真相(後編)
さらに驚きの真相をアテナが重ねた。
「夢神はあいつらの理想になれる。
だからあいつらは、怖くなった。
夢神に堕とされるのも、嫌われるのも、他のやつらが夢神を見るのも、自分の心が奪われるのも、ぜんぶが、怖くなった」
ああ、なるほど。
それがあいつらにとってのモルフェ。
理想であり、もはや勝てない相手。
そして絶対に諦めきれない相手だった。
だからあの日も、どこぞの神がわざわざモルフェを取り戻しにやって来た。
さらに邪神だなんだと神託とやらで騒ぎ始めたせいで、今、こうなっている。
だけど、そんなつもりも自覚もない、発想すらも無かったモルフェには何がなにやら分からない。
「…どういう、ことなの?」
アテナの言葉におれからも付け足した。
「好きだから、自分のものにしたい、自分の制御下におきたい、捨てられるのは耐えられない、ってところか?」
つまらない自尊心、手に入らぬことへの不安、醜い嫉妬、葛藤と独占欲と……あるいは恋、ってやつだろうか?
善か悪かは別として、それらは誰もが持っていて不思議ではない感情だ。
でも、アテナの答えは、
「だから夢神が、見るにたえない姿になることをあいつらが望んだ」
違った。ただの欲望だった。
「ああ、そっちか……」
「………」
他の者達がもう見向きもしないように、自分以外に頼れる者がいなくるように………それに、美しいものは穢したい。
そんな苛酷で無残なアテナの言葉に対して……
…モルフェを見れば、やっぱりだ。
憎悪や嫌悪というよりも、ただただ悲しみの顔をしている。
きっと彼女はもう、それくらいの欲望なら知り尽くしているから、驚かなかった。
それでも、疑ってはいなかったんだ。
裏切られた。
それでも彼らではなく、自分の力不足とすら思っているんじゃないのか? その顔は。
モルフェによじ登るようにして、正面から抱き着いたアテナが言った。
「夢神は、なにも悪くない」
みんなのためにがんばっていた全てが、自身の破滅に繋がっていた。
打ちひしがれるのなんて当たり前だ。
「…うん、そうだ、ね」
でも、モルフェは。
あいつらの方に共感している。
それができるから、あいつらの欲望を、夢に再現させることすらできたんだ。
「……ありがとう、もう大丈夫だよ、アーセナちゃん」
名前、もどってるぞ。
実はちっとも大丈夫じゃねぇだろ、おまえ?
「わたしが、ぜんぜん大丈夫じゃない」
「いままで一緒にいてくれて、ありがとう」
静かに怒りをたたえるアテナを、微笑みながら優しく抱きしめ返すモルフェ。
予感はあった。モルフェが何を言い出すのか。
邪神がどうこうと、きな臭いやつらが出て来るようになって、いつかはこうなる、という気がしていた。
「いつかこうなるって、思ってたから」
サウスティアやクロスティア、それにおれのため。
モルフェはそうする。
「……ちゃんと、ボクがどうにかするよ」
同族嫌悪。
おまえこそ、自分が耐えればどうにかなる、なんて思ってやがる。
だけど、
「だけどほら、ボクはずっとこうだったから。
これからも、ずっと………ううん、ボクたちはみんな、それがお仕事だよね? アーセナちゃん?」
それなら、夢神様の夢は誰が叶えてやるんだよ?
だけど、
「行こう、アテナちゃん」
彼女がついに、ここを去る。
それ以上に、
「……それと、ゴメンね、アルジィ?」
微笑みですべてをごまかして。
おれが許せないのは、
「ボク、ちょっと行って──むぃ!?」
「…へぇ? それで?」
いわゆる『アゴくい』の、ちょっと強めのやつ。アゴむぎゅ?
もう黙らせずには、いらない……
おい。モルフェ。
…おまえ、
なぜ、
おれとダンジョンコアが、
負ける前提で話を勝手に進めてやがる……!!
「モルフェさんは、どうして、私のダンジョンで大人しく、待っている気が無いん、ですか、ねぇ……!!」
「むぃー──!?」
最低だ。
おれも、やつらも最低だ。
「…実は、好都合だと思っていました」
「…むぃ?」
おれの理想で、実は女神で、モルフェだなんて。
さすがにちょっと手にあまるだろ、と思っていたが。
「悪しきダンジョンマスターに、邪神?
これ以上ない組み合わせに、ちょっとほくそ笑んでいたくらいです。
帝国も、神々も、なんて粋なはからいだ、と。
据え膳か? と、いっそ疑ってしまうほどだったのに」
この発想がもう、モルフェを貶めた連中と変わらない。
モルフェの気持ちなど知りもせずに。
渡りに舟だ、ちょうど良い、だなんて。
邪神であれば、おれが穢しても文句はあるまい、なんて。
それなのに、
「…なのに? どういうつもりですか、モルフェ?
また家出? なんですか君達?
それ、今後うちで流行らせるおつもりですか?」
「そんにゃ……そんな、こと……」
おれの「逃がさない」という言葉は伝わったようだけど、まだ足りない。
まだ彼女の意志は変わってない。
なにが足りない?
何をすれば……彼女を、君を……
その美しい顎先を撫でながら、問いかける。
「君の敵を、一匹残らず血祭りに……すべて打ち倒してみせたなら、おれを信じてくれますか、モルフェ?」
「ボクは……アルジィを疑って、なんて」
こんなに近くにいるというのに、君が見えない。
「君がおれの理想であるように、おれも君の理想になってみせれば納得しますか?」
「…アルジィ、ボクは」
だけど、分かった。
君があっさり、ここを離れる決断なんてできた理由。
悪い部分は、欠けた部分が、似たもの同士のおれたちだ。
「君が望むなら、ダンジョンを君の理想郷にしてみせる」
「違う、違うの、アルジィ」
隠すのが上手いのではない。
隠すまでもなく存在しないということだ。
だからこそ、みんなの願いを、優先できる。
流されるがままにイイ子でいられる。
「君の願いをすべて叶えてみせるなら、おれと一緒にいてくれるか、モルフェ?」
「ボクの願いは、みんな、の──!?」
口を塞ぐだけの拙い口づけ。
それでもおれは、もうそんなウソは、聞きたくない。
「──たとえ君が、それが願いだと言ったとしても。
もう叶わぬ夢ばかりを見続けて、見せ続けて、
もう、そう思わずには生きていけない、
君がそう思い込もうと、必死に努力してきたとしても」
「………」
君のその見開いた瞳に、おれの姿がいま、映るように──
「──ほんとうはもう君に『夢』なんてまるで無かったとしても──そこにおれを、ねじ込んでみせる」
「!!」
傷の舐めあいでも構わない。
だから君が、おれの夢で、そして現実であって欲しいんだ。
「………」
「………」
…なんだ、おれは?
黙っている相手の口まで、無理矢理ふさぎにいってどうする?
禁断症状か? 重症だな?
モルフェもノって来ちゃったぞ?
これ、どう落とし前つけるつもりなんだ、おれは?
……いかん。まずい。
そろそろ本当に退かないと、脳が融けて、化けの皮もはがれていよいよ本能が、歯止めがかからない…──
──…どうにか物理的に半歩、自分の体を引きはがす。
未練がましく頭を、頬を、彼女を撫でて、伝えるべき言葉を告げる。
「…だからもう、皆の人気者になんてならないで? モルフェ。
君はそのまま、おれの女神で、邪神のままで。
あなたの信者は、ここに一人で、十分だから──」
「アルジィ……」
「………」
「………」
「………」
「………」
うん。いたな。
もう一人、ずっとじーっとおれたち二人を見続けている、君が。
「──…失礼、あなたも便乗するんでしたね? 二人分でもう、満席です」
「そう」
「アルジィ、アテナちゃん……」
おれのターンがようやく終わったのを見届けて、アテナがギュッと、もう一度モルフェに抱き着いた。
「…だから言った、アルジィなら大丈夫って………おやすみ……」
「………今から寝ても、もう朝食の時間だよ? アテナちゃん……」
モルフェの言葉に、そういえばまだ朝だったなーなんて、ちょっとだけ現実に引き戻されつつ……おれとモルフェは顔を見合わせ、お互いに少し、気まずそうに笑い合うのだった。
だけど。
………そういう事だ、クソ神。
おまえが二人を送り込んでくれたことにだけは、感謝してやる。
だから、ここまでなら、まだ、大目に見てやる。
だけど。
止めるのならば今のうちだ。
このまま「神託」とやらで帝国のやつらがかかって来るなら。
他の余計な自称神どもがまた、モルフェに手を出そうものならば。
おれと、アテナと、ダンジョンコアと、戦う覚悟があるのなら。
その時はもう、遠慮はいらない。
かかって来い。
ダンジョンの果てまで、来るがいい……!
【余談1】
これがマンガとかだったなら、すべてのコマにアテナさんが見切れている恐怖。
【余談2】
三人の長いやりとりに、さりげなく人払いをしてくれていた精霊がいます。
「アルジさんは我が輩に感謝してくれてもいいニャ」
【追記】
年末年始の連続更新はここまでです。
ものたりない方は、よろしければ短編を書きましたのでどうぞ。
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