皇女 vs 団長 vs 町長、そして…
◆ ◆ ◆
第四皇女ラニーニャには、ただ「お願い」しかできなかった。
「この旅の間って、私、暇なの。
たから私のおしゃべりに付き合ってね?」
帝都からクロスティアへと赴く長き行軍。
野営のなかで談笑する屈強な兵達の中にちょこんと割り込んでくる、あまりに場違いな、小さな女の子。
男達の中に淑女が一人。しかも彼女は「部外者」で、兵士達への指揮権は無い。
それでもこの行軍に強引について来た彼女は、単身、兵士達の輪の中へと飛び込んでいった。
皇女といえば立派な身分にも聞こえるが、彼女に実質的な権力など何もない。
この軍に命令することも、止めることも、彼女には一切できなかった。
それでも彼女は、兵士達の輪の中に入っては、毎日のようにおしゃべりした。
彼女は兵士達を尊敬していて、心配していて、がんばって欲しいと話しかけた。
くだらない話に共に笑いあい、つまらない悩みを共に悩んだ。
それを快く思わぬ者達もいたが、やがて身分を越えて仲良くなった仲間達もいた。
長く辛い行軍に文句もいわず粛々と仕事をこなす兵士達を労い、褒めたたえ、共に頑張りましょうと彼女と彼らはお互いを励ましあった。
彼女には夢があると語った。
クロスティアは二つの国の掛け橋の地。
いまは仲が悪くとも、必ずいつかは和解して、共に歩める日が来ると信じている。
サウスティアにはダンジョンがあるという。
私には冒険者の真似事なんてできないけれど、冒険譚には心が躍る。
それに、緑豊かなサウスティアで住民達はどんな生活をしているのか、自分の知らない土地の話をぜひ聞きたいと思っている。
帝国の民を愛している。
彼らを守るために兵士になった皆を尊敬している。
民達が何を求めて、何に悩み、何を守ろうとしているのか、私と一緒に考えて欲しい。
私には、剣で戦うことはできないけれど、みんなを信じる事ならできる。
民を、兵士達を、私は信じている。
そんな話を行軍の中で、熱心に語り続けた第四皇女。
やがて、サウスティアにつき、任務を終えて、彼女だけ先にサウスティアを立ち去る時がやって来た。
下賜、というにはあまりにもささやかだけど、と。
彼女は兵士達に銀貨と銅貨数枚のお小遣いを手渡しながら、「お願い」した。
「私の分まで、サウスティアのみんなと仲良くして、みんなを守って。
そしていつの日か、私にそのお話を聞かせてくれると嬉しいな」
ちょっと涙ぐむ兵士達に別れを告げて、第四皇女はクロスティアへと去って行った。
…仕込みは、成った。
すべて完璧とはいかないまでも、最悪の事態は免れた。
ゼロとイチとでは天地の差がある。
帝国兵とサウスティア住民との破綻を、兵士達自身の手で止めさせることに成功した。
彼女はたった一人で、それを成し遂げてみせたのだった。
第四皇女ラニーニャには、ただ「お願い」しかできない。
「ぬぎぎぎ……」
淑女にあるまじき異音を発しているのは、紛れもなく第四皇女その人である。
都市長が皇女のために設えた、簡素ながらも上品で愛らしかったはずの私室も、いまや「立派な執務室」へと成り果てていた。
各所から集めた資料や情報が資料棚(※勝手に増設した)を埋め尽くし、受け取った手紙や投げる予定の飛行紙、そのメモ書きが机の上に山積みだった。
一度、情報を整理して情報石か魔石か何かに入力したいが、時間も無ければ手も足りない。
ひたすら飛行紙を投げる彼女。
お願いの手紙。
戦いを支持しないで欲しい、たとえ嫌いであってもクロスティアを、その民の命を「認めて欲しい」と訴えた。
…その手紙には、彼らの欲する情報や貴族達との繋ぎについても一筆添えて。
利益も無しに動かせるほど権力者達は甘くない。
「けど、残弾が、足りない……ッ!」
帝都ならばまだしも、ここは敵地のクロスティア。
情報もコネも、彼女自身の手で足で、ほぼゼロからかき集めなければならなかった。
弾がなければ銃は撃てない、彼女は必死に現地調達した。
いくら顔繋ぎが必要だからって、日に六回の「お食事会」はもう食事ではなく試練である。
彼女くらいの健啖家でなければ、何を食っても顔色一つ変えない真の淑女にはなれないのだ。
そのカロリーは、夜になったら消費しきるから問題ない。
夜通し資料を読んでは呻き声をあげたり、手紙を書いたり読んだり絶叫したり──そんな惨状と根性を知るクロスティア都市長だからこそ、皇女にも全面的に協力していた。
今夜も皇女は苦悩する。
「ぬおおぉ……なんなの、この辺境伯の所に流れてる物資!? 参戦する意図がバレバレじゃない!」
彼女はがんばった。
実際、戦争推進派の調略を「お手紙」だけで三つ以上は潰してみせた。
それでもどうしても、サウスティアから軍を引かせることだけはできなかった。
「だいたい! どうして! 後方支援をすべて断たれて任務達成不可能なはずなのに、まだ、軍団長は帰らないのよ……!
…ほんと、逆境時に、馬鹿は、無敵……!」
軍団長が実は何も考えてないことなど皇女も百も承知であるが、退却させられないという事実に変わりはない。
そんな軍団長が、このままでは何時やらかすかも分からないことも、また事実で……設定時刻が分からない時限爆弾を解体するかのような心境が続いている。
「ああああ、もう団長……死ねば良いのに!!」
言葉の綾ではあるものの、本音であるのも否めない。
せめて口にくらい出しておかなければ、こっちが先に爆発しそうだ。
…兵達に語った言葉は嘘ではない。
搾取ではなく手を取り合い、短期ではなく長期の平和を目指すべきだ。
…だが、それだけではないのだ。
いま戦えば……帝国が大損害を被るだけだ、と言っているんだ。
クロスティア大戦の英雄の復活、謎のダンジョンマスターの登場、息を吹き返した交易都市クロスティア。
もはや脅せば屈するような彼らではない。
このままちょっかいを出し続けて、本当に魔王国と手を組まれでもしたら、おしまいだ。
呪いの魔女がいない今、その筋書だって十分ありえる。
私の予想では、サウスティアのダンジョンマスターは魔王国──魔王と、コネがある可能性は高いと見ている。
それに加えて、冒険者組合の動きに、うさん臭い神託に……不安要素は山ほどある……
…いっそ私利私欲が目的にしたって、本当に「利だけ」で終われるのか、アイツらまじめに考えたのか?
情報あつめて論理だてて戦略たてた上で、結論が「クロスティアに攻め込もうぜ!」なのか!?
第一皇子派にその辺、どうなのか? と話を聞いてみれば「やれる! やれるって! もっと熱くなれよ!」みたいな感情論しか出て来やしねぇし……
…勢いだけで、民の、兵の、命を奪おうとするのを、やめろ!!
…どいつもこいつも……ほんとうに……
「…誰か、あいつらに、止めを、刺せ……ッ!!」
肺腑のすべてを絞り出するように、呻く皇女。
──だが、言霊というのもまた、侮れないもので……──
◆ ◆ ◆
──サウスティアの街、その町長邸の応接間。
一触即発の緊張感。
対面する町長夫妻と、帝都からの派兵団の団長。
そして、部屋の壁際に並び立つ団長の部下の兵士達。
兵士達は緊張していた。
元上級冒険者で『腕千切り』の異名をもつ町長夫人のニッコリとした顔に。
ここ数日、サウスティアの街で起きていることをすべて把握しているであろう町長の無の表情に。
そんな二人の心情などまるで斟酌できていないであろう団長の不遜な態度に。
…兵士達はもう、気が気で無かった。
町長が団長に、単刀直入に切り出した。
「勇者ティアとの面会を終えてから十四日も経過しました。
いつまでここに滞在なさるおつもりですか? 早々にお引き取り願います」
「なんだと!! 貴様!!」
「クロスティア都市長との約束を果たして下さい」
団長の恫喝にもまるで怯まず、町長ははっきりと要求した。
この一連の面会という名の派兵、クロスティア都市長から猛抗議を行い続けていた。
強引に話を進める帝都に対して、都市長は「面会を終えたら即刻、帰還すること」という条件で譲歩したという経緯があった。
なのにそのまま居座っている。まったく約束が守られていない。
にも関わらず、団長はぬけぬけと反論する。
「…我々が帝国のどこに逗留しようが」
「もう糧秣は提供できませんことよ?」
お前らに食わせるメシはもう無い、と町長夫人がニッコリと返す。
「なっ!? 貴様ら!? ちゃんと金は支払って」
「金をばらまけば大地の恵みが生えてくるとでもお思いかしら?」
「その代金もまるで足りていません。第四皇女殿下のご厚意と我々の折半で補填しています」
「そんな話は聞いてないぞ!!」
「てめぇらの行動こそ」
「我々は聞いてない話ですよ?」
すでに一名、早々に仮面がはがれ始めてしまっているが、町長がまだ冷静に話を続ける。
「あなた方の食料はすべてクロスティアから臨時で調達を続けているものです。
旅人が街に宿泊するものとは、規模も意義も違うことはご存知ですよね?
兵站は? そちらで確保していないのはなぜです?
我々にそれを求めるにしても、こちらには何の連絡も調整も受けてませんよ? もちろん、都市長の方にも」
「な、ならば今から」
「今からっ! 今から!?
まさか今から、徴発でも行うおつもりで!?」
あの軍の規模で食料を奪い始めでもすれば、この街の民の分か、クロスティアに供給予定だった物資、あるいはその両方が干上がってしまうのは目に見えている。
町長の言葉に続いて、もはやニッコリ笑顔さえも脱ぎ捨てた夫人が、獲物を見据える目で団長に語って聞かせる。
「言葉には気を付けなさい?
私は、この街を守る為ならなんでもやるわよ?
……頭一つか腕一つ、身軽になって帝都に帰りたいのなら、止めないわよ?」
「「………」」
団長だけでなく、後ろに控えている兵士達まで息を飲む。
腕千切りのソニア。
初日のあの失態のあとに調べてみれば、調べるまでもなくサウスティアでその勇名を知らぬものなど誰もいなかった。
元上級冒険者なんて言われているが、「元」でもなんでもない現役の剣士。
つい最近では、「ちょっと一人で魔王国まで行ってきて呪いの氏族を撃滅してきた」なんて、意味の分からない武勇伝を作って来たらしい要注意人物である。
だが、団長とてただでは転ばない。
彼は後ろを振り向きながら、他人事のように低く唸った。
「おい、兵站はどうなってる?」
まさかの責任転嫁。
知りませんが!? と兵士達の心が一つになった。
もちろんここでYesでもNoでもうかつに返事をしてしまったら、すべての責任を負わされかねないから、兵士達も沈黙で返すしかない。
沈黙したままの団長と兵士達。
その不毛なにらめっこを止めたのもまた、ソニアだった。
「…まぁ、もう手遅れなんだけどねー」
「「…?」」
彼女の言葉に応じるように、町長が一枚の地図をテーブルの上に差し出した。
「これは、このサウスティアの南に広がるソーク山脈を示す地図です」
地図といっても等高線とか引かれているような詳細なものではない。
街と山、それと目印。
目立つものと方角が分かる程度の簡易な地図だ。
それでもこの地図、見る者が見れば「ちょっとこれ、縮尺が正確過ぎない!?」と驚嘆するような地図なのだが、それに気づく者はここにはいない。
「…これが、どうした」
団長の不満げな返事に、町長が口元を隠すようにその手を組む。
生意気な態度の町長に眉をひそめながら、団長はその地図へと手を伸ばす。
「「………」」
この時、なんとなく、兵士達は思った。
バカやめろ、その地図を受け取るな! と……なんとなく悪い予感がしてしまって……
…なんとなくだが……そうだ、あの第四皇女……彼女のような、得体の知れない不気味さのような何かを、目の前の町長夫妻に感じてしまっていて……
…これまでほぼ無表情だった町長が、口元を隠したまま目を細める。
「あなた方があまりにも邪神、邪神と騒ぐものだから、本当にできてしまいましたよ? 邪神の祭壇」
「………は?」
もう逃がしませんよ?
そんな「ここにはいない誰かの声」。
幻聴すらも聞こえてしまうような、不穏な何かが……今まさに団長を吞み込もうとしているのだった。




