神と信徒と、わるい人(4)
帝国の皇帝の血族は、『演劇神の加護』を受けていることになっているそうだ。
ただしその神のモデルは元詐欺師だった。
果たして今のこれも、そいつが書いた台本通りの展開なのだろうか。
町長夫妻に頼んで邪神について教えてもらって、今、画集を開いているおれ。
そのきっかけは、帝国の軍がやって来たこと。
あるいはダンジョンに神官が訪ねてきたこと?
それとも帝都で神託とやらが降りた時か。
はたまたその前の、自称神の不法侵入?
いや、そもそもの始まりが……
まるで一歩ずつ、たどり着くべき場所へと近づいているような心境だった。
まるで吸い寄せられるように、おれの目が数ある絵のうちの一つにとまる。
「これですね」
「わっ、すごいわね!」
「す、すごいです」
「お見事」
目録で答えを確認しながらソニアさんとソーニャさん、それに使用人のオットーさんが賞賛する。
あまり褒められると照れくさい……おれだって、この女神だからこそ当てられたようなものなので。
「どうして分かったんだい、アルジィ君?」
なんとなく、だ。
…それでもあと付けで、どうにか理由もつけるのならば……
「……彼女のしぐさ、ですかね?
この周りの亡者たち? それとの距離感と、彼らに向ける視線や態度が」
その絵は、戦場であろう荒野のなか、高台にいる女神(邪神)とおぼしき女性に、ボロボロの亡者共が群がっている絵だった。
それでも女神が民に向けて膝を折る姿勢で視線を合わせ、救おうとして差し伸べているのであろう、その両手。
「たとえば、この隣の別の絵」
その一方で、神々しい英雄が、祈りを捧げる哀れな乙女を祝福せんとカッコよく降臨して来たのであろう絵画。
「…これはこれで題材としては素晴らしいのでしょう。
でも、この乙女。
ボロは着ていても、美人で、五体満足で、いかにもモテそうな愛らしい女の子。
これぞまさに英雄が救うにふさわしい『弱者』」
対して、邪神の絵。
ゲームや映画に出てきそうな「活きの良いゾンビ(?)」ではなく、放っておけば勝手に倒れてくれそうな虫の息っぽい亡者たち。
「こちらの絵で、邪神に群がる亡者たち。
そんな亡者に取り囲まれても一歩も引かないどころか、手を差し伸べてすべて受け入れてみせる邪悪な女神。
いかにも地獄のような光景ですが……
…本当に救いが必要な場所、助けを求めている者たちは、こちらですよね?」
「「………」」
「それに、あまり絵画に詳しいわけではないのですが」
画家は、絵の中にヒントをちりばめたりする場合がある。
それは遊び心だったり、時の権力者への批判だったり、理由は色々だろうけど。
「この戦地なのか廃墟なのかの、絶望の風景。
そこに暗雲から差し込む、一条の光。
その光の先に、牢獄でしょうか? 朽ちた扉がありますよね。
そして、その扉の鍵が──ここに、あります」
「あら、ほんとね」
「よく見つけたね、こんな所まで」
女神のつけた首飾り。動物の牙や骨のような禍々しい飾りに隠すように、鉄の鍵。
「あつまる亡者とは、敵国の民。
女神は救い。
光差し込む解放の扉へと、彼らの最期を導いている……そんな感じの絵なのでしょうね、きっと」
「「………」」
これが「彼女」であるならば、という前提で。
次々にパズルがはまっていくかのように。
ある程度まで埋まり始めれば、後半ほどスムーズにその断片は、完成していく。
「戦乱の時代。
戦をはじめる神、ほろぼす英雄、ほろぼされる者たちと、すべてを神の名のもとに神話化しようとする者たち」
権力者たちの、英雄たちの輝かしい闘争。
それに巻き込まれて、悪しき民の烙印を押された、無力な多くの弱者たち。
「そんな絶望の中で滅びゆく彼らに、この世で最期の救いを与える者。
散り逝く希望を優しく看取り、望んだ夢を、見せる女神」
──…せめて、夢の中では幸せに、ね。
「その一方で、滅ぼす側の正義の英雄様たちの目には、一体、彼女はどう映ったのか?
…とっ捕まえて奴隷か慰みものにでもしてやろうと思っていた『悪しき民たち』が、女神の像の周りで皆、幸せそうな顔ですでに事切れていたならば……さぞかし戦慄したことでしょうねぇ? フフ……」
邪神だ! 邪教徒だ!? と、思わずにはいられなかったはずだ。
「敵の英雄、敵の神、それらは貶めなければならない」
敵に反撃の余地など与えてはならない、それが政治で、為政者の義務。
もちろんもっと感情的な、相手の大事なものを穢したい、腹いせに壊してやりたいという欲望もあったことだろう。
…そして、もう一枚。
おれに手渡された方の、都市長から飛行紙で送られて来たという「邪神の絵」。
それは眠る子供を優しく見守る、とても邪神とは思えぬ女性の絵だった。
こちらはきっと、まさにその敵国側の視点で描かれた「女神様」の姿なのだろう。
これが邪神? それが神託? …へぇ? なるほど?
「…なるほど? 英雄の神が、邪神の神託を、ね。
英雄様は、うちの女神が、さぞかし気に入らないようですね………フフフ」
最初に出会った彼女の、あの包帯姿。
──ボクはね、アルジィの望む姿になるから
──でも、あいつらにはグチャグチャだったり、
モヤモヤだったりに見えるっぽい
アテナの言っていた「あいつら」。
そうか。敵は、貶めなければならない、か。
「なんだ。
神も人も、そう大差ないじゃないですか。
どちらも等しく、度し難い」
彼女を穢し、サウスティアを汚し。
なんだ? そんなにうらやましいのなら、帝国の首都にもダンジョンをつくれば良いだろう?
それともおれが作ってやろうか?
──だから夢神を僭する邪神を──
「…やっぱりあの時、ちゃんとあの顔を握り潰して、ダンジョンコアの糧にしてやるべきでしたね」
「「アルジィ君、落ち着いて」」
町長夫妻にツッコまれて。おれも我に返った。
…でも、それにしても。
……そう、最期の夢を見せる女神。
あのクソ神。
実は、おれにとって最善の女神を送り込んでやがったなんて……
「…アルジィ君? もしかして彼女は」
「メイヤー、それは野暮よ」
◆ ◆ ◆
「アルジィ君! こっち! この絵はどうなの!?」
ところで、ソニアさん発案の「邪神を当てようクイズ」。
まだ終わってはいなかった。
「そういうことなら、君が選ぶ絵は絶対にこっちでしょう!?」
「ドウイウコト、デショウカネ?」
別にまだ老眼でもないおれの眼前に、これでもかっ! という勢いで。
ソニアさんが本を開いて、おれに押し付けるように見せてくる、その絵。
「メイヤー! この絵、複製とってきて! 一番良い紙使って!」
「うん、分かったから君も落ち着いて、ソニア」
この世界の『コピー機みたいなもの』は、複製精度や画質が高いものほど使用が制限・管理されるらしい。
契約書とかの重要書類を複製・偽造されるのを防ぐためだ。
「…そんな貴重なものを使ってしまって良いんですか? …あと、著作権的なもの?」
おれのつぶやきに答えてくれたのは使用人のオットーさん。
「版権でしょうか? それならば問題ございません。
原画の大きさと精度を忠実に再現したものは高値で売買されるので、複製厳禁ですが。
縮小した劣化版であれば、宣伝用として配布されたりもしますので」
なるほど。こちらの世界の法律との差異も勉強していかないとな……
なんて、目の前の状況から目をそらしている場合では無い。
「これで良いかい、ソニア?」
「ありがとう! それでアルジィ君、何枚持って帰るの!?」
「何枚!? …モッテカエリマセンヨ?」
その絵。
むしろ一番最初におれの目を奪い、そして即座に目をそらさせた、問題作。
まだ理解の追いついていなかったソーニャさんですら、今これを目にして「あっ」と声が漏れてしまうくらいの、その絵。
偶然なのか、必然なのか、それはあまりにも似すぎていた。
違うところは髪の長さくらいのものだろう。
だが、問題は彼女に似ていることではない。
──えっと、ボクの膝はよく枕になるから。
彼女たちに、あまりに似すぎているのが問題なのだ。
姿、形だけではない、そこからあふれ出す雰囲気までも。
ほんと、この絵の作者は、一体、何者なんだ……?
実際、画集の中でもこの画家が描いたとされる絵はとても人気があるらしい。
その中でもまさに「この絵」が大人気で、古くから各所に物議をかもし続けているのだとか。
なにせ「邪神様」の絵である。
わざわざこの絵を除外した同じ画集までも販売されているそうだ……ただし人気は無いらしいが。
ともかく、いつかはバレる話なのだろうけど、この絵は、ちょっと、あまりにも……
「…ステキです」
ソーニャさんも思わずつぶやいてしまう、やさしい絵。
おれもそう思うし、そう思うからこそ、なんとなく………見れば見るほど、おれが気恥ずかしい感じになってしまって……ちょっと困ってしまうのだった。
◆ ◆ ◆
町長さんの家から我が家に帰る頃には、深夜になってしまっていた。
「………」
「ただいまアテナ、とソニャン」
「おかえりニャー」
出迎えてくれたのはアテナと、その頭の上にデローンとしている子猫だった。
…帽子係(?)は日替わりなのか?
それとも、そろそろアテナに普通の帽子を買ってあげた方が良いのだろうか?
「ではさっそく、おみやげを受け取るニャー……って、なんでキョロキョロしてるニャ?
待つニャ! その辺の石ころ拾って渡そうとしちゃダメだニャ!」
「そうか、ダメか……ならば、こっちをあげよう」
「なんだ、ちゃんとしたやつもあって安心した……ニャ?」
ソニアさんが強引におれに手渡して来た「あの絵」。
結局、一枚もって帰ることになってしまった。
それをそのまま「絵のモデル」と思われる子に渡してあげると、
「!」
「…なんだかステキな絵ですニャー」
目を見開いたアテナ。
いつも表情が控えめの彼女が、うれしそうに口元をほころばせた。
そしてそのまま足取り軽く、小走りに奥へと去って行く。
喜んでもらえたようで何よりだ……
…しばらくして、ダンジョンの奥からモルフェの悲鳴(?)が響き渡ってきたのだった。




