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わがやの別荘まで行ってこい~序章(3)


  ◆ ◆ ◆


 今となっては軍属となり趣味に没頭できなくなったが、学生時代の「彼」はなかなかの神話マニアだった。


 貧乏学生の彼であっても、学院の書庫や神学教授が見せてくれた書物の数々は、十二分に彼の知識欲を満たしてくれていた。


 もちろん、ほかの同僚にはそのことは言っていない。

 まして今のこの状況なら、なおさら言えるわけがない。


 うっかり団長の耳にでも入れば「ならば邪神にも詳しいだろう、先頭を行け!」なんて話になりかねない。

 そういう話は学者か神官にでも任せればいい、あくまで自分は趣味として密かに楽しむつもりでいた。



 そんな彼から見た「邪神の祭壇」。

 それは見事な白亜の城。


 その最初の印象は、とても良くできているな、であった。



 あの造形と意匠、きっと深海大迷宮に(ちな)んだものだとすぐに分かった。


 本城を取り囲む八つの尖塔は、物見塔という軍事的な意味よりも魔術や思想に起因するもの。

 地の底から、天を欲して伸ばしている八の手足を表現しているものだという。


 だが「深海大迷宮」は、誰もたどり着いた者がいないはずなのに、伝承だけは残っているという不思議で詐欺(さぎ)めいた神話である。

 一説には邪神本人の手記が残っているというが、邪神が手記を残すなんて事実はむしろ疑惑を加速させるほうに貢献している。


 しかも、深海の城だ。

 それをよりにもよって山奥に、邪神の祭壇として再現するなんて……サウスティアのダンジョンマスターは「センスがあるな」と心の中でつい、笑ってしまっていた。


 『深きモノ達の王』ならば邪神と呼ぶにもふさわしい。それは()()()()()に違いない。

 地上の、しかも山奥というおかしな場所でさえなければだが。



 こんなふうに出来過ぎているからこそ、この邪神は「作られた」話として、本物ではない裏付けとして、内心ちょっとだけ安堵(あんど)してしまったくらいだった。

 偽物だと信じたい心も後押ししたのも(いな)めない。



 ところが、その城に近づくごとに、一気に心がざわめいていく。



 …なぜ?

 その理由は、きっと目の前に(せま)りくる白き花園。

 そう、匂いは記憶に強く結びつき……呼び覚ますなんて言われていて……


 いや、匂い、でもなく、これは──




 ──神学の教授が成績優秀者達だけを招く。

 そして彼の収集物(コレクション)を自慢するという毎年の儀式みたいなものがあった。


 中でも彼のとっておき。

 必ず彼が「秘密だよ?」と言って、見せる小瓶(こびん)


 その瓶の中身、小さな花の名前は「刃雪花(ジンセツカ)」。

 それは、役目を終えた神の武器が粉々に砕け散り、大地へと(かえ)った姿なのだという。


 いかにもまゆつば。

 だが、瓶の中にあってなお(かお)って来る濃密で気高(けだか)いなそれは……魔力?

 それは相当に腕の良い魔術師が「つくりだした」花に違いなかった。



 でも、(うそ)でもいい。

 むしろ(うそ)でこそだ。



 神々の物語の裏に人の思想や歴史を紐解(ひもと)くことは、教授や学者に任せたい。

 浪漫(ろまん)だ、俺が求めているものは。

 幻想だからこそ、そこに自由とロマンが満ちあふれている。


 だからこそ、その瓶の中の小さな花は、がんばって優秀者になった甲斐(かい)があったと思わせるのに十分な、一見の価値があったはずの真っ白な花で──




 ──だが。

 いま知った。

 知ってしまった。

 幻想は、目の前に顕現(けんげん)すれば危機と混乱を招くものだと。



 咲き乱れる白き花々。

 忘れられない気高き香り。



 その「刃雪花(ジンセツカ)の花園」は……



 ……ああ、そうか花の一つ一つの形が違うから『雪花』の名で呼ばれているのか、違う、それに大きさに統一性がないことも神の花なんて言われる理由で、違う違う、きっと武器の欠片(かけら)の大きさによって違う花の大きさも変わるはずで、違うんだ、一輪くらいなら()んで帰っても違うこれを見たらきっと教授は卒倒するぞぞぞ違う違う違うそうじゃないだろ今はそうじゃないいい!!



 趣味の学生ではない。

 軍人の心が、激しく警鐘を鳴らし続けている。


 それでもなお彼のマニア心は、勝手に目の前の光景を解釈し、物語を(つむ)いでしまう。



 邪神、ではない。

 仮にここにそれがいたとしても、もう、(たお)された。



 …刃雪花の花園。

 ……神の、戦場の、跡!!



 …やばいやばいヤバいヤバイ引き返せ引き返せ引き返さないと戦士の園へと連れていかれるっ!!!

 見れば分かるだろ一体「どの神の逆鱗(げきりん)に触れて」しまったのかなんて!?

 一柱しかいないだろうこれを生み出せる神なんて、他に、いないのは分かるだろう知っているだろうっ!!?



 その女神の名は──




  ◆ ◆ ◆



「おい!? どうした!? しっかりしろ!」



「──……」



「あ? 誰だよ、女の名前か?」

「入る前からビビってんじゃねぇ……って、おまえ!? 顔が真っ青じゃねぇかよ!?」

「なんだ、どこか体調が悪いのか? ここに来て足引っ張るなよ?」


 いつも冷静で大人しいはずの同僚が急に体調を崩した姿に、他の兵士達が声をかける。


 だが、邪神の祭壇……らしき「城」は、もう目の前。

 そろそろ気を引き締めて行かなければならない。



 (とりで)要塞(ようさい)、やっぱり城。

 そんな感想が兵士たちの口から次々に()れ出ていた。



 曇天(どんてん)(かすみ)によって遠ざけられたはずの昼の陽射しが、実はそこにすべてそこに凝縮されていたかのような存在感を見せる白亜の城……


 …疲弊してボロボロの体と心、そして瞳には、それはあまりにもキラキラとまぶしく、心に()み渡りすぎてしまって……中にはちょっと感動して涙ぐんでしまう兵士すらいた。

 到着してからが本番なのに、「…やったぞ、到着だ!」と終わったような気分になってしまって。


 あるいは、


「…これは、むりだろ?」

「なんだよ、もー、あれ」


 冷静な熟練兵は、それはそれで敵の戦力を分析してしまい、一目でいろいろと悟ってしまった。


 こんな岩とキノコの魔物しかいないような場所に、あんな立派な城など建てられない。

 あれはもう「ダンジョン」でほぼ確定だし、しかも高難易度のやつで間違いない。


 だが、それにしたって立派すぎる。

 一体、どこのお貴族様だって話だ?


 敵を迎え撃つ施設にはあるまじき、周囲を取り囲む白き花々が見事な庭園。

 城壁ではなく花園で、侵入者を歓迎? それとも、そもそも侵入者なんて最初から眼中にない?


 しっとりとした涼風(すずかぜ)に一面の白き花々が()らめけば、甘い匂いが鼻孔をくすぐり、安らぎと危機感がぐちゃぐちゃになって兵士達の心をかき乱す。


「おい、誰かこれで花冠でもつくって団長閣下に進呈して来いよ?」

「やめろ、うっかり似合って夢にでも出て来ちまったらどうするつもりだ」


「先輩方、余裕っすね……」


 (あき)れたように言った若い兵士に、年かさの兵士が少し硬い声を返した。


阿呆(あほ)()()()()()にマジメに向き合うな」

「取り込まれて正気を失うぞ」


「…ッ!?」


 明らかに危険。

 城から何から、死の匂いがプンプンと(ただ)ってきているような、死地だ。


 この花園だってそうだ。

 思った以上に嗅覚(きゅうかく)(つぶ)された上に、歩く場所も制限されてしまっている現状。

 中央通路を並んで行くのは、お花を踏んだら可哀(かわい)そうだからなどではない。

 あの花園の中に魔物が罠が、何が(ひそ)んでいるか分かったものではないから()けて歩くしかないのだ。


 徐々に近づく城を見上げながら熟練兵達はため息を()らす。


「着いちまったな」

「ああ、そうだな」


「……なにか、着いたら問題でも?」


「いや、これだけの城がつくれるくらいなら、な……」

「やっぱり、そうだよなぁ、ははは」


 ここに来る前に。

 その道中で、この戦いに決着をつける機会もあったはずだ。


 マッシュルーマーの大群にあんなにも苦戦してしまった。。

 そこにさらに、この城の中にいるのであろう「魔物」を投入したならば、一体どうなっていたことか?


 これだけの城。とても廃城とは思えない美しさ。

 なのに無人がごとき静けさが、かえって不気味さを加速させる。


 …誘い込まれた。

 あくまで「彼ら」が望む戦場は、城の中。

 そう感じざるを得なかった。


 だが、それを言い出してしまったら、一体「どこから」誘導され始めていたか? という話だが。


 だいたい、ダンジョンマスターがいるのは「サウスティアのダンジョン」なのだろう?

 …そして団長もそこを狙ったものの、失敗したからここまで来る羽目になってしまった。



「さぁ、進め! 進め! もう邪神は目の前だ!!」



「…無駄に元気だな、閣下は」

「そのわりに、いつも最後列だけどな」


「前なら前で、どこに行くか分からなねぇから、危ないだろ?」

「違いねぇ」



 行くしかない、進むしかない、この道を通るしか、無くなっている。



「我らの武威(ぶい)を示してやれ!!」



「戦う気かよ、邪神と」

「いますぐ帰らねぇと食料が尽きるってこと、分かってんのか、あいつ?」



 そしてもう、目の前に徐々に近づいて来る白亜の城の、開け放たれた巨大な門。

 まるで巨大な魔物の口に今まさに飲み込まれようとしている、小魚にでもなったような心境だ。



 まともに向き合えば、気が狂いそうだ。



「…………無能な指揮官は敵以上に……」


「…先輩?」

「…なんでもねぇよ。前見ろ、前」



 熟練兵のつぶやきは、風にゆれる花々のささめきにかき消されていったのだった。



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