九話、夏祭り
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夏祭りは毎年、神社の敷地を貸し出して行われている。
今年も例年通り、神社の敷地を貸し出しての開催となった。
「今年も無事開けてよかったよ」
「毎年この手伝いから後片付けまでかセットだからな」
巫女の服を着た私と、らいかは提灯の灯りを眺めて、祭りの始まりを感じる。
「雫ねー!」
「あ、鈴ちゃん、見にきてくれたの?」
鈴と呼ばれて、嬉しそうに駆け寄ってくる浴衣姿の女の子を私は抱き止める。
狭間鈴、近所の雑貨屋さんの一人娘で、歳が近いのが私だけだから何かと懐いてくれている。
「こんばんは、浴衣綺麗だね」
「おん、こんばんはなのです」
鈴ちゃんは今年で十歳になる。
だからなのだろうか、時々発言に厨二を感じる。
「こんばんは、雫ちゃん。
今年も無事開けてよかったよ」
「狭間さん」
妙齢の女性…鈴ちゃんのお母さんの狭間ケイさんが声をかけてくれる。
ポニーテールで髪をまとめてTシャツにジーパンという簡素で、どこか野生的な魅力のある女性、いつ見ても経産婦には見えない若々しさだと思う。
「雫ちゃんも大きくなったわね。
愛さんが引き取るって宣言した時はどうなることやら、なんて思ったものだけど」
「母はいつも突発的ですから、その節はご迷惑をお掛けしました」
雑貨屋さんを夫婦で営む狭間さんは昔からのご近所さんだ。
愛ちゃんとも性格が合うのかよくお酒を飲んでいたのを目にしている。
「そんな、迷惑だなんて思ってないわ。
なんだか感慨深くなってしまっただけよ」
狭間さんはそこで、私の隣に立っているらいかをみる。
らいかは警戒するように帽子のつかをそっと抑えるが…
「お? らいかくん、今年も相変わらずじゃん、大変だったらしいね」
「…まあ、バレますよね」
毎年、というより長い休みのたびにらいかは来てくれるから、もはや当然のように顔見知りだ。
らいかは深く被った帽子をとって観念したように顔を晒す。
「お久しぶりです、狭間さん」
「雫ねーの彼氏さんだー」
らいかにも懐いているから、鈴ちゃんはすぐにらいかへ抱き付く。
少しだけモヤっとするも、それでも、微笑ましい状況に思わず微笑が覚える。
「夏休みに春休み、秋に冬に、ひどい時は三連休に飛んでくる子が何言ってんだか…
なんならこの前の五月休みにもきてたろ」
雫と隣が一番気が休まる、以前そんなことを言ってくれた。
だからなのか、こっちに知り合いもちらほらいる。
「雫ねー、屋台を堪能するのです!」
「え、鈴ちゃん?」
大人の会話に飽きたのか、鈴ちゃんが私の手を引いて屋台へと駆け出す。
◆◆◆
手を引かれる雫と、意気揚々と祭りを楽しもうとする鈴ちゃんを俺は微笑ましく見守った。
「らいかくんは行かないの?」
「まあ、ずっと一緒にいてくれたので」
風呂とトイレ以外の時間はほぼ一緒にいる。
俺のせいで彼女の一人の時間をとってしまっているのだから、それでは窮屈だろう。
「お、だったらおばさんとたこ焼きでも食べるか?」
「良いですね」
多めに買ったのか、二パックあるたこ焼きのうちの一パックを受け取る。
石垣に背を預けて一口、二口とたこ焼きを食べる。
…
「…雫ちゃんとはどうなの」
「平和ですよ…幸せな時間を過ごしてます」
「そうじゃなくて…どこまで進んだ?」
「キスもしてません。
同じ布団で寝たり、たまに一緒に風呂を入るくらいです」
「…まあまあしてるね」
「そうですかね…」
ふう、とたこ焼きを食べ終わったのか…狭間さんは空になった容器を袋に入れる。
…
狭間さんは遠くにいる鈴ちゃんと雫をただ静かに眺める。
鈴ちゃんにお願いされてあわあわしながら的当てをする雫を微笑ましく思う。
「…大変だったね」
「……雫が、いてくれましたから」
雫がいなければ俺はどうなっていただろう。
きっと立ち直るなんて不可能だった。
「…らいかくんが来てくれて良かったよ。
あの子も、少し前まで落ち込んでたからね」
俺が留置所にいた時の話なのだろう。
ずっと、ずっと不安だったと打ち明けてくれた。
「何かに取り憑かれたみたいに君を探してた。睡眠を一切取らずに一週間以上動いてたくらいには、追い詰められてたよ」
「…雫が」
仲間が死んだ時、いつも彼女は心が壊れた。だからその度にもういない仲間を幻覚を見たり、探し続けたりする。
それを見るのが、ずっと嫌だった。
「らいかくんは雫ちゃんに救われたと思っているけれど…同時に雫ちゃんも君に救われた」
そんなに、救えているだろうか。
今もまだ,このままでいいのかさえ答えが出せていないのに。
「胸を張りなさい若者、君は女の子を一人幸せにしたんだぞ?
もうヒーローだ」
ヒーロー、その言葉に…俺は素直に答えられなかった。
「本当は、ご家族に連絡してあげるべきなんだろうね」
連日行方不明のニュースが流れており、家族のコメントで心配という文字もある。
「あの子の幸せそうな顔を見ると、どうもそれができなくてね…」
狭間さんは指を二本、口元に添える動作をして…苦笑してから、辞める。
「鈴は宿題をやりたくないだけでしょ、全く」
その時、お面を頭につけて、焼きそば片手に綿菓子を食べてる鈴と雫がやってくる。
腕に水ヨーヨーと袋に入った景品のキャラメル見る限り相当堪能してきたようだった。
「そろそろ時間だし、行ってくるよ」
「雫ねー、会場を魅力してやるのです」
「うん、ほどほどに頑張るよ」
そろそろ祭りの締めが始まるのだろう、その空気を感じてか、周りの人たちがどこか期待するような高揚感を滲ませていた。
「あ、らいか」
「?」
雫は俺のところに駆け寄ってくる。
「————」
ちゅ、と柔らかく…甘い感触がした。
頬に落とされたそれは、とても、幸せな感覚で、そこから温かいものが広がってくるような気持ちすら芽生えた。
「キスまでは行ったね」
「…聞いてたのか」
悪戯気に微笑む雫にドキッとしながら、呆然と呟く。
「次はどこまで行こっか。
帰ったら一緒に考えよ」
そんなことを言って彼女は巫女服のまま、一度神社の中へ入っていく。
「…巫女舞、か…ここ数年はずっと雫がやってるな」
「前までは愛さんがやってたんだけどね。
海外赴任が決まってからは雫ちゃんがしてるんだ」
この街の伝統で、巫女舞というものがある。
夏祭りの最後に、それを披露することをもって一年の豊穣を祈る…とかを文化展かなんかで以前読んだ。
「昔は血筋とか、家系とかが絡んだ重要な儀式だったみたい。
今はもう、昔の名残で残ってるってだけだよ」
近所の小学校の特別授業で舞を教える教室を開いたり…なんならアルバイトの春風さんも舞えるくらいには、もう街では一般化している。
「あ,始まるのです」
着替えを終えた雫が、出てくる。
「…綺麗だ」
素直にそう思う。
それほどに愛らしく、清廉で…魅惑的だった。
————鈴が鳴る。
彼女は舞う、銀の髪が揺れる、それはまるで天使が降り立ったように。
————鈴が鳴る。
本来、神がかりを祈る儀式。
彼女はそれを打破するべく立ち上がった。
かつての世界で忌避した祈りを、彼女はこの世界で祝福と呼んでくれた。
————鈴が鳴る。
————鈴が鳴る。
————鈴が鳴る。
綺麗で、流麗で、美しい彼女は…ずっと変わらない、俺の光だった。
……
祭りは巫女舞を以て締められる。
だから彼女の舞が終わったあと、祭りの熱は収まり、各々満足した様子で談笑するのだ。
「今年も、夏が終わるね」
「ああ…そうだな」
星空を見て、そんなことを呟く。
「いつもさ、この祭りが終わる、そんな空気が嫌だったんだ」
雫はポツリと、片付けを始める大人たちを眺めた。
「らいかが、帰ってしまいそうだったから」
夏の終わりは、彼女の祈りで彩られる。
それが、毎年の流れで…故に、彼女の祈りはいつもどこか寂しそうだった。
「らいか、もしも…もしも、だよ?」
風が、吹く。柔らかな風に、木々が微かに揺れる。
「もしも、この先、ずっとここにいて、それで、私が高校を卒業したら」
木の葉が一枚…木から巣立つように舞い、ふわりふわりと落ちていく。
「その時は————」
「来夏、ここにいたのね! 探したのよ」
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【神坂 愛】
神坂家当主にして雫の養母。
雫からは〝愛ちゃん〟と呼ばれ、慕われている。




