迎撃準備(1)
おれがダンジョンコアの力を使って、最初に作ったものは和室だった。
四畳半の茶室もどき。
心を、落ち着けたかった。
わびさびと、癒しが欲しかったんだ。
そんな小さな和室。
向かい合うおれと、全身包帯っ子と、おれの膝の上にちょこんと座った女の子。
ちょっとした混沌である。
最初に少し、言い合いになった。
おれが用意したイスをモルフェが拒否したからだ。
おれが畳の上に正座で座る習慣は育ての祖父母の影響だからで、これにモルフェまで付き合う必要なんて無い。
おまえはおれを「包帯姿のやつに正座させる悪鬼羅刹」にしたいのか? とモルフェに伝えた。
そうでなくても正座は足に悪い座り方らしいし、おまえはイスどころかベッドを用意して絶対安静にするべき全身包帯だろ!?
ていうか、ほんとおまえ、体は大丈夫なのか!? とモルフェに言った。
そんなおれの説得に、モルフェは「包帯はケガだからじゃないし、ボクは体は柔らかいから正座でも大丈夫」と反論。
アルジィ(=おれ)を手伝うために来たのに、そんなお客様みたいな気づかいはいらないから! と言い返して来た。
そんなおれとモルフェ、せまい和室で正座して言い争う二人。
そこに、遅れて部屋に入って来たアテナ。
モルフェを見て、おれを見て、またモルフェを見てからおれを見たアテナ。
そのままアテナは「おれに」着席した。
「…ごめんね、アルジィ?」
「…おい、そこはずいぶんとあっさり引くんだな?
この光景に、なにも疑問は感じないのか?」
「えっと、ボクの膝はよく枕になるから」
それにアテナちゃんが誰かに懐くのは珍しいから、ボクはちょっとうれしい、なんて言い出した。
なんだ、ネコか?
だったら……しょうがないね?
「でも! 重かったら言ってね! アテナちゃんをどかすから!」
「………」
モルフェが説明する間も、アテナは無言。
それどころかお尻をすこしもじもじさせて、座りやすい位置を確認している。
自由か、おまえ。
「…重くはない。
少し食生活が心配なくらいに軽い。
だが、ちょっと良い匂いでクラクラして柔らかくて落ち着かなくてムラムラするだけで、おれは、ぜんぜん、気にして、ない」
「そっか、よかった」
「………」
おかしいな。スルーされたぞ?
こうしておれと、全身包帯っ子が正座で向かい合い、おれの視界の下半分をアテナの後頭部が奪う結果となった。
「…モルフェは足がつらくなる前に、正座をくずせよ?
あとおれの手はシートベルトじゃないぞ、アテナ?
あまり時間が無いから、そろそろ本題に入るぞ?」
「うん」
「………」
もう、このまま続ける。
こうして三人で集まったのは、報告と相談のためである。
町長の家で何が起こったのか、うちで留守番してくれていた二人へおれは伝えた。
「結論から言えば、おれはダンジョンで敵を迎え撃つことになった」
「なんでそうなったの!?」
驚くモルフェ。
なんでだろうね? おれも思った。
話しているうちに理由が分かるかもしれないので、そのまま説明を続けることにした。
まずは我が家の存在が町長さん達に受け入れられたこと、だけどダンジョン調査隊とやらがこの地域一帯を荒らしまわっていること、そしてその隊長をおれが縦に一回転させたことを説明した。
「なんで縦に一回転なの…?」
「半回転だと、頭を打って死ぬからだ」
「180度か360度かの問題じゃなくて、回した理由だよ!?」
彼が襲いかかって来たから、つい、倒してしまった。
あらためて言われてみば猛犬みたいな理屈である。近づいたから、噛んだ、ガウ。
…もちろん、ひどいことをしたという自覚はある。
完全に力に振り回されていた。
ふつうはまず会話で決着を試みるものだろう?
とはいえ、どうするのが正解だったのかは、分からない。
会話したところでまともに応じてくるのか疑問であるのは、この後に続く町長側の反応で分かって来る。
「向こうが襲いかかってきて、過剰に迎撃してしまったわけだけど……」
「あ、うん。アルジィが無事で良かったよ?」
「…倒れ伏した隊長の姿に、町長一家は喜んだ」
「よろこんじゃった」
「まず、部屋に飛び込んできた使用人さんがとても良い笑顔で『ひとまず裏庭に埋めてきてよろしいでしょうか、旦那様?』って確認してきた」
「うわぁ」
「町長さんが『よし……いや良くない!』と踏みとどまって、ここでこいつを消しても後続部隊の統制が取れなくなるとかえって状況が悪化する、とかブツブツと葛藤しだして」
「……」
「そこに暗い瞳のお嬢さんが一言、『でも、悪は滅べ』と」
「わぁ」
数時間前のあの時、神を相手にブチ切れたおれに「落ち着け」と言った魔王さんの気持ちが少しだけ理解できた。
一応、おれは町長一家を止めに入った。
このまま隊長(まだ生きてる)を裏庭に埋めて毎日欠かさず水をあげたところで、美しい花など咲いたりはしない。
数十年後か数百年後に謎の遺骨が発掘されるだけである。
むしろ、ダンジョン調査隊だけでなく帝国──でいいのか? とにかく敵の本体相手に戦うことになりかねない。
それができないから今までずっと街の住民たちは耐えてきたのではないのか? と、おれは彼らを説得した。
おれの言葉に彼らは返した。
それは分かっている、だが、悪は滅ぶべきである、と。
このまま永遠に彼らをのさばらせてなるものか。
我らの意思を示してやる…! と、町長一家の決意はかたかった。
ついに彼らの怒りに火がついて、反撃の狼煙が上がったのだ………着火したのは、おれだった。
反撃するなら今しかない、とおれが彼らを追いつめてしまったのである。
「それでだ、確実に殺るならばこそ、冷静に考えて」
「考えちゃうんだ」
「仮にな。それでもふつうの街が、腐っても国から派遣されてきている武装集団を相手に、まともに戦えるなんて思うか?」
「戦える」
「ちょっとアテナちゃん!?」
この子、やっとしゃべったと思ったら、かなり武闘派発言だ。
町長一家といい、膝の上のこの子といい、こっちの世界は武闘派しかいないのか? ちょっと心配になって来た。
おれの膝の上の子のつむじにもあらためて説明する。
「それでも犠牲者を出さずに、というのは難しいぞ?
街の人たちがみんな戦いを望むわけでもないだろう? 大切な人たちが死ぬんだぞ?
それに今回だけ勝てても、今後も戦い続けることになるなら実質的な敗北だ」
「………」
危険な街認定されて帝国の本拠地から本格的に人を送り込まれたりすれば、結局、街が滅びてしまう。
「だから調査隊と街を対立させずに、うやむやにする方法を考えなければならなくて……」
「…それで、アルジィが引き受けることになっちゃったんだ」
「……そうだ」
おれの考えた筋書はこうだ。
この街の裏山に住みつこうとするダンジョンマスター相手に町長はどうにか穏便に話をつけようとがんばっていた。
そこにダンジョン調査隊の隊長が飛び込んで来て、すべてを台無しにしてしまった。
ダンジョンマスター(=おれ)は怒り狂った。このままでは街が滅んでしまう。
もはや一刻の猶予も無いから、今すぐに、お前らダンジョン調査隊が責任をもってどうにかしてこい!
そもそもお前達は、そういう時のための部隊だろう!
…と、隊長が目覚めたら伝えておくように町長さんに頼んだ。
深刻な顔で、全力で脅しておくように。迫真の演技を期待すると町長一家にお願いした。
脅しといっても、半分以上は事実だが。
事実と嘘を香ばしくブレンドするあたりが、まさに詐欺師の手口である。
いろいろ面倒くさい状況に泣けてくるが、後悔している暇もない。
「それで、調査隊の隊長がおれのところに平和的に交渉をしにきたならば、それで良し。
ちゃんとお互いの利益になる方法を考える。
あるいは、これまで街にやってきたように力ずくで奪いに来るなら、それもまた良し。
おれたちも全力で迎え撃つ」
「………」
「いずれにしても、やつらの標的が街ではなく、おれに変わった時点でまずは成功だ。あとはどうとでもなるだろう」
最悪、ダンジョンなんてくれてやれば良い。
それはそれで、ぜんぶ丸くおさまる解決法だ。
……おれだけでなく、包帯っ子と女の子をいきなり野宿させる結果は避けたいのは本音ではあるけれど。
そんなおれの説明に、モルフェはきょとんとした顔で見つめてきた。
「えっと、なんでアルジィがそこまでするの?」