わがやの別荘まで行ってこい~開幕・決戦・一撃必殺
入り口から入ってすぐのそこは、石造りの広間になっていた。
おそらくはそこで城の主人が来客達をもてなしたり、兵士や臣下達を集めて鼓舞したりするために用意された空間なのだろう。
装飾品こそ無いものの、磨き輝きチリ一つないきれいな石床。
簡素ながらも洗練された壁面や柱の造形が、この城の設計者の上品な感性をあらわしていた。
きっとここに鮮やかな赤の絨毯や、流行りの絵画や季節の花々でも彩れば、さぞ立派で華やかなパーティー会場にでもなるのだろう。
だが、今は何もない。
静寂すらも冷たく感じる、来たりし者達を無感情に威圧するだけの、無の世界。
わびしさと淋しさ、それに緊張感が、兵士達を迎えていた。
ガチャガチャうるさいはずの武具や足音すらも、広間の空気にスッと吸い込まれるように霧散して、ただ静粛さを強要される。
外で揺らめく美しき白き花々の庭園、あの場との対比によってここはさながら「天国と地獄」とでも言ったところか……
それでも彼らの団を率いる者は、いつも通りにまったくブレなかった。
「さぁ、進め!!」
「お待ちを、団長!?」
だが、さすがに部下は彼を止めた。
「進むにせよ、戻るにせよ、一度ここで方針と作戦を確認する必要がございます!」
「なんだ、貴様! おれの──」
──今回ばかりは部下も叫ぶ。
「全滅しますよ!?
すでに糧秣は半数を切っているんです!
にも関わらず、ご覧の通りここはまだダンジョンの『入り口』です!
今のうちに調査対象と引き際を明確にしておかないと、全滅しますよ!!」
「──お、おう。分かった」
いつもは団長の顔色をうかがうだけの側近たちも、この時ばかりは彼の叫びに同意の態度を示して見せた。
理由は彼が二回も繰り返した通り、死ぬからである。
どんなに楽観的でも、こんな城を見せられたら分かってしまう。
負け戦だ。
たとえここまで万全の状態でたどり着いていたとしても、この先へと進むことには躊躇ったであろうことは間違いないくらいの危険地帯だと、見れば分かる。
だが、この場で唯一であろう「そうは思っていない男」が不愉快そうに怒鳴り返す。
「ならば、どうすれば良いのか言ってみろ!」
そんな恫喝は、流れるように即答された。
「では進言いたします閣下!
目標をここで明確に宣言し、継戦、退却の条件をはっきりさせておく必要がございます!
報告のための最低限の調査が必要とはいえ、ここは時間ではっきりと区切りをつけるべきです!
なぜならここは敵地、これまで以上の苦戦を強いられ、退却には進軍以上の日数を必要とする可能性はきわめて高いとご理解ください!
その上で! 進むのであれば各中継拠点への伝令もお忘れなく! と愚考いたします!!」
「お、おう、分かった」
……案外、この団長。
徹底抗戦してやるくらいの方がちょうど良いのか? なんてここに来て思ってしまった兵士達だった。
その後、今後の日程で少し言い争いはあったものの、方針が決定した。
最初に団長の「あと三日ほど進軍し」という言葉にすぐさま全員からの「算数!」「食料!」という総ツッコミが入り、あと一日だけ(それでも長すぎる)調査を継続し、速やかに撤退するという案が採用されることになった。
兵士達は先へと進むための準備を終えて、いよいよ「邪神の祭壇」の捜索が始まる。
伝令役には「顔色の悪い青年」が任命された。
本来であれば本職の伝令兵をあてたいところだが、そちらはこれから始まる調査組のために残しておきたい。
つまり伝令というよりは、足手まといを外したというのが本音であった。
外された側も、今の自分がまともに戦える心境ではないことは自覚していた。
「やっぱり、すごいよな、この庭」
そんな顔色の悪かった彼。
前線から外されたことで、少しだけ冷静さが戻って来た。
正常になったらなったで、少しばかりの欲が出る。
「…あの花、一輪くらいなら、持ち帰っても怒られないかな……?」
大門をくぐり、一人、庭園へと出る。
行軍する兵士もいなくなった今、ただ花園として眺めるならば、なんと見事で美しい光景だろうか。
風に揺れる花々と不思議で芳醇な甘い香り。
目を奪われ、つい足が止まりそうになってしまうのも無理はない。
……気を取り直して、伝令らしく先を急ごう。
少し未練がましくも、心は無理でも、せめて足だけでも先へ。
そこから数歩、どうにか走り出したところで───
──大地が揺れた。
「………」
……違う。今のは大地が、ではない。
再び顔色を悪くする青年が、おさまったその揺れと轟音の、発生源であるはずの「後ろ」の方を、恐る恐る振り返る……
…見たくない、知りたくない。
このまま「当初の命令通りに」、既に出発して「この場を去っていた伝令」として駆け抜けて、拠点のやつらに「調査を開始した」と伝えて仕事を完遂したことに……して、しまいたい……!
それでも。
正しい情報を伝える伝令役としてはもちろんのこと。
背中の安全確保のためにも、確認せざるを得ないのもまた事実。
進み出したはずの数歩を、再び重々しく。
一歩ずつ引き返していけば、その大門の……さらに上。
入った時には見落としていた、門の上にわざわざ「刻まれた文章」。
今さらながら彼一人、その存在気付いてしまう──
──汝はすでに我が夢の中
儚き命、わが手のうちに
ゆめゆめ忘れること無かれ
夢幻泡影、夢だけに──
──これ、一体、どう受け止めればいいのか? ……分からない、その警告……
…そんな混乱は一旦捨ておき、急いで奥へと進もうとする。
だが、すぐに。
進めない、その事実に彼は気付く。
…ない。 ……ない?
床が無い。
床がだったものが。広間だったものが。
きれいさっぱり消え去って、そこにあるのは。
その空間は、奈落の穴で……!!
「…お……おおぉっ!!?」
…床が無ければ当然、仲間たちや団長のその姿もあるわけもなく、はるかその下をのぞき込んでも、果て無き闇に、そのまま絡めとられて吸い込まれそうで──ゾッとした彼はあわてて飛び退く。
なんだ。
なんだ、これ?
入ってすぐに、落とし穴……落とし穴!?
広間まるごと落とし穴って!!
…なんで!?
理解が追いつき、理解不能になり、混乱する。
そこから先は彼の記憶は曖昧だった。
…ただ、気が付けば彼は交易都市クロスティアにいて、そこに至るまでの各拠点、サウスティアの街、そして目の前にいる第四皇女殿下へと、この急報を伝え回っていて……
到着した隊は、ちょっと目を離した隙に、全滅。
その凶報は、そこに至るまでの経緯の報告と合わせた上で帝都へと届き、そして帝都を震撼させることになったのだった。
【サウスティアのダンジョンにおける蘇生理由】
・穴に落ちた
・ダンジョンマスターに殴られた
以上。
次回、「反省会」。




