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ヒロインたちは結ばれたい

三人称視点

「江西さん、少し二人きりでお話したいことがありますの」


国内有数の富豪。その御令嬢からの呼び止めには、緊張するのが一般人としては必然だろう。だが江西は一般人などではなかった。わざわざ博人が離れてから呼び止めた意図、自分に対する感情、過去・思い出までお見通し。その人間にどんな背景があるか気にも留めていないように「ん、分かった」と江西は気楽に応じた。


まだ空は明るいとはいえ、夕方。子供が外で遊ぶにも大人が帰路につくにも微妙な時間に、人通りは少ない。内緒話がしやすかった。


「単刀直入に聞きますわ。博人さんのことが好きですか?」


「うん」


一切の間を持たせなかった。考えるまでもないことだから。


「博人さんはそれに気づいてますの?」


「気付いて()


「過去形…」


「ん。最初は、ワタシも恋をしていると…他と同じと、思われてた…。けど、”疑い”は晴れた。ワタシの正体を知ったから」


「正体…は、聞かない方が良いのでしょうね」


聡い子だ、と思った。


「アナタのように…権力に近いヒトは、知らない方が良い」


神という存在は良くも悪くも人間を狂わせる。縁結びの神として、超常的存在に狂わされた者を幾人も見届けてきた。特に為政者がその知識を手に入れたときの混乱は凄まじい。


「では、博人さんをなぜ好きになったかは聞いてもよろしくて?」


「それなら、いくらでも。過去にワタシを助けてくれた、邪険にするようでいて優しい、ちゃんと目を合わせてくれる、それと、惚れた弱みに付け込んで力を利用しようとしない…」


「ふふ、同じですわ。実は、わたくしのよくするお金遣いの荒い提案、最近は断られるためにしていますの。彼の誠実さが露になっているようで…ときめいてしまいます」


「分かる…欲に眩まない…素敵」


心を読む能力などなくても、このほわほわとした温かい気持ちが富麗にも伝わっている。そのことに気付いた江西はなんだか無性に嬉しくなった。同じ男を好いている者同士なんて修羅場も修羅場だが、彼女となら友達になれる気がしたのだ。


「なぜ…彼を好きになったのか、聞いてもいい…?」


江西は、人の心を読める縁結びの神は、それをとうに知っていた。


それでも、彼女の口から聞きたかった。


「…過去に助けてくれたと、あなたも言ってましたわね。わたくしもなのです」


富麗の当時を振り返る言葉と思い返す心が、鮮明に重なるのが見えた。


「中学生の頃、悩んでいましたの。勉強も運動も得意ではないわたくしが、このまま両親の経営を受け継いで良いものかと…。周りは自らの能力を高め研鑽しているのに、わたくしはいくら励めど平均的で、能力はもう頭打ち。わたくしの長所と言えば親から与えられた財産と容姿だけ。自ら得た物は一つもありませんわ。ですが、こんな相談をしても自慢と取られてしまいます。わたくしは悩みを誰にも言えずにいました」


周囲の期待・羨望の眼差し、善意の重圧、そして己の不甲斐なさ…。それらを考えない日などなかった。ぐるぐると、ぐるぐると考えて、思い悩んで、思い詰めて、最後には爆発した。


富麗は覚えている。護衛も撒いて行く当てのない先でたどり着いた公園。新緑がそよそよとお気楽に揺れる中、何もないところを呆然と見つめる自分に声をかけてきた博人。


最初は自分の素性を知る者が媚売りや誘拐を企んでいるのかと警戒したが、それはすぐに解かれた。ベンチに座って微動だにしない富麗を見つめる心配そうな目。あまりにも純粋なその目に張りつめていた気が瞬く間に抜けていった。そして同時に新鮮だった。自分を心配するのは親くらいなもの。同年代の周囲は期待を寄せるばかりで、心配など欠片もしていなかったから。


だから、気が抜けたままぽろぽろと、弱音が零れ落ちた。気付けば、赤裸々に語ってしまっていた。


「初対面の人に何を言っているのだろうと、わたくしも思いましたわ。でも、思い返すと…初対面だからこそ、打ち明けられたのでしょうね」


鼻持ちならないと厭われたって、これきりの関係なのだから。


そんな投げやりな気持ちだったから、まさか真面目に受け取ってくれるとは思っていなかったのだ。


――ダメなのか?自分の長所がちゃんと分かってるのに。


――え?


――別に良いだろ、長所が与えられたものだって。あんたは親から受け継ぐものが重そうで気が引けてんだろ?でも、それを自覚できてる。それに、あんたは自分を平均値って言うけど…期待されてるってことは、今までその期待に応えてきたってことだろ。


――でも、いつかできなくなる日が来ます。


――そしたら、その周りを頼りゃ良いだろ。期待するだけして手伝ってはくれないなんて、そんなことないだろ?


――確かに、そのような人はいませんが…。


――上に立つ者ができない苦しみを知ってるって、多分すごく頼もしいと思うんだよ。それを伝えたり、支えたりするのは、あんたにしかできないことなんじゃないか?きっとあんたは――


「——与えられた才を持つ人ではなく、才を与える人だと言うのです。それが、ただ…嬉しくて」


そのとき、富麗才与は丸ごと救われた。


「護衛に連れ戻された後も、彼のことが頭から離れませんでしたわ。彼に夢中になってしまって、暇があれば彼の言葉を、声音を、表情を思い返して、それで頭を埋めて尽くして。それだけじゃ足りないからと、彼のことをもっと知りたくて、住んでいる地域や彼の目指す高校を調べさせたり…」


「それ、ヒロトが知ったら…ストーカーって言われる…」


「それは…!おっしゃる通りですわ…」


「んふふ、お揃い。ストーカー仲間」


「あなたもですの?」


「ドン引きされた。アナタは…隠した方が良い」


「二人の秘密、ですわね。秘密ついでに、全部言ってしまいますと、博人さんの好みに合わせるために、わたくし色々勉強したんですのよ?彼が読む書物のいわゆる"お金持ちお嬢様キャラ"の口調を真似てみたり…」


「今日も、庶民派お嬢様は刺さるって言ってた」


「あら、本当?このアプローチは間違っていないのですわね」


残酷なことを言わなければならなかった。自分だけ知っているのは、卑怯だと思ったから。


「結ばれるのはアナタじゃない」


「…」


「ワタシでもない」


断定する江西に対して、反論も理由を問うこともしなかった。ただ「そうですわね」とだけ言って。そして、


「『じゃあ、諦めます』なんて、言うような女じゃありませんわ。わたくし」


富麗は眩しい人だった。とうに知っているつもりだったが、心を読むだけでは全てを知ることはできないと、江西は今更実感した。


「あなたは違うのですか?」


「…アナタは、強い」


「それがわたくしですもの」


「応援はできない。…けど、アナタは、そのままで…」


「では、勝手に約束いたしますわ。博人さんが誰かを選ぶその時まで、わたくしは決して諦めないと」


「…ありがとう」


「どういたしまして」


サングラスが欲しくなったのは、富麗のせいか、夕日のせいか。


「時間、大丈夫?」


「確かに、随分と話し込んでしまいましたわ」


「じゃあ…ばいばい。気を付けて」


「ええ、そちらも気を付けて。また明日、学校で会いましょうね」

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