹と、母親と、夢香が立っていた。



 母が俺に詰め寄る。



「今まで何処で何をしていたの!?

 心配したのよ」


「…っ」



 ヒステリックに怒り、俺に駆け寄る。

 それをみて、胸に何か黒いものが芽生えた。



「さあ、帰りましょう」



 強引に俺の手を掴む。



「っ!!」


 掴まれた手を、強引に引き外した。


 それは無言の拒絶。それが伝わったのか、困惑をするめぐみと母。

 





 その時……ぎゅ…と、柔らかい感触が、左手を包んでくれる。



「…雫」



 隣に立って、雫が手を握ってくれる。


 不安が和らぐ…側にいてくれる…それが胸に染み渡る。



「っ…!」



 めぐみと夢香が俺たちを見て、苦虫を噛み潰したように顔を歪める。


 心は、落ち着いた…そうだ、いつだって不安なときは彼女がいた…だから俺たちは、どんな敵でも立ち向かえた。



 落ち着いて…前を見据える。大丈夫、震えはもうない。




「雫に匿ってもらってたよ、冤罪で指名手配を受けてる間も、ずっと」



 手をぎゅっと握る。

 それに対してまだ言いたいことがあると言わんばかりに声を荒げる。



「連絡とか、できたでしょう!?」

「事前に、手紙を一通出していたはずだ。

 スマホも壊されて無かったことだしな」



 何も書いていない封筒に手紙を入れて、雫にバイクで入れてきてもらった。



「お兄ちゃんさ…一回顔を見せるとか…そう言うのもできたんじゃない?」

「冤罪が晴れる前……留置所から出てすぐに行っただろう。

 それだけじゃ、だめだったか」



 それだけ言えば、妹は黙った。

 戻ってきた矢先に俺のスマホは壊されて、部屋の家具も捨てたと宣言されたのだから当然だ。



「でも、学校とか、困るでしょ?

 いつまでもここにいたら神坂さんに迷惑だと思わないの?」


「それは……」


「————構いません」



 そこで、雫がようやく口を開いた。



「らいかなら、ずっといてくれても構いません」



 静かで、けれどしっかりと響く声だった。


 一声で、場を鎮めさせる…彼女の持つ性質が成せる技なのだろう。



「……お互い、考える時間が必要でしょう。

 一先ずそちらの意思は確認しました。本日のところは、お引き取りを」



 凛として言い放つ雫に、誰も言い返せない。

 彼女のその佇まいがそれを許さない。



「ら、来夏、お金とかの問題もあるし、また来るから、そのとき…」

「…俺の部屋に、アルバムがあったはずです。

 それだけあれば構いません」



 一度仕切り直そう、という空気になったところで……俺は心残りを伝える。

 アルバム……雫との思い出が詰まっているものを俺は部屋に置いていた。


 それだけは向こうに置きっぱなしにはしたくなかったので要求をする。


「え、アルバム……?」


「————あ」



 だが、その反応で俺の意識は白くなった。


 待て、まさか、おい、嘘だろ。



「…まさか」



 家具は捨てたと、言っていた。

 本も捨てられているとは思うが、中には教科書や……思い出の詰まったアルバムがあった。


 そこまでは手を出さない、と、信じていた。



「まさか————捨てたのか?」



 沸々と、何かが煮えたぎる。

 それは、それだけは大事な品だと…この家族もどきは知っていたはずだ。


 何度もアルバムを振り返っていたのを、こいつらは知っていたはずだ。なのに



「ち、ちがうの、待って、帰って探してみるから、えっと、アルバム、よね、そうでしょ、ね」



 捨てた?



「……帰れ」



 底冷えするような声が出た。

 だめだ、怒りが溢れる。



「ちょ、ちょっとまって、違うの、お兄ちゃん、それはわざとじゃなくて」

「帰ってくれ」



 怒りだ、怒りでおかしくなりそうだ。

 雫と手を握っているからこそ、踏み止まっているが…これがなければまずい、本当にこの街そのものが焼け野原になりかねない。



「あ、来夏。私は別だよね? 私は捨てるの止めようとしていたんだよ? だから私だけは特別で」

「帰れと言っているだろうがッッッ!!!」

「————」



 幼馴染の……名前は何だったか…もう怒りでどうでもいい。

 その声が非常に不快だと言うのは分かる。


 

「両者、話をするのは構いませんが今は時期ではないでしょう。

 日を改めてお越しください」



 雫の声で少しだけ火は治るが、それでもダメだ。殺したくなる。


 俺は駆け出した。

 これ以上ここにいたらまた殺意で街ごと焼き尽くす。

 事実、俺の加護ならばそれができるしやってしまうと気付いていたから。




◆◆◆



 殺したい、殺したい。

 胸の熱が止まらない。


 復讐の火が収まらない。



 辛い、吐きそうだ、死にたい、やめたい、逃げ出したい。だから逃げた。



 逃げた俺はクズだ、ゴミだ。

 苦しい、泣きたい。



「…なんだよ、俺」



 気がつけば遠くまで逃げている。情けなさすぎて反吐がでる。



「少しだけ挨拶して…向き合ってみて?」



 痛い、痛い…胸が痛い。

 苦しい、恥ずかしい、消えてしまいたい。



「何言ってんだ…俺は、俺は…」



 目を合わせて、少し話して逃げ出して…それはなんだ、なんでこんな情けないことをしてる。



「どの面下げて…勇者だなんて」




「君と、いたいなんて…」



 ぐちゃぐちゃになった胸の内が溢れ出しそうだ。死にたい、泣きたい。



「やめてくれ…やめてくれ…やめてくれよ」



 現実、現実現実現実現実現実現実…嫌なものはいつでもそこからやってくる。


 五歳の時、異世界で人の悪意に晒された。

 動物の血を切り口から飲んでゲロを吐いたサバイバル。


 寒さに凍えた森での数日、持っていた加護を自覚できずに冒険者としても活動していた。


 優しい師匠とか、仲間とか、そう言ったのもいないままずっと過ごした。


 騙されて奪われて貶されて殴られて…それを繰り返して、十年を過ごしていた。



 悪意だ、あの悪意だ。


 俺が間違えていると言ってくるあの悪意だ。



「ダメだ……ダメだ」




 加護が————暴走している。


◆◆◆



「らいかっ」


 走り去るらいかを私は追いかけた。


 暴走しかけている彼をかつても見たことがある。





「…らいか」



「っ、っ…!」



 神社から少し離れた畦道……そこでらいかは自らを落ち着かせようと必死に息を整えている。



「ダメだ、もう、ダメだ」



 けれどそれも虚しく……らいかの足元の土が、塵になり始めている。



「————加護が、暴走してる」



 加護は感情を原動力にその力を強める……激情を抱けばそれに比例するように殺意と能力が跳ね上がり……その跳ね上がる殺意が加護の出力を更に高める。




「今は抑えてる。

 だが、ダメだ…不味いんだ」



 ある種の永久機関じみたそれを抑えるのは非常に難しい……。かつての激情には届かないとしても、この街全てを灰燼に帰す程度は難なくこなせてしまう……それだけの加護が溢れていた。





「らいか」



 周囲の石が〝融解〟していく。



「大丈夫」



 熱気は伝わる……踏み込むだけで足がやけどする。



「その熱を…冷ましてあげる」



 この現代で、加護の暴走は大多数の死人に直結する。

 単独で万の軍勢を圧殺する……それが加護であり。私たちの背負ってきた罪だ。


 だから、これは私が受け止めてあげなくちゃいけない。



「大丈夫…半分こしよ」



 近付く……腕が火傷する。


 服の先が焦げている……それだけの超高温、常人ならば一秒とたたずに黒焦げになる。



「雫」



 らいかが私を見て、後ずさる。



「ダメだ、みないでくれ、それはダメだ」



 らいかが一歩、二歩と引き下がる……だけど、逃がさないようにと踏み出して、手を握る。



「これでも私…聖女だから。

 悪役だけどね」



 不安がるらいかを宥めるように、私も私の加護を発動する。



「〝略奪ノ聖女〟」



 聖女は四名いる。

 雷鳴と、真理と、嫌悪と……私。


 聖女の加護は最上位に君臨する……それを授かったものとして、彼を抱きしめる。



「〝苦しまないで、泣かないで〟」


 右の瞳に一つの宇宙が生み出される。



「〝側にいて、抱きしめる〟」



 それは潜り続ける深海のような闇で、




「〝嗚呼、叶うならば〟」



 それは宇宙のように果てのない旅で、




「————〝あなたの痛みが、私のものでありますように〟」



 加護が、発動する。

 黒い影が私とらいかを包み込み……熱を半分だけ略奪する。



「……雫」

「…うん、よかった……落ち着いた……み、たい……」


「————雫ッ!」


 安心した……らいかを、後悔させるような選択を選ばせずに済んだ……それだけを確認して……私は意識を手放した。


【略奪ノ聖女】

 四人いる聖女のうちの一人、その正体は神坂雫…アラストール・レヴァンティアである。


 他人のマイナスを略奪する力、そして殺した相手の想い(加護)を背負うのが基本的な能力である。

 この能力の真に恐ろしい点はマイナスの基準が〝雫の価値観に完全に依存している〟ということである。


 もしも雫が〝命なんてものはマイナスだ〟なんて認識をすれば……その瞬間、全人類への命の略奪が可能になる。


 射程範囲、効果対象、ともに制限が一切存在しない。

 ゆえに星の裏側にいようが問答無用で、その加護は放たれる。




 そしてこの加護は、概念すらも略奪する。

 異世界でのアラストール、死ぬ瞬間に〝こんな末路は認めない〟



 〝この結末はマイナスだ〟と、無意識に認識していたことで、時間そのもの略奪に成功していた。

 その回数、実に6那由他にも及ぶ。


 それはつまり、彼女がその回数だけ自殺したり、殺されたりを繰り返し続けたということになる…

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