神と信徒と、わるい人(3)
ソニアさんが見たというのは、どこかの伯爵と第三夫人の間で起こった離婚裁判だった。
横暴な伯爵の言いなりだった第三夫人が、ついに夫に反論するも、あえなく撃沈。
それどころか激怒した伯爵が夫人をみせしめにするために法廷闘争まで起こしたという。
すでに根回しも終えて、必ず一人はつくはずの弁護人すらも夫人側にはつかないままに裁判は始まった。
大勢の好奇の目にさらされながら一人、孤独に、法廷に立たされる夫人。
味方はいない、救いもない。
ここに飛び込んできて彼女を助ける英雄など誰も……当時、ソニアさんは両隣の友人に腕をガッシリと捕まれて動けなかったそうである。
とにかく、ついに惨劇の幕開けとなった、まさにその時。
一人、その場で、
片膝をつき、
天を仰いで叫ぶ者がいた──
我が戦い、ご照覧あれ!!
──祈り一発。
偉大なる戦神の信徒たる第三夫人は修羅と化した。
あらゆる証拠を偽造して夫人を叩きのめすはずだった旦那側の証人たちを、別人のように牙をむいた夫人自身が論破、論破、論破した。
それどころかうっかり口をすべらせた旦那やその弁護人たちから余罪まで洗いざらい引きずり出してしまい、完膚なきまでに叩きのめしてしまったという。
「あれはもうスゴかったわぁ」
実は第三夫人は有能だった、なんてオチはない。
彼女の武器は、度胸、根性、眼光の三つくらいだった。
それでも彼女は、ただ事実を事実として述べ、疑惑をはっきり否定した。
要するに、夫側が夫人のその気迫に押し切られてしまったわけで……
「…戦神?」
「…戦神って、そういうのも管轄なのかい?」
「そうよ? だって『戦い』じゃない」
勢いだけで逆転裁判してみせるのも、戦神なの?
ところが、すべての戦いは──戦争から夫婦喧嘩まで、あるいは自分自身との戦いですら──真の信徒にとっては、神にご照覧いただく価値のある戦いなのだという。
そして、ひとたび神様に見て頂くと決めたならば、決して退くことは無い信徒たち。
たった一割にすぎない勝率も驚きの九割に、九割だったら十二割(!?)まで「祈りひとつで」跳ね上げてしまうのが、真の戦神信徒だという。
「あ、うん、それだよ。
私が聞いた戦神の信徒の話って………祈り一つで無敵になっちゃう?」
「そうなの。カッコイイのよねー」
だが、彼らにとっては勝敗なんて関係ない。
戦神様に見て頂くだけで十分なのだ。
見届けて頂くと決めた以上は、無様な姿は見せられないのだ。
その誓いのため、自らの戦いを、在り様を、ご照覧いただくその日のために。
戦神信徒は日々、努力を続けているのだという。
なるほど。やべーな、そいつら。
「わかりました。
入り口に『戦神の信者様はお断り』って書いておきます」
「それができるなら、いっそ『初級冒険者専用』って書いちゃえば良いんじゃないかな?」
たしかに!
…でも、それってつまり、うちには弱者しか入るな! って言い切っちゃってるダンジョンだよな? わりと最低だな、おい?
最低なダンジョンへの第一歩をわりと躊躇なく軽やかに踏み出そうとしているおれに、ソニアさんは別の見解を述べる。
「うーん? どうかしらね?
別に彼らも年がら年中祈ってるわけじゃないだろうし……
…だいたい、もう何十回も死んじゃってる子たちが、今さら神様に『見てください!』は無いんじゃないかしら?」
「……そうだね?」
「……そうですね」
まさに誇りをかけた戦い、くらいでしか祈らない。
…別に冒険者たちが誇りをかけて無いわけでもないのだろうけれど。
ソニアさんの指摘に、ちょっとだけ安心しつつも……そんな冒険者達の姿をいつもボス部屋で、ある意味「ご照覧」させられているおれの気持ちにもなって欲しいなと、その文句は誰に言えば良いのやらと、複雑な心境になるのだった……
◆ ◆ ◆
帝国からやってきた兵士たちは、邪神や英雄神をもちだしてサウスティアにからむためにやってきた。
そして邪神はダンジョンにいるらしい。
そんなことを言われても、おれはこの世界の神や邪神についてほとんど知らないので、町長夫妻に教えてもらいにやって来たのだが……
いろいろあって今おれは、町長邸の書斎にいた。
その立派な書斎。
応接間よりはせまいものの、ほぼ壁一面が本棚で埋め尽くされている光景には驚いてしまった。
こういう場所を見てしまうと、つい浮かんでしまう疑問は、これである。
「…ここにある本、すべて読まれたのですか?」
「ざっと目を通しただけよ?」
さらっと返したソニアさんは、迷うことなく本棚の中から数冊を手に取って中央のテーブルの上に積み上げた。
明らかに手慣れていて、どこに何があるのかを把握している手際の良さだ。
「魔術によっては神関係の知識もからんでくるから、知っておいて損は無いのよ」
「ソニアは努力家だからね」
…ソニアさん、実は滅茶苦茶インテリじゃないですか? 剣もできるし、知識もあるし、高性能すぎないか?
後ろにいた娘のソーニャさんにもその感想を伝えてみた。
「君のお母さんはすごい人だね」
「………」
なんかこっちは、マナーモードみたいに震えてる!?
代わりに返事をしたのは、その隣に控えている使用人のオットーさんだった。
「つい先日、此処がお嬢様の『課題図書』になりましたので」
「課題図書が『ここ』って、おかしくないですか?」
部屋単位で指定するな。一冊ずつ、指定してやれ。
町長夫妻って実はめちゃくちゃ、娘にきびしい?
そうこうしているうちに、テーブルの上で三冊ほどの本がすでにソニアさんの手によって開かれていた。
「うーん? なんだか思ってたのと違う感じね?」
「違う、と言いますと?」
開かれた記述はすべて、邪神に関するものらしい。
「なんだか記述がちぐはぐ? あー、でも、珍しい話では無いのよ?
有名なのに記録が少なかったり、書いてる内容に矛盾があったり……単純に古い記録の欠損の場合もあれば、意図的にそうしている場合もあるのよ」
テーブルの上の本を、ソーニャさんも含めた皆で囲む。
その内容はすべて「同じ神」と思われるお話。
おれもそれぞれ拾い読みしてみるけれど、たしかに、思ってたのと違う感じだった。
「…こっちの方は救いの女神の話で、でも邪神?
こっちの方が邪神の話で……でも人々を助けている? なんだこれ?」
「なにかしらね?」
「邪神というわりには、善い行いばかりに見えるけどね?」
「…すてきな人です」
本に書かれた邪神と呼ばれる、女神の挿絵……なんとなく、すごく心を込めて描かれているような?
邪悪さよりも、優しさとか愛しさとかを感じる絵柄で…──
──カッコ良かったり、優しかったり?
でも、あいつらにはグチャグチャだったり、
モヤモヤだったりに見えるっぽい──
──なんとなく、今。
おれはその真実の一端に近づいている。
そんな気がする。
「…これ、少し読んでみていいですか?」
「もちろん、どうぞ」
それは戦乱の世の話だった。
「そのあたりは神々の記述も多い時代だね」
「まだ旧王族が覇権をにぎる前の時代ね」
「…なるほど」
戦場だったかつての大陸。
戦神、死神、英雄神。そんな神話と、英雄譚。
…だがそれは、その時代の人々にとっては、ちっとも英雄譚などでは無かった。
英雄共に食い散らかされた、罪無き者達の悲劇の物語である。
「ぶっ殺してますね、いっぱい」
「そうねー。だから『神話』にしちゃってるのよね、きっと」
殺された多くの「悪しき民」。つまり、敵国の民。
英雄たちとは、自国の象徴。
そして神話は、勝者の広告活動である。
…なんて疑惑の目ばかりで見てしまう、おれ。
「記述がちょっと、あからさま過ぎるんですよ。
正義バンザイ、アリガトウ英雄神、滅んでヨカッタ悪しき民、って。
なんですかこの『悪しき民を討伐する絵』は?
カッコ良く表現したつもりでしょうけど、内容としては酷すぎる」
悪しき民を倒して宝物を手に入れて……って、つまり略奪の光景である。
せめてもっと、ドラゴンとか描いて誤魔化す工夫をしろ。
「挿絵なら、こっちに画集があるわよ?」
美術館の目録かサンプル画集みたいな感じの厚めの本をソニアさんが持ってきて、パラパラとめくる。
「あんまり暗い話ばかりも疲れちゃうから、ちょっと遊んでみようかしら?
メイヤー、あの紙、持ってきた?」
「持ってきたよ」
町長さんから受け取った紙を、そのままおれに手渡したソニアさん。
その紙には町長宛てであろう短い文章のあとに「女神の絵」が描かれていて、紙には折り目がついていた。
「これ、もしかして『飛行紙』ですか?」
こっちの世界のお手紙は「紙飛行機にして飛ばす」のである。その折り目から、飛行紙だろうと予想がついた。
「そう、いま帝都で話題っていう邪神の絵ね?」
「都市長が急ぎで調べて、送ってくれたんだ」
クロスティア都市長が、おれたちのために帝都の『神託』の件を調べてくれたそうである。
あるいは皇女様も一枚かんでいるのかもしれない。
それからソニアさんはテーブルの上の画集をおれの方へとむける。
そこには銀製っぽいおしゃれなしおりが二つ、はさんであった。
「では、アルジィ君に問題よ?
このページから、このページの間で『邪神』がどれだか、当ててみてね?」
なんか、急にクイズ「邪神を当てましょう」が始まったのだった。




