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わがやの別荘まで行ってこい~序章(1)


  ◆ ◆ ◆


 結果から言えば、団長は引き際を間違えてしまったのだ。



 勇者ティアとの面会という名目で辺境の田舎街まで軍を進めてきただけで、示威行軍としては十分だった。

 いざとなれば貴様らのもとにこれ以上の軍を派兵して黙らせてやる、そんな意思表示だけで政治的な目的はすでに果たせていた。


 だが団長は欲が出てしまった。

 彼を強引に送り出した「対クロスティア強硬派」からの期待も支持も大きかった。


 それでも初日に、街の酒場で冒険者相手に大失態をかました時点で、引き返しておくべきだったのだ。


 いま思えばあの冒険者達の異様な強さ。

 それにもまして、団長すらをも手玉にとる謎の老人。

 そしてクロスティアの勇者ティア。


 そんな者達がいてなお、攻略されることも無く当たり前のように存在し続けているダンジョン。


 兵士達の報告にまじめに耳を傾けていれば、分かったことだ。

 この街とダンジョン、その奇妙な関係性に。


 なんなら街に来る前であっても、まじめに調査すれば分かることだった。

 現に第四皇女はそれとなく団長にも忠告し続けていた。


 サウスティアのダンジョンは今となってはクロスティアを支える基幹産業の一つとなっている、と。

 ゆえに、余計な手出しは(ひか)えるべきだ、と……



 余計な手出しは、控えるべき。



 その結果が、いま一枚の地図という形をとって、町長の手から団長の手へと渡ってしまった。


 それは開戦の合図だった。



「あなた方があまりにも邪神、邪神と騒ぐものだから、本当にできてしまいましたよ? 邪神の祭壇(さいだん)


「………は?」

「言葉どおりよ? 理解できない?」


 団長の反応をとぼけているのかとでも解釈したのか、町長夫人であり元冒険者の『腕千切りのソニア』が叱責(しっせき)した。


「あんた達が街で邪神、邪神としつこく言い続けちゃったから、ダンジョンマスターの耳にもそれが入っちゃったのよ」

「…それがどうした?」


 ミシッという効果音でも聞こえて来そうな表情のソニア、その肩に町長がなだめるように手を置いて、続きを引き受ける。


「ダンジョンマスターはこう言いました。

 『そんなに邪神が見たいのならば、お前達の望み通りに、見よう見まねで作ってやったぞ』と」


「………」


 つくった? 何を言っているんだ?

 思考停止(フリーズ)していた団長も、徐々にその言葉を都合の良いように解釈していく。


「…ほら見ろ!! やはりこの街には邪神の信徒がおったのだ!!」


 そこに水をさす町長夫妻。

 特に夫人の低い声は、明白な敵対の意思を示していた。


「おい、話聞けよ。

 あんたがあまりに(うるさ)いから、()()()()()()()()()が準備されちゃった、って言ってんのよ」


「それに信徒ではない、邪神そのものを召喚するための祭壇です」


「だからダンジョン──」



「「おまえだよ」」



 静寂に包まれる応接間。

 団長の目をじっと見つめる町長夫妻。


 つばを飲む音さえも(はばか)られるような空気の中、どうにか空気に(てっ)しようと身じろぎもできない兵士達。


 歴戦の戦士たる団長から一切、視線を()らすことのなかった町長が、ようやく続きを話し出す。


「…ハァ。

 あなた方、一体どんな『邪神』をこの街で吹聴(ふいちょう)し続けたのですか?」


「何を言っている、それこそ、そのダンジョンマスターとやらに」

「ハァ、もうこいつ何なのよ……」


「なんだと貴様!?」


「邪神の全体像を知っているのはあなた方だけです。

 あなた方、だけ、なんですよ?

 ダンジョンマスターはただ、それを模倣(もほう)しただけに過ぎません」


「悪しき夢を見せて、人心を惑わす邪神、だっけ? なにそれ? 訳わかんないわよ」


「貴様らが理解できずとも邪神は──」


「当然、あなた方はその邪神の詳細や対処法についてもご存じなのですよね?」

「──!?」


「あれだけ色々と邪神だ何だと(あお)っておいて、まさか、実は何も知りませんなんてオチは無いわよね?」

「…そ、それは」


「ですが、今となっては軍を連れて来て頂いて良かったのかもしれませんね」

「…?」


「何言ってんのよ! ちっとも良くないわよ!?

 自分で作った火種を自分で消すだけの話じゃないの!?」


「??」


「とにかく、もう邪神召喚まで一刻の猶予(ゆうよ)もありません」

「その地図の場所に行って、さっさと何とかして来なさいよ、邪神」


「!?」


 良く分からないうちに、「彼らが」邪神と戦う展開になっている。


「…そ……はぁ!?

 いや、待て、それは………そう! まずは帝都に」


「もう都市長経由で第四皇女殿下には報告済みです」


「何を勝手な真似を!!」


「あなたに大至急の面会を要請した、三日前に、殿下にもご報告いたしました」

「緊急事態なんだから当然でしょ?」


「………」


 三日前。

 町長からの緊急要請に対して「礼儀知らずの平民めが!」と、予約の必要性を説いて追い返した団長。

 そして今日、ようやく面会の場が(もう)けられた。


 その一方で、既に交易都市クロスティアに引っ込んでいた第四皇女は、要請に対して即座に返事を返したという。


「殿下より深い謝罪の言葉を頂きましたが、それは今、どうだって良い。

 殿下のお話では、すでに相当の無理をおして派兵を行ってしまった以上、ここからさらに追加の兵を動員するのは難しい、と。

 仮にさらなる無理を通すのであれば、いずれにしても、まず現地調査が急務であるとのことです」


「…な、ならば、冒険者どもに依頼して」

「あんた正気? 誰もあんたからの依頼なんて受けたがらないし、あんたの兵は(かざ)りなわけ?」


「それに、この街に冒険者組合支部はございません」

「ならば!! 貴様らが冒険者共に──」


「──だーかーらー、あんたが初日にやらかして、それ以降もやらかし続けてくれたおかげで、その火消しだけで精一杯だって言ってんのよ」


「そこまで現地に向かわれるのがお嫌であれば、もう、早々に『帝都にご報告に向かわれて』も結構ですよ?」


「ハッ! 傑作(けっさく)ね! 何も無いうちはダラダラ残って、敵が出てきた瞬間に尻尾(しっぽ)をまいて逃げるだなんて!」



「貴様ぁああ……!!」



「第四皇女殿下も『退却』を勧めておられました。

 これ以上刺激せずに、何も起こらないことを祈った方がまだ一縷(いちる)の望みがある、と」


「ならば!! さっさとそのダンジョンマスターの首を──」


「「………」」


 ジトっとした目で無言で見つめ返す町長夫妻。


 ダンジョンマスターの首を取ったところで邪神が止まるとは限らないとか、まずは邪神の調査が必要だと言ってるだろうとか、これ以上刺激するなとか………もう、何を言っても無駄だろうということで夫妻が返したのが「無言」である。


 さすがにそれを理解した団長だが、それでもどうにか、別の言い分をひねり出す。


「…緊急事態、ゆえに、帝都の……」


 これに対して、ソニアが先に返す。


「竜騎兵にせよ魔術師にせよ、それは伝令か奇襲が専門のやつらでしょ?

 そんなの現地に送って、どうすんのよ? 空から(なが)めてそれでおしまい?

 ねぇ? 本当にあんた、分かんないわけ?」


「………」


 さすがに勢いを失ってきた団長。


 まさか自分が、邪神とやらを相手に戦うことなど想定していなかったのだ。

 邪神なんてものはただの言いがかりで、彼が戦うのはせいぜいサウスティアの住人か冒険者、つまり「人が」相手だと思っていた。


 ダンジョンについては、それこそ放置しておけば「ダンジョンからは出てこない」という想定だった。


 その結果が、邪神の祭壇の登場だ。

 彼らがさんざん街の住民たちを脅かし続けてきた「架空の邪神」が、いま、現実のものになってしまった。


「………」


 無言のまま、その手の平でじっとりとした額の汗をぬぐう団長。


 その目の前で、町長夫人が隣の夫に、無言でその脇腹(わきばら)(ひじ)でつつく。

 …妻に「次のセリフ」を催促(さいそく)された夫は、どうにか、重々しく口にし始めた。


「…わ、私は、街を守るために、必死だった……」


 両手で顔を隠すようにうつむきながら、町長は言葉を(しぼ)り出す。


「…私は彼を、ダンジョンマスターを必死に、説得した。

 この街にだけは手を出さないで欲しいと、街を危険にさらすような真似はしないでくれ、と。

 何日も、何日も必死に説得し続けて、どうにか譲歩を引き出そうとした。

 なのに、その結果が……この……ッ!」


「メイヤー、ここは(こら)えて」


 町長夫人に(なぐさ)められながら、耳まで赤くして肩を震わせている町長。

 それは怒りか、(くや)しさか、あるいは………


「「………」」


 そして兵士達は、無言で彼らの団長を見る。

 団長は、その視線を町長夫妻から()らす。


 絶対に自らの非を認めるつもりなど無い団長でも、彼の行いが招いた結果はもう、さすがに理解せざるを得なかった。

 少なくともこのサウスティアの街が危機に(ひん)していることは……誰のせいかはさておくとしても、誰の目から見ても明らかだった。


 それに、第四皇女。


 ここまでの経緯は全てあの女の耳に入ってしまっている。

 このままおめおめと引き下がっては、それも含めた、すべてが帝都に伝わってしまう。


 収拾をつけなければならない。

 彼の所属する派閥全体の危機、というより、その責任をすべて自分が負わされるであろう未来は、もう目の前に来ている。



「…お、おれが……」


 もう、他に言えるセリフが無い。


「おれが、我が隊が! その邪神とやらの調査に向かう! それで良いのだろう!!」


 当然だ、何を言ってる?

 この()に及んで(あき)れたセリフだが、それでも誰も文句は言わない。


 うつむいたままの町長と、その肩を抱き寄せる夫人が共に返した。


「…十日分の糧秣(りょうまつ)をご用意しております」

「順調に行けば、そこ、三日もかからない距離だから。がんばってね?」


 あれだけ()めていた食料の件がすでに「十日分準備済み」だったり、行軍距離まで把握済(はあくず)みだったりに疑問を感じる者は、誰もいない。



 こうしてダンジョン調査隊以来の、二度目の獲物が、ダンジョンに(から)めとられてしまったのだった。



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