表敬、侵略、邪悪なる神(後編)
帝国から偉い人たちが勇者ティアに面会に来たっていうから、町長さんの家まで付き添いで来たのに。
隣の部屋から、声だけなのに、殺伐とした雰囲気がひしひしと伝わって来てしまっていた。なんだコレ?
「それにしても」
おそらく団長の首元に武器を突き付けているのであろう、ソニアさんが続ける。
「後ろに立ってらっしゃる方々はのんきなものですね?
返す刀で皇女殿下の首が飛ばないとでも──動くな、もう遅い!
…殿下? 失礼ながら護衛を雇い直されてはいかがでしょうか?
ご用命いただければ、サウスティアの冒険者から適当な者達を見つくろいますが?」
ひどい皮肉に皇女が返す。
「ご心配なく。私の護衛は他におります。
ですが、この度の訪問は私は誠意を見せるべき立場にありますので」
つまり連れて来た軍は皇女の護衛ではない、ということか?
「誠意? さんざん煽った上で勝手に謝罪して、とんだ自作自演ですね?
わたくし、帝国式の作法には疎いものでして?」
「…失言でした。重ね重ね申し訳ございません」
手元のメモに、おれは走り書いた。
『護衛なしで誠意を見せたつもりが、身内が暴走、それを謝罪、また謝罪、もう平謝りするしかない姫様。あと町長、止めろ!』
『おかあさん……』
後学のためにソーニャさんを連れて来たって……一体、何を学ばせたいんだあの夫妻は?
そんなソーニャさんの頭の上に乗っていた(忘れていた)スライムが……赤く明滅!?
…ほんと、次から次へと……!
『赤が三回。警報』
「えっ」
つい声が出て、あわてて口をふさいだソーニャさん。
気づいたおれに、スライムがその警告の内容を光の信号で説明し、そのまま筆談に翻訳してソーニャさんにも伝える。
『冒険者、兵士、酒場、ケンカ』
『!』
いま兵士って言えば、隣の部屋のあの団長が連れて来た連中しかいないだろう!?
何やってんだよ、本当にもう……
この場はたぶん、ソニアさんがいればどうとでもなるだろう。
でも、ここでおれが離れてしまうと、こっちのソーニャさんの面倒を見る者がいなくなる。
おれはソーニャさんの頭上のスライムにも筆談で指示を出す。
『おれが酒場に行く。モルフェを呼んで』
スライムが縦にムニっと曲がった。
そのまま次はソーニャさんに筆談する。
『地下通路を借ります。あなたも念のため地下に避難』
『わかりました』
そんなやりとりをしていると、隣の部屋にも動きがあった。
「…む。おれへの飛行紙だ。 …ふむ? …なんだと!
……急な所用のため、おれはここで失礼する」
「「!?」」
は!? 何言ってるんだ、おまえ!?
さんざん場を荒らすだけ荒らして、いきなり退場!?
おまえ、この面会の責任者じゃないのかよ!?
『…廊下でアレと会ったら面倒なので、窓から』
『まってください』
すると、ソーニャさんがおれを暖炉の方へと連れて行った。
その横にある鉄製の取っ手のようなもの。
そこに彼女は、ぶら下がるようにして下に引っ張る。
すると暖炉の中、薪か何か置く場所が上にスッと移動して、代わりに下へと続く小さな穴があいて……隠し通路が現れた。
…ちょっと自慢げに胸をはるソーニャさんはかわいかったけど……町長さん、あなた、この盗聴部屋といい隠し通路といい、なんでこんな仕掛け作ったんですか?
◆ ◆ ◆
呆れ果てて言葉を失ってしまっていた四人をテーブルに残したまま、この表敬訪問の責任者であるはずの団長は、返事も待たずに勝手に退室してしまった。
残されたのは町長夫妻とその間に座る勇者ティア。
そして対面に座る帝国の第四皇女……と、部屋の隅に控えている帝国側の兵士達。
第四皇女は兵士達に声をかけた。
「…置いていかれてしまいましたが、あなた達は行かないでいいのかしら?」
「えっ!? いや、それは、その……」
このやりとりからも、彼らが「皇女の護衛として残ったのではない」ことが透けて見えた。
皇女の言葉に困惑する兵士達。
もう、この時点であの団長から厳しく叱責されるのはほぼ確定である。
団長を追いかけて「なぜ監視を外した!?」と言われるか、追いかけずに「なぜ俺に付いて来なかった!?」と言われるかの違いしかない。
あとはあの団長の機嫌次第の話なのだが……そこに皇女は後押しする。
「今ならまだ、皇女に引き止められて遅れました、くらいの言い訳ができるのではないかしら?」
そんな皇女と兵士達の様子に、なんとなく町長夫妻も空気を読む。
ソニアも皇女の言葉に続いた。
「あなた達、ここにいたってしょうがないじゃない。
私からこの子を守れるの? 仕事があるなら、そっちの方に行きなさいよ」
暗に「邪魔だから帰れ」と促す……ちっとも「暗に」ではない口ぶりだが。
そこに扉をノックする音。
町長が皇女殿下に一言許可を得てから、その入室をうながせば、それは町長夫妻の使用人であるオットーだった。
「お取込み中のところ申し訳ありません。
街の酒場で、帝国兵と冒険者の間でいざこざが発生したとの連絡を、お嬢様より受けて念のため、ご連絡に参りました」
なるほど、飛行紙での連絡をうけてあの団長が飛び出して行った理由がやっと分かった。
そして、この連絡をよこした「彼」は、きっともうその現場へと向かったのだろう。
町長夫妻が一瞬、互いに目くばせをする。
そして即座に次の行動に出た。
「…大丈夫かしら? 私より強い冒険者がいたら今度こそ彼、死んじゃうわよ?」
「「!?」」
そこに今度は町長も続く。
「ソニアより強い冒険者はそういないだろうけど……ここの冒険者達は対人戦に関してはどんどん腕を上げているって聞くからね?」
団長の死に関しては否定しなかった町長。
さらに皇女まで、困ったような笑みを見せてから、兵士達を送り出す。
「団長の身を案ずるあなた方は帝国兵の鑑ですね。
その危機に駆けつけたなら、きっと閣下もお喜びになるのではないかしら?」
どう考えても身を案ずるべき相手は「皇女殿下」の方なのだが、なんてコメントは差し控える町長夫妻。
そして三人は、そろって彼らを送り出した。
「酒場は街の東側、北口から入って、左にまっすぐ行けばすぐのところですよ?」
「走って五分もかからないんじゃないかしら?」
「健闘をお祈りいたします」
兵士達がその場を辞して、あわただしく走っていった後。
フゥ、と小さく、だがはっきりとため息をついた皇女が町長夫妻に礼を述べた。
「…ご協力、感謝致します」
「皇女殿下の、心中お察し申し上げます」
「とはいえ、このままお帰りになられては、私達も何をどうすれば良いのか分からずじまいという事情もございますので」
二人の返しに、皇女はそこまでの楚々とした態度をあらためて、美しい顔に渋面をつくってはっきり告げた。
「ええ、もちろんです。
ようやく邪魔者も消えて、本音で話せるというものです」
「「邪魔者」」
皇女は町長夫妻と勇者ティアを前に、この使節団の来訪の目的を話し始めた。
それは話す側も聞く側も、共に眉をひそめるような内容だった。
クロスティア地方が安定し、再び力をつけ始めているという事実にいま帝都は揺れている。
友好を望む者達がいる一方、第一皇子派を中心とした武力侵攻を望む者達も根強く残っている。
そんな侵攻支持派が、よりにもよって「神」の名を持ち出して来た。
宗教の力を借りてクロスティアへと介入する気らしい。
あの団長は話の流れで、勇者ティアに「英雄神」のことを持ち出して来る予定だった。
勇者たるティアは、もちろん英雄神を信仰しているのだろう? という具合に。
その問いに対して「はい」と答えても「いいえ」と答えても、それを理由に神官達を送り込み、この街の実効支配に乗り出して行く魂胆があった。
さらに面倒なことに、その英雄神を崇める一派、神託を受けたなどと主張している。
なんでも、このサウスティアの地に「邪神が現れた」という内容である。
そしてその邪神降臨の根拠は、蘇生をはじめとした「サウスティアのダンジョン」のあれこれにある、という主張だった。
再びため息をついて、皇女が続ける。
「…ハァ、まったく。ひどい話です。
それこそ帝都には邪教のごとき信仰はたくさんありますし、その英雄神だって怪しいものです。
さらにはダンジョンで蘇生や生殺与奪なんて、冒険者達にとっては常識なんですよね?
言いがかりをつけるにしても、もっと他に、マシな手があるでしょう?
愚か極まりない。死ねば良いのに」
「殿下」
「心の声が」
「失礼、つい本音が」
「………」
いまいち話についていけずに、きょとんとしたティアを見て、皇女は優しく微笑んだ。
見た目は同じくらい若く見える女の子二人なのだが、中身はまるで対照的だった。
皇女は続ける。だからもう、今回の面会を最後に勇者ティアの身柄はしばらく隠してしまった方が良い、と。
隠すといっても、サウスティアの街でふつうの町娘の格好でもさせおけば騙し通せる程度の連中しか今回は来ていない、という軍の裏事情まで皇女は明かす。
「クロスティアと不仲になることを陛下は望んでおられません。
それゆえに、なおさらこんな、我が方の情けない実情がちっとも改善できないことに、申し開きの言葉もないのですが……」
見た目は幼い皇女に町長夫妻は返す。
「慰めになる言葉ではないですが、今に始まったことではございませんので……その殿下のお気持ちだけでもうれしいです」
「お顔をお上げください、殿下」
そんな皇女は現在、裏でクロスティア都市長と手を組んで、ここに来た軍を引かせるための「理由を作っている最中」だという。
ただ、それにはもうしばらく時間がかかりそうな見通しだ。
…それでも万が一、彼ら使節団が問題を起こしそうならば、いっそのこと……と皇女は恐ろしい提案をする。
「…その時はもう、あの団長を上手いこと持ち上げて、唆してみてください。
ご覧の通り、あの男は自尊心を少しくすぐってあげれば、すぐに乗ってくることでしょう。
その上で、かの有名なサウスティアのダンジョンにでも放り込んで、また金貨百枚ほど請求すれば大人しくなるのでは? …というのが、私と都市長で一致した見解です」
「では明日にでも」
「ソニア!? …えっと、最終手段として、ご検討させて頂きます」
「はい。その時は遠慮なく、どうぞ」
いろいろとご迷惑をおかけしてしまったが、どうにか最後は前向きな(?)お話ができて良かった、と皇女は言った。
「…ところで……お隣の部屋の方は、こちらにお呼びしなくてもよろしかったのでしょうか?」
「!」
思わず顔に出てしまったティアの隣で、町長がすぐにフォローを入れる。
「隣で待って頂いていたのは、いま勇者ティア様のお手伝いをお願いしている冒険者関係の方ですので」
ウソは言っていない。
冒険者を迎え撃つほうの関係者ではあるが。
だからティアも素直にうなずいてしまう。
にっこり笑う町長に、さらに皇女は質問を重ねる。
「そうでしたか。
それと、もう一つお聞かせ願いたいのですが」
「お答えできることであれば、なんなりと」
「このお屋敷の地下から、ただならぬ気配を感じるのですが……気のせいでしょうか?」
「!?」
やはり表情にでてしまうティアの隣で、町長は何食わぬ顔でいけしゃあしゃあと答えを返す。
「申し訳ございません、それが『お答えできない』質問です。
とはいえ、このサウスティアをあずかる町長として防衛用の設備の一つや二つは用意しなければならないという事情がございまして……」
これもウソではない。
なにせ町長の蘇生を行ったくらいの最重要施設だ。
それがダンジョンであろうが無かろうが、街の切り札の公開を強要される道理など無い。
伊達に長年、町長をやっていない。
メイヤーは帝国皇女を相手にも一歩も引かなかった。
対する王女は感謝を述べた。
「答えづらいであろう質問にご対応いただき感謝いたします」
それは皇女にとっても十分な答えだった。
良くも悪くも、サウスティアは恐ろしい「防衛設備とやら」を持っていることが分かったのだから。
かつてはダンジョン調査隊を相手に良いように搾取されていた彼らが、いまは帝都からの軍団相手に一歩も引かない態度を見せている。
その拠り所となるのであろう「防衛施設」が、今のサウスティアには存在していて……
…皇女は、その肺腑の中身をすべて吐き出すような盛大なため息をついて、呻くように「ひどい独り言」を口にした。
「…ハァァァァ―……もうっ、だから言ったのよ……!
今のクロスティアに手を出してもろくなことにならない、まじめに交渉するか静観するかのどっちかにしろ、っつってんのに……ほんとにっ!
どいつもこいつも、あの、ボンクラ共めが……ッ!!」
「殿下、本音を」
「ぶっちゃけすぎです」
それでもこの皇女の本心であろう言葉を聞けたのは、町長夫妻にとっても収穫だった。
とはいえ、この不憫な皇女に何もしてやれない町長夫妻は………彼女の帰り際に、これはサウスティア産の採れたてですと、まるでどこかのダンジョンマスターのように魔氷をおみやげに手渡したのだった。




