迎撃準備(2)
「えっと、なんでアルジィがそこまでするの?」
「………」
きょとんとした顔でこっちを見ているモルフェ。
町長の代わりにおれがダンジョン調査隊のやつらと戦うことに疑問を呈されてしまった。
アテナの方は……おれに背をあずけて膝の上に座ったままだから尻の感触くらいしか分からない……うん、やわらかい尻のことは忘れよう。
モルフェの疑問ももっともだ。おれもどうにか反論する。
「…ああ、うん、君たちが言いたいことは分かる。
きっと神には、ちょっと行って愚かな異世界人の新生活を手助けしてこいとでも言われて来たんだろう?
それが初日から、敵を迎え撃つ話にすり替わってしまっている。
…まるで、何も無い僻地の職場の窓際で毎日雲の数をかぞえる業務につくはずが、赴任先の上司に『まずは一人、ヤって来い』と銃を渡されていきなり戦場に放り込まれた、くらいには騙された気分なのだろうことは、分かっている!」
「そんな気分じゃないからね?」
「でも! それでも、おれは!」
「…?」
…でも………なんだ? 何も言い訳が思いつかねぇ。
打ち止めである。
「…でも、おれは………がんばったんだ!」
「え。あ、うん。
大丈夫、ボクは別にアルジィを責めてなんていないよ?」
おお、なんて優しい子なんだ!?
おれが君の立場だったら、とりあえず上司の背中を銃で撃つところだぞ!?
「…本当にごめん。これはおれの失敗だ。
あとはおれがどうにかするから、ひとまず二人は安全な場所に避難していてくれないか?」
「う、うーん?」
するとモルフェが、困ったような様子でおれに問いかけた。
「えっと、そうだね………なんでアルジィが戦うことになっているの?」
「………」
えっ、見捨てるの? 街の人たちを!?
…と一瞬、思ったけれど、よくよく考えればモルフェの言うことは冷静で、正しい。
土地勘も、知識も何もないおれが、いきなりこっちの世界の軍隊相手に戦ってやろうという発想の方がおかしい。
いくらダンジョンコアがあったって、敵戦力の分析無しで敵対を選ぶなんて、無謀すぎる。
「いや、アルジィ、そうじゃなくて、そのためにボクたちが──」
「──それでも、見捨てる訳にはいかなかったんだ!」
力をあわせてがんばりましょう、と町長はおれを受け入れた。
厄介なやつと分かっていても、彼らが先に、おれを受け入れてくれたんだ。
「情に絆されて判断を誤り、君たちまで巻きこんだ。
いや、判断を誤ったなんておこがましい。これはひとえに、おれのわがままだ」
おれを温かく受け入れてくれた優しい人たちが、理不尽な目にあっていることが、ただ許せなかった。
やさしい人たちはやさしいままに、穏やかな一生を終えて欲しいから……
「…つい、おれが気に入らなくて、おれがケンカを買っちまったんだ」
「………」
……こんなにおれはケンカっ早いやつだったか? という疑問はある。
なんか体が変わった影響なのか、祖父の性格まで神の手によって継承されたのか……うん、どっちにしてもあのクソ神のせいである。
そんな風に言い訳にもならない言い訳を考えているおれに、モルフェが言った。
「…うん、じゃあ、一緒にがんばろう!」
「えっ?」
耳を疑う言葉に驚いた。
「えっ? アルジィ、勝算があって引き受けたんでしょ?
それとも、これから一緒に考える感じ?」
「え、あ、ああ。一応の案は、なくはないんだけど……」
あれ? モルフェさん? ここは、ほら?
じゃぁ、てめぇが責任取ってどうにかしてこいよ!? ってキレながら怒鳴って来る場面じゃないのか?
全身包帯姿の君にそれを言われたら、おれもきっと反論できないぞ?
モルフェさんの優しさが、裸眼では目にしみて辛い。
モルフェも町長さんも、この世界の住人たちはおれに優しすぎないか? おれ、もう死ぬのか?
……まさか、あの隊長も実はものすごくイイやつだったり……なんてオチは、無いよな…?
少し混乱しながらも、それでも迎え撃つために残された時間もあまり無いので、おれはモルフェに今後の作戦を説明することにしたのだった。
◆ ◆ ◆
あの時、真っ白い部屋で魔王さんにダンジョンコアのおおまかな説明は聞いていた。
細かい部分は実際に使ってみなければ分からないし、ダンジョンコアの性能次第なところはある。
けれど、こうやって「茶室っぽい部屋」を作るのに成功した時点で、おおまかな方針は決まっていた。
「まだ、ほぼ何もない我が家だけど、何もない部屋を作るのは問題無いことが確認できた」
「うん。そうだね」
そのまま作戦会議へと移るおれとモルフェ。
アテナさんは正座したおれの膝の上に無言で座ったままだ。
モルフェ視点だと、まるでアテナとしゃべってる感じじゃないのか? 腹話術の人みたいに。
おれはだんだん慣れてきたけど……君たちは良いのか、それで?
「…あー、うん。とにかく。
おれたちの敗北条件は、基本的にはダンジョンコアを奪われることだと思っている」
「そうだね」
このダンジョンコア、恐ろしいことに「ダンジョン内で死んだ生き物を蘇生させることができる」という。
厳密には蘇生と言うより、魔力抵抗が無くなった時点でダンジョンが取り込んでいるからまだ死亡では無いとか、ダンジョンの魔力を消費するから無限に生き返らせることはできないとか、色々あるけどそれは今はおいておく。
「ただ、残念なことに入り口からダンジョンコアまでは到達できるような作りにしなければならない、という制約がある」
「うん」
この制約というか仕様は、ダンジョンコアの安全装置みたいなものらしい。
例えば、ものすごく危険なダンジョンが何かの理由で管理者が不在になったら、周辺に迷惑をかけてしまう。
そんなダンジョンを止める最終手段は、ダンジョンコアの破壊あるいは制御権の奪取になる。
ところがこの時、ダンジョンコアが誰も到達できない密室にでも有ったりすれば、もう「詰み」だ。
ダンジョンコアは何らかの手段で、誰かが届く位置になければならない。
だから、ダンジョンコアは常に入り口を求める仕様になっている。
言い換えると、ダンジョンコアが自主的に到達可能な入り口を開く仕組みが、安全装置としてついている。
コアまでたどり着くまでの難易度については別として、必ず入り口とコアはつながっている必要があるわけだ。
「入り口とコアをつなげる必要はある。
ただ何も無い通路や部屋を作るのは、おれにもできた。
そこでおれは考えた。
じゃあ、入り口とコアを、ものすごく長い通路でつなげればいいんじゃないか? と」
具体的には、世界一周くらいの距離にする。
何もない通路を、延々と旅させるのである。
…そこまで長くなくても、おれだったらフルマラソンの距離だってお断りだ。
ただ何も無い、せまくてうす暗い一本道が42キロくらい続けば、ふつうなら途中で引き返すだろ?
途中で迎撃する魔物なんていらない、罠もいらない。
ただ恐ろしく長い通路さえ用意すれば、それでいい。
そんなおれの画期的アイデア(自画自賛)を困り顔のモルフェに却下された。
「…えっと、将来的にはそれもできるけれど、今は無理なんだ、アルジィ」
「あれっ? ダメなの?」
モルフェが言うには、まだダンジョンの力が足りないらしい。
もっと成長して、ダンジョンコアが学習して魔力も蓄えたあとなら、ものすごく長い通路も作れるが。
まだ生後まもないダンジョンでは無理である、と。
「…それなら、今の段階だと何キロくらいの通路なら作れるんだ?」
と、少しイヤな予感がしながらおれがたずねると、モルフェは視線をスススと横にそらしながらこう答えた。
「………50メートルくらい、かな?」
………かけ足なら、10秒くらいで踏破かな?
短すぎだろ、おい。