わがやの別荘まで行ってこい~序章(2)
『“D.N.ティアちゃん大好き”さんからです。えっと、ありがとうございます』
『直球な告白ですね』
「なんだ、ふざけんな」
「おれの方が大好きだ」
「みにくい争いだな」
『ティアちゃんに質問です、どうやればボス部屋までたどり着くことができますか?
えっと……がんばって下さい!』
「そっかー……がんばるしかねぇのか…」
「やっぱり根性か……」
『あ! でも! 坂から滑っちゃっても、最後にピョンって飛べば、落ちませんよ!』
『バランスとタイミングが命ですね、即死だけに』
「えっ、ティアちゃん経験者なの……?」
「マジかよ」
「さすが勇者……」
『…えっ、お知らせですか? わ、分かりました……
…えっと、突然ですが大事なお知らせです!
明日からこのダンジョンは、臨時給料に入ります!』
『臨時休業ですね。ある意味ボーナスかもしれませんが』
「「…は?」」
◆ ◆ ◆
サウスティアのダンジョンで臨時休業の発表があったその日の夜。
そこへ営業時間外の真夜中に、侵入者が現れたという。
それが発覚したのは、翌日の朝。
何も知らずにやってきた冒険者と、朝になって蘇生されて帰宅する兵士達がばったりとはち合わせた。
一体なぜこいつらが? と冒険者が兵士達を取り囲み、兵士達は蘇生された理由を白状せざるを得ない状況となった。
冒険者が酒場兼宿屋の仲間と合流し、その噂はあっという間に広まってしまった。
「ぐぬぅ……」
思い通りにならない状況に、団長は苛立った。
簡単な話だ。
簡単なはず、だった。
わざわざ邪神の祭壇とやらに行かずとも、ダンジョンマスターの方を押さえてしまえばそれで「解決」するはずだった
たとえ邪神が召喚されてサウスティアの街が滅ぼうとも、「その責任はダンジョンマスターにある」と主張さえできれば問題なかった。
いっそあえて問題を起こして、それをこちらで解決してやり、より功績を上げたように演出できて好都合………という自作自演展開になる、はずだった。
帝都から増援が来る、という先触れだって受けていた。
なのに、その連絡も、もうぱったりと途絶えたままだ。
そして代わりにやって来たのは冒険者達。
彼らは、ダンジョンが臨時休業に入ってしまって、することが無くなった者達──つまり冒険者達「全員」だった。
そんな彼らが、兵士達の宿営地の周りで、無言で、じっと立っているのである。
臨時休業になった原因の者達。
そしてダンジョンのルールを守らない、よそ者達。
そんな奴らに、「サウスティアの冒険者達」が抗議活動に現れた。
そんな生意気な姿に、軍団長は激怒したが、
「総員、戦闘態勢──」
「「お待ちください、閣下!?」」
兵士達全員で、全力でそれを止めた。
いまから邪神の祭壇へと進軍するところなんだぞ!?
ここでいきなり、冒険者相手に一戦交えてどうするんだ!?
正気か!?
それに、サウスティアに加えて冒険者組合まで敵に回すことになりかねない。
それでなくても、ここサウスティアの冒険者はなぜか妙に戦い慣れているやつらばかり。
色んな意味でもう、無傷で済むわけがない。
進軍どころじゃなくなってしまう!
兵士達に止められて、団長はしぶしぶ進軍の方へと意識を戻した。
冒険者たちの罵り声を浴びながら、兵士達は逃げるように南へと出撃した。
ここで反論して争いにでもなろうものなら、いよいよ彼らに後は無くなる。
もはや出発するしかなかった。
目的地があるソーク山脈はサウスティアから一日ほど南下した場所。
そこから岩山へと入り、二日で邪神の祭壇とやらにたどり着くという計画だった。
一日目の夜までは順調だった。
兵士たちが「皇女殿下がいなくてさみしい」なんて戯言を言い合う余裕すらもあったのだが……
苦難は、二日目から始まった。
町長から渡された地図が、子供が描いた宝の場所の地図みたいに雑だったから、ではない。
ソーク山脈という場所が想像以上の難所だったからだ。
それでも事前に情報を集めるとか斥候を向かわせるとかすれば色々わかったはずなのだが、連日の失態による焦りと、「邪神の祭壇に」ついてからが本番であるという侮りから、団長はさらなる失態を重ねてしまった。
まだ昼だというのに立ち込める霧によって視界が悪い。
場所や風向きによってさらなる濃霧が立ち込めて、呼吸や体力を奪っていく。
濡れた地面が、道を罠へと変えていった。
なんでもない緩やかな坂道のはずが、滑りやすく足を奪う道、急峻な岩場へと化けて、兵士たちに牙をむく。
油断しようものなら、いつ死傷者が出てもおかしくない状況に陥った。
その上に、魔物まで現れた。
歩くキノコという魔物。名前の通り、キノコの魔物だ。
飛ばして来る胞子が人の肌でも繁殖するという危険な魔物ではあるが、その動きは緩慢で、接近にさえ気を付ければ難なく倒せる魔物のはず、だった。
「隊列を立て直せ!」
「近づかせるな! 魔術師を中心に陣形を組め!」
「打撃はやめろ!! 火だ、火を用意しろ! 早く!!」
マッシュルーマーの「群れ」に彼らは取り囲まれていた。
完全に守勢に回っていた。
「団長、どうしますか!?」
「どうする!? いいからさっさと殲滅しろ!!」
「よろしいのですね!? このまま戦うということで!?」
「何がだっ!!」
「敵の数が、不確定のまま戦い続けるということです!!」
「…!?」
結局、彼らはその場で半日近く戦い続けることになった。
団長の判断が正しかったのかどうかは分からない。
なにせ周囲の地形すらも把握できていないような状況だ。
敵が途中で撤退したのはまったくの偶然だが、それでも足を止めて守りに徹したおかげで全滅を免れた、とも言えなくもない。
これだけ痛い目にあえば慎重にならざるを得なくなった。
今さらながら斥候を放って周辺の状況を確認して、拠点を設営して、立て直しをはかることになった。
初日の朗らかな雰囲気とはうって変わって、すっかり憔悴しきった兵士達は、周囲の敵におびえながら山の中で一夜を明かすことになった。
「どうやらこの山は、天然の要害のようです。
目的地へ進むための経路がどれも、軍を進めるには不利な道ばかりでして」
「チッ……!」
不愉快そうな団長に、周辺調査を担当した武官が言い辛そうに進言する。
「…これはまだ不確定情報なのですが」
「ああ゛? 今度はなんだ!?」
「この山、ダンジョン化している可能性があります」
「………なんだって?」
不確定とは言いつつも、ほぼ確信をもった様子で武官は続ける。
「ところどころで人工的に作られたような岩場が散見されました。
ですが、この山の規模と、手を加えられているであろう範囲から推測するに、魔術師の手でどうにかできるものとは到底、思えません。
となれば、今回の調査対象の件を踏まえても、ここもダンジョンの一部であると推測するのが順当かと」
「…クソがっ!!」
団長が近くにあったコップを地面へと投げつけた。
こんなこともあろうかと団長のコップは軽い鉄製。
歴戦のコップはカンと高い音を立てて跳ね飛んで、その身にまた名誉の負傷の傷を刻み込みつつ、コロコロと床を転がった……
「………」
「………」
「…なんだ? まだ何かあるのか?」
「いいえ、閣下」
報告があるのではなく、指示を待っているのである。
これらの調査結果をふまえて、次はどうするのか? と。
これで撤退とするには理由としてまだ弱いかもしれないが、ありえなくは無い話だ。
想定外の地形と魔物に、ダンジョン化の可能性まである。
ここは事前調査のみにして、もう一度計画を練り直すという手もあるはずだ。
最悪の事態まで想定するのならば。
彼らの目的地は「邪神の祭壇」。
もしかすると彼ら全員の命を贄にして、邪神復活を目論んでいるのではないか? なんて深読みすらもできてしまうので……調査の結果をふまえた上で、適正な戦力を整えて、再出発でも良いはずである。
だが、団長はいつも通りのマイペースだった。
「だったらもう、下がれ!」
「…はっ、閣下!」
その言葉に報告した兵もいつも通り、半ばあきらめ気味に立ち去ったのだった。
それでも彼らは帝国から派遣されて来た軍だけあって、堅実に戦えばそれなりに善戦することができた。
敵地のど真ん中で足を止めてしまったせいで、まるで山脈中の魔物が集結したのではないかと思える数を相手に、昼夜問わず戦い続ける結果となってしまったのだが……それでも彼らは、どうにか踏みとどまることには成功した。
あまりに襲撃が多かったために、周辺調査はほとんど進まなかった。
それでも、目的地までの道のりはどうにか地図に起こすことができて……
…目的地に到着したのは六日目の朝、もう計画の折り返し日を過ぎた後のことだった。
「マジか。この日程と状況で、到着かよ……」
「もう、たどり着かねぇ方がマシだったぜ……」
「…言うな。おれだって……もう、文句しか出ねぇよ……」
マッシュルーマー相手に堅実に戦い続けてきたとはいえ、それと疲労は別問題だ。
二日間くらいならどうにかなるが、連日連夜、戦い続けられるほど彼らは化物じみてはいない。
全身と全神経に疲労感をまとわりつかせたまま、彼らはたどり着いてしまった。
着いた以上は、仕事がある。
場所を確認しただけで終われるわけがない。
むしろここからが本番だ……
…ここからが、本番? ハッハッハ、一体何を、ご冗談を……
「…なぁ? この場合、ダンジョンの入り口ってやっぱり、小さい方がマシなのか?」
「入り口の大きさと中の広さは、関係なくね?」
「…おれ、外にポツンと『邪神の祭壇』が置いてある、に一票」
「おれも」「おれもだ」「おれだって」
「満場一致に決まってるじゃねーかよ、そんなの」
せめて口先だけは軽口をたたき合いながら、重い足取りで最後の坂を登りきる。
その向こうには、先行した斥候が何度も確認した……なぜか、「何度も」確認しなおしたという、目的地が待っている。
ここで奇襲でもくらえば一発でアウトな息苦しく狭い渓谷をようやく抜けて、一息ついた兵士達が……
…全員、息を呑んだ。
「あれが……」
「邪神の……祭壇?」
「あれ、どう見たって……」
彼らを待ち受けていたもの。
それはまさに「神話」。
一面の白き花園の中に、荘厳な白亜の城がそびえ立ち、彼らを待っていたのだった。




