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真相(前編)

 翌朝。

 さっそく床の(から)ぶきでも始めようとしたところに、モルフェが現れた。



 そのまま手をとられて、強引に連行されて、たどり着いたのは茶室。



 ここで待つように言われて、いつものように正座して待っていると、モルフェが今度はアテアを連れて来た。


 手を引かれたアテナは眠そうにふらふらしながら、いつものようにおれの(ひざ)………ではなく、そのまま……



 …座るモルフェの(ひざ)に、頭をのせた。



「………」

「………」

「………」



 その姿、期せずして「あの絵」と全く同じものを再現していて。


 …驚きとも感動ともいえない不思議な感情でじっと見つめたおれにモルフェが気付いて………その顔を両手でサッと隠した。


「…み、見ないでぇ~……」

「どうして?」


「どうしてもぉ……」


 片手で顔を(おお)ったまま、モルフェがスッと(たたみ)の上へ差し出した「あの絵」。例のおみやげだ。


「…アルジィはどこまで知っちゃったの?」


「昔々、みんなに(した)われていた夢の神様が、その(した)われているという事実を恐れた連中に邪悪な神様にされてしまったという歴史について……だけだ」


「それってもう、ぜんぶだよぉ……」


 でもきっと、本題はそこじゃない。


「おれも一晩、いろいろと考えてみたんだ」

「…アルジィ?」


「帝国のやつらは、ここに邪神がいるって神託をうけてやって来た」


 町長さんの家の書斎(しょさい)で資料を見せてもらって、話を聞いて、分かったこと。

 神々にも歴史があって、中には「人から生まれた神もいる」。


「英雄の神、らしいぞ? お告げを出したのは。

 でも英雄なんてそれぞれの時代にいっぱいいるだろ?

 一体どの英雄だよ、って話だ」


 そんな比較的「若い神」に対して、古くからいる神もいる。

 愛とか豊穣とか……戦いとか。人の有史とともに現れた神々だって沢山いるだろう。


「ところで、この絵。

 英雄と、この女神たち、どっちが先にいたと思う?」


「………」


「そして英雄は乱世にしか現れない」


 平和になったら忘れ去られて、問題が起きればまた呼ばれる。


 誰かものすごい一人のやつに一発逆転させるよりも、一人一人の全員がそれぞれコツコツ活躍できる社会の方が、健全なのは言うまでもない。

 英雄は有事以外では、お呼びではない。


「でも、夢は誰しもが見る」


 あるいはそれが、人に最期の夢を見せる不吉な神であったとしても……すべての人に、最期の時は必ずやってくるのだから。


「人には夢が必要だ。

 それは善悪なんて関係なしに、ただ、人が望みや願いを持っても良いという意味で」


「…うん。ボクもそう思うよ」



「だから、英雄は、嫉妬(しっと)していたんじゃないのかな?」

「…!」


 戦乱の世にだけ求められる神と、万人のための安らぎの神。


「あるいは英雄は、真の意味で民を救いたかったのかもしれない。

 それならなおさら、大きな矛盾に悩んだはずだ。

 敵と味方、正義と悪、光と影、表裏一体のそれの象徴こそが英雄だ。

 つまり英雄は、『権力者側』ではないすべての者たちにとって不幸の象徴でしかない」


「………」


 英雄は、片方しか救えない。

 なのに、すべての民に愛され得る女神なんて……許せない。



「だから英雄神は、神託で邪神を──」


「ちがう」

「「!?」」


 アテナから不正解をもらった。


 …派手に外した!?

 わりと自信あったのに……恥ずかしい!?


「…おぉぉ……マジか……おれ、自信満々で町長さんちで語っちゃったのに……ハズレ、だと……!?」


「…え、えっと? アテナちゃん?

 ボク、アルジィの言ったことって、だいたい合ってると思ったんだけど……?」



「ちがう、あいつらは夢神を恐れていた」



 その言葉に目を丸めたモルフェ。

 それは彼女にも想定外の答えだったらしい。


 アテナがもぞもぞと、膝枕を抱き枕に変えながら続けた。


「夢神はぜんぶ知ってると思って、怖がってた」


「知ってるって……ボクが?

 …なに!? ボクが、何を知ってるって言うの!?」


 知ってる……なるほど……?

 なんだか話が()み合ってなさそうな二人に、おれからも質問してみる。


「…モルフェは、()()()でも夢を見せていたのか?」


 つまりアテナの言う「あいつら」相手にも、こちらと同様に夢を見せるお仕事をしていたか、だが。


「見せてたけど! それは、望み通りの夢を見せただけで!」



 …………………もしかして。

 …まさか、こっちか?



「…むかしむかし、あるところに、望んだ夢を見せてくれる神様がおりました」

「なんか始まった!?」


 たぶん、モルフェだからこそ気づかなかった真相。


「どんな夢でも見せてくれる神様に、男たちはコソコソと、みんなでお願いしに行きました。

 『ねぇねぇ、夢神ちゃん、お願いだから“軍服メガネ上司とイチャイチャできる夢”をぼくに見せておくれよ』

 『まかせてよ! ボクがすごい夢を見せてあげるよ!』」


「ボクのセリフまで作らないでくれるかな?」


 この時点ですでにかなり雲行きが怪しい物語だが、きっと問題はここからだ。


「当然、お願いするからには、彼らのあやしい欲望は夢の神様にだけはすべて筒抜(つつぬ)けです」

「………」


 当然、頼む以上はその内容にも触れざるを得ない。


「ですが、そこはさすがにお願いする側が自重すれば良いだけの話なのです。

 口止めできる範囲、言い訳できる程度の夢で我慢して、みんなが踏みとどまっていたならば、何も問題ありませんでした」


「そ、そうだよ! みんなだってそうしてたはずだよ!」


「ところが」

「ところが!?」


 夢の神様は、伊達(だて)にみんなの願いを(かな)え続けてきちゃいない。

 人々のあらゆる欲望を聞きつづけて、見せつづけてきた、百戦錬磨(ひゃくせんれんま)の夢の神だった。


「ある日、夢の神様は男に言いました。

 『でも、君が本当に見たい夢は、それなのかな?』と」


「………」


「『ほら……迷彩柄(めいさいがら)水着のメガネ上司に踏んでもらえる夢なんて……どうかな?』」

「!?」


 良かれと思って「実はこっちでしょ?」と、より良い提案(?)をしてしまう夢の神様。


「男たちは喜びました。新しい扉が開かれてしまいました。

 めくるめく夢の世界に歓喜(かんき)して、今度はどんな夢をみせてくれるのか、夢神様に期待しました」


 別におかしな話ではない。

 服屋でも金物屋でも、お客さんの希望を聞きながら『その目的なら、こういうのもありますよ?』と提案するのは店側としてごく自然な光景だ。


 ただ………夢と欲望、心の根底、あるいは人の弱点となる部分となると……


「…ですが、ふと彼らは気付いてしまいました。

 あいつ、おれ以上におれの性癖(シュミ)について知り尽くしているんじゃないのか? と」


 弱点を知り尽くした相手。


 これだって、そんなに難しい話では無い。

 自分のいかがわしい購入履歴や閲覧履歴が、すべてバレているとか、そういう話だ。


 そういう恐喝(きょうかつ)や犯罪だって後を絶たないくらいだ。

 おまえの秘密を知っている系の詐欺(さぎ)なんかが(あと)()たないのは、そのビジネスで(もう)けが出ることの裏返しだ。

 本当にバレているかなど関係なく、恐怖に負けて金を払ってしまう者だっているわけで……


 バレるかもしれない。

 その理由だけで……恐怖し、激怒し、迫害するのには十分だった。


「もちろん夢の神様に、秘密をバラすつもりなんてありません。

 でも、彼女にお願いした者たちが勝手に疑い、勝手に攻撃し始めたのです」


 あいつはおれたちの弱みを知っている。

 あいつの口をふさげ、と。

 彼らはモルフェを、信じてなんていなかった。


「…人の心に疑念を植えつけるのは簡単です。

 もっともらしい言葉で、嘘の事実で上塗りしてしまえば良い。

 もし、あいつが買収されたら? あいつに恋人でもできてそいつに話したら? (だま)されたら? 弱みをにぎられて口を割ったら? あいつが、あいつを……

 …どうにかあいつの口を()って、排除しないと、おれたちが安心して眠れない、と」



 ……頭の悪い教師が「今日の体育は校庭十周!」なんて言い出して、それでも一人だけマジメに必死に走りきった日。

 他のサボった全員から「先生ー、あいつだけサボってましたー」と生贄(いけにえ)に出されて、放課後さらに十周を命じられる………みたいなものだ。

 倫理や道徳ではない、人数こそが、正義。少数派(マイノリティ)はいつも悪だ。



「…あいつが悪い、言い返さない方が悪い、言い返すのはやましい証拠、認めたあいつはやっぱり悪、あいつが、あいつは………あいつこそ邪神だと彼らは決めつけて……

 …彼らはついに、(いつわ)りの安寧(あんねい)を手に入れることに成功したのでしたとさ」



「当たり」

「………」



 モルフェにギュッと抱き着いたまま正解を告げるアテナと、呆然(ぼうぜん)としたモルフェ。


「………そんな、ボク」

「それに、あいつらは夢神が好き」


「「えっ」」



 さらに驚きの真相をアテナが重ねた。


「夢神はあいつらの理想になれる。

 だからあいつらは、怖くなった」



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