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主人公は目を背けたい

今日は部活がある。


だがしかし!


「すみませんでした!!!!!!!」


「わっ!えっ、なっ、はっ、な、何事ですか…??」


めちゃくちゃ動揺させてしまった。すみません急に大声出して。


「作品仕上げてくるの忘れました…」


「あ、あぁ…そのことですか。いえ、構いませんよ。文芸部には私が無理を言って入ってもらったわけですし」


小山内(おさない)好実(このみ)先生はうちのクラスの担任兼部活の顧問だ。担当教科は古典。教師になって間もないからか、よく慌ただしくしている姿が目撃され、生徒から微笑ましい目で見守られている。手を出そうとしたロリコンは処される。


廃部寸前の部を何とか存続させようと学校中を奔走した熱意ある先生でもある。先生に泣き付かれるのは人生で初めてだったな。


「じゃあ、今日の部活は不参加ですか?」


「いや、他の人の作品見たいんで行きはします」


「分かりました。では放課後に会いましょう!」


ニコッと微笑む先生に、俺は言うことができなかった。


この後すぐ会いますよ…




※ ※ ※




朝のホームルームでの早い再開に若干気まずかった以外は普通の一日だった。


そんなわけで放課後。文芸部は一応部室があるのだが、エアコンが壊れてるのと軽音部の部室が近くにあるせいで会話がギターと歌声にかき消されるため教室でやる。我らが部室は物置担当だ。


ところで…


「あの、先生…」


「はい…」


「一人いないんですけど…」


「山田君は体育のサッカーでボールが顔面に直撃し、鼻血が止まらなくなったので早退とのことです…」


何やってんだ山田ァ…!


いや、お大事にと言うべきなんだろうが、事部活動において休まれると困る理由がある!!


「ふふ…」


なぜなら満足げに微笑む江西が隣にいるからだ…っ!やっぱお前ストーカーだよな??


文芸部の部員は三名。挿し絵とか表紙とか描いてくれる山田、なんか背景をしっかり反映させたガチの恋愛モノの時代小説を書いてくる江西、頑張ってクソ俳句を捻り出してる俺で構成されている。


「で、では読み合わせを始めます。とは言っても、江西さんの作品しかないわけですが…」


「すみません…」


「あぁいや!責めたわけでは…!」


(お主ら、いつもその謝罪合戦しとるのう。好きなのか?)


(こいつ…脳内に直接…!?)


江西の声が頭に響く。こんなことできんのかよ。なんでもありだなコイツ。


「(どうにもならんことで謝ってもどうにもならんじゃろ。そんなことより、)ワタシの小説、読んで…?」


うわぁシームレスに切り替えるな!!


(ほれ、早う読め)


圧をかけるな圧を。


「これ…先生の分です…」


「ありがとうございます」


こっからしばらく黙読タイムだ。手書きの原稿用紙二枚分の短編だが、相変わらず時代設定を飲み込ませるのが上手い。さりげない小道具で現代との差異を出してくるのはその時代を生きたからか。


(お褒めに預かり光栄じゃ)


(何かしこまってんだよ)


(わしに創作の喜びを覚えさせたのはお主じゃからのう)


(知らねぇよ勝手に入ってきただけだろ)


(お主が文芸部に入らなければ、わしも入ろうとは思わんかった。つまり、お主こそわしと創作の縁を結んだ張本人じゃ)


ストーカーを認めやがったコイツ。


「すごいです!江西さん、もしかして授業でやったことを出してくれたんですか?!」


「はい…授業聞いて、思い出し…んんっ、興味、湧いたので…国語便覧とかでも…調べてみました…」


(今「思い出した」って言いかけたな??)


(うるさいわ)


「便覧も使ってくれたんですね!授業でやった範囲以外でも面白いコラムがたくさんあるので、そこもぜひ見てみてください!」


流石みんなの癒やし、小山内先生。ぽわぽわした笑顔で浄化されるぜ。


(わしの笑顔は?)


(怖い)


(なんでじゃ!)


(自分の胸に手を当てて考えろ)


「この部分って筒井筒のパロディ?伊勢物語の」


「うん、そう」


「ここ、誤字だと思います。『夜羊』ではなく『夜半』なんじゃないですか?」


「ほんとだ…」


部活自体は真面目に進み、今回は作品が一つしかないので早めに終わった。今日も1時までゲームするぞ~。まとまった時間取れそうだし、ストーリー一気に進めたいな。


「他に何かなければ今回の部活は終了です。次回は製本になります。では、お疲れ様でした!」


「おつかれした~」「お疲れ様…です…」


「あ、斎藤君は残ってもらえますか?」


「なんかやらかしましたか俺」


「え、あ、違います!この前、昔の部誌の余りがあればほしいと言ってましたよね?部室を探したら見つかったので、この後特に予定がなければ取りに行きませんか?」


「お、ほんとですか。行きます!」


表紙に使うカラーコピー用紙を部室に取りに行ったとき、歴代文芸部の部誌を見る機会があったんだが…マァすごいのなんの。時折とんでもねぇ文豪がいたり、表紙がゲームのパッケージか??ってくらい凝ったのもあって面白いんだよな。


にしても、小山内先生の節度を守ったこの距離感。良識的な大人って感じだ。昨日江西とかいう"ヤバ"の波動を一身に受けたせいか、小山内先生のマトモさが沁みわたる…


…マァ、一個マトモじゃないとこあるんだが──


「あ、あのっ、ひろと君っ、あ、いや、ちが、斎藤君っ!その、部活動は楽しいでしゅっ、楽しいですか?!」



この先生俺のこと好きなんだよな…



ダメだ、この一文だけだと俺が自惚れカス野郎すぎる。ああっ…!止めてくださいロリコン警察さん!俺は無罪です!!


違うんだよ、この先生教室とかじゃ普通なのに俺と二人きりになると耳まで真っ赤になって挙動不審になるんだよ。これが夕日のせいなら良かったのに。


いつもは普通に喋れてるのがめちゃくちゃ噛み噛みになり、節度ある距離感がちょっと縮まる。これでも他ヒロインズと比べれば良識的な方なんだからあいつらのヤバさが分かるってもんだが。


わたわたと小動物じみた動きで何とか発言を取り繕うとする姿は、年上の女性に対する言葉じゃないだろうが庇護欲をくすぐられる。これが…母性か…


「部活楽しいっすよ。書くのはまだ苦手ですけど、読むのは好きなんで」


「そっ、それは良かったです!!!」


急に声量バグっちゃった…


これ以上小山内先生を慌てさせないという高難度ミッションを目標にしながら会話し、部誌を受け取った。用が終われば俺は帰宅、先生は職員室に戻っていく。お仕事頑張ってください。


「さようなら!き、気を付けて帰ってくださいね…!」


「さよなら、また明日」


「はい、また明日!」


俺にできるのは、知らないフリをすることくらいだ。

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