表敬、侵略、邪悪なる神(前編)
◆ ◆ ◆
サウスティアの街、その町長の家に帝国からの来訪者があった。
立派な鎧姿の大男の方は使節団の団長。
もう一人、その隣の女の子は帝国皇家の第四皇女。
表敬訪問という名目で「軍を」差し向けて来るやり方もひどいが、その団長が、民間人の家に威圧感たっぷりの武装した姿でやって来るという事実にも町長夫妻は閉口した。
クロスティア都市長からの前情報はあったものの、いざ目のあたりにすれば、それは想像以上のひどさだった。
彼らの「勇者ティアに会いたい」という要求に対して、町長夫妻は強い警戒心をもって臨んでいた。
ティアを守るように夫妻が左右に立っているのもその警戒心の表れだ。
ろくに挨拶もしないうちに団長が、応接室のイスに勝手にどかっと座る。
…仕方がないから町長夫妻も皇女殿下にも着席をすすめて、皆が座ればとそのまま「面会」が始まってしまった。
「ほうほう、貴様がクロスティアの勇者ティアか!
なるほど、なるほど! 確かに、まだ子供ではないか!」
テーブルの対面、町長と夫人の間で守られるように座るティアに、一方的に話しかけた。
「なるほど! 先の戦いが『精霊戦争』と呼ばれたことも納得だ!」
「「………」」
町長夫妻の冷たい視線もまるでものともせず、団長は続ける。
「それで? 君はその戦いで、使い魔の精霊たちをすべて失ってしまったのだろう?」
「………はい」
「おいおい! そんな悲しそうな顔をするな!
まるでおれが泣かしたようになるではないか!?
人生に別離はつきもの! 若いうちの苦労は買ってでもするべきものだぞ!? 未熟者め!」
無表情の町長、困惑顔の勇者、笑顔をはりつけた町長夫人を前に、団長の大声が応接室に響き渡る。
「そう! 貴様は女子供の身でありながら勇者などと祭り上げられているようだが!
結局、精霊の力で勝利したようなものなのだろう!? 違うか!?」
「そうです」
「そうだろう、そうだろう! だから──」
「──はい、がんばり、ます」
「──う、む。
そ、そう! がんばりたまえ!!」
狙ったわけでは無いであろうティアの純粋な返事に、言葉をつまらせる団長。
生意気な小娘勇者の鼻っ柱をへし折りたい不遜な団長と、ただ純朴な女の子のティア。まるで会話が成り立たなかった。
「「………」」
そして、しばしの沈黙。
なお、ここまで団長の隣に座った女の子は、口だけでなく目も閉じて空気と化す徹底ぶりである。
再び団長が大きな口を開く。
「だ、だが! 戦士たるもの!」
「失礼、そろそろ本題に入って頂けますか?」
横やりをいれた町長に、団長が噛みつく。
「なんだ貴様!? おれは今、勇者ティアと話をしているのだぞ!?」
「事前にお伝えした通り、勇者ティアは非常に多忙のため、ただ一言だけの挨拶というお約束でこの面会の場をご用意させて頂きましたが?」
ここが町長邸であるにも関わらず、町長と団長の最初の会話はこれだった。
「こんな子供が、一体、何が忙しいんだ!?」
「修練です」
「は? 修練?」
「精霊を失った勇者が、力を取り戻すために」
無表情の町長が怯むことなく、団長の目をじっと見つめる。
「クロスティアの命運をかけて、修練中のティア様にはもはや、一刻の猶予もありません」
「……ッ!」
歯を食いしばる団長。
町長の言葉が未熟者だのと罵ったことへの意趣返し、だとは気づいていない。
単に生意気な町長が気に入らないと、その顔にありありと書いてある。
「…こんな子供に、何がクロスティアの命運──」
「──正気ですか?」
町長の目が据わり、自然とその声も低くなる。
「クロスティアの歴史をご存じない? 過去から現在に至るまで敵にはさまれたクロスティアの事情を、ご存じない?」
ゾクリとした団長が、それでも「平民ごときに」侮られまいと反論する。
「だ、だからこそ我々『味方が』こうして軍を差し向けて──」
「表敬訪問なのに、軍? 都市長から抗議声明も何度も届いているはずの中、なお強行しておいて何を仰る?」
「だから! 我らの軍は貴様らを安心させるために!!」
「戦争! 戦争!! 戦争ッ!!!
我々の心は限界だ!! 憎しみで、壊れそうだ!!
あなた方、軍が、これまでに我らに、何をしてきたのか言ってみろッ!!」
「………」
虫も殺せなさそうな男が、今まさに団長を殺す勢いの眼光でにらみつける。
再度、静寂に包まれた応接間。
誰もしゃべらない、しゃべることができない、気まずい沈黙。
そして団長は──
◆ ◆ ◆
おれはティアと一緒に町長邸に呼ばれてしまった。
だから今日のダンジョンのボス部屋は、巨大しゃもじを持ったアテナが待ち構えている。
やはり、不安である。
「大丈夫だよ、アテナちゃんはやる時はやる子だから」
「やる時しかやってくれない子だから、不安なんだよ」
「………」
巨大しゃもじを構えてどーんと立っているアテナ。
たぶん、ボスっぽい立ち姿なのだろう。
楽しそうで、なによりだが……
…今日は【日替わりダンジョンの日】だから、たぶん誰も来ないと思うけどな?
モルフェがティアを励ましながら、おれたち二人を送り出す。
「がんばってね、ティアちゃん」
「はい! がんばります!」
そういうわけで、おれはティアの付き添いとして町長さんの家にやって来た。
付き添いといっても、おれは隣の部屋で待機だけれど。
何かあった時に備えておれにも来てほしいと町長夫妻から要請があって、おれも来た。
勇者と面会するために、わざわざ帝都から偉い人たちがやって来るのだという。
その面会をやっている部屋の、隣の部屋。
そこは隣の声がすべて筒抜けという、なかなか恐ろしい部屋だった。
町長夫妻の娘であるソーニャさんもここにいる。
後学のため、だそうだ。
そんなソーニャさんは、なぜかおれのすぐ隣に座っていて、頭の上にはスライムが乗っている。
……町長邸の地下はダンジョンと繋がっているからなのだろうけど……なぜスライムがここにいて、そしてそこに乗っている?
聞きたいことは色々あるけど、今しゃべると隣の部屋にも聞こえてしまうから、しゃべれない。
…筆談用の紙と筆を用意することになった。
この世界の筆は、見た目は万年筆に、原理としては鉛筆やシャーペンに近い感じ? 固形塗料を魔力で紙へとにじませる仕組みのものだった。
隣の部屋にお客様がやってきた気配があって、そのまま面会も始まったようだ。
そして、すぐに揉め始めた。
まだ開始して、秒だぞ?
なぜおれも呼ばれたのか、ここに娘さんも「後学のため」同席させたのか、よく分かった。
まさにクロスティアの現実が、ここにあるのだろう。
「人生に別離はつきもの、若いうちの苦労は買ってでもするべきものだぞ!? 未熟者め!」
炎上五秒前である。ツッコみどころが多すぎて、もう香ばしい匂いまで漂って来そうだ。
「………」
おれの方をじっと見つめるソーニャさん。声が出せないからだろう。
あちらの会話についての意見を、おれは手元の紙に書く。
『最悪だ。クロスティアの象徴であるティアを、町長の前で貶めてどうする?
この会談は友好のためでは無いのか? なにがやりたい?』
『…おどろきました』
わざと感情をゆさぶる作戦か? とも思ったけれど……そういう雰囲気でも無さそうだ。
『…そして、胃が痛い」
『?』
あの団長? らしき威勢のいい声。
いかにも自分の苦労を他人に押し付けそうな男が、幼いティアを相手に何を言ってるんだ? なんて思ってしまった、わけだけど……
『かつて君やティアに偉そうに語った自分を見ているようで、イタい』
『ちがいますよ?』
おれもこんな感じだったのかと思うと、恥ずかしさで死にそうだ……もしおれがあっちの部屋に同席していたなら、恥ずかしさのあまり「ちょっと黙れ」と男の口を無理矢理ふさいでしまったかもしれない。
そんな隣の部屋では、あっという間に険悪な雰囲気になってしまった。
町長さんの聞いたことのない怒鳴り声を聞いて、怯えるソーニャさん。
ひとまず、おれが『あえて怒りを表明するのも重要な交渉術の一つですよ?』とフォローする。
なんだか収拾のつかなくなった様子で、静まり返ってしまった応接間。
すると、団長が恐ろしい言葉を口にした。
「…あなたからは言うことは無いのですか? 殿下」
まさかの、ここで帝国の第四皇女とやらに、丸投げ!?
散々荒らしておいて、上司であろう皇女(?)に押しつけやがった!
「…私が発言しても?」
「何を言っているのです!? ここに来た以上、あなたも帝国からの使者です! 当然でしょう!?」
「では」
そして一息置いて、まだ若いであろう女の、だが幼さのない凛とした言葉づかいが聞こえて来た。
「この男の度重なる無礼、誠に申し訳ございません」
「なっ!?」
皇女の言葉は謝罪だった。
「私は帝国の皇女としてクロスティアとの和解を望んでいます。
にもかかわらず、このような事態をいまだに防げていない現状に、まさに汗顔の至りにございます。
小娘一人の謝罪で贖えるものではないと重々承知の上で、平に、ご容赦願います」
…この面会。この皇女がいなければ、いろいろ終わっていたのでは?
そんな感想をメモに書く。
『謝罪でくさび。帝国=皇女の言葉が優先。だが軍と皇族は不仲?』
『!』
わざわざ帝都からサウスティアまで人を送って来たのも、本来ならば皇女が言っていたことが目的なのだろう。
だが、まるで制御できていない勢力もあって……その代表なのであろう団長が、皇女の言葉に噛みついた。
「貴様! お飾りの御輿が、勝手に話を進めるな!」
「黙りなさい下郎。あなたの不用意な発言によって帝国は危機に瀕しています」
貫禄。第四皇女って、子供だって聞いていたけど何歳なんだ?
「黙れ、傾国の魔女が──」
──微かで鋭い風切り音。
『ソニア、剣』
『!?』
単語だけで娘のソーニャさんも察したようだ。
おそらく町長の奥さんが、隠し持っていた武器を団長の首元にでも突き付けて、その暴走を止めたのだろう。
「あらあら、困るわね? このサウスティアで、皇女殿下を殺傷?
そんなに火種をばらまきたいなら、帝都に帰った後にしてもらえるかしら?」
「な、なんだ、無礼も……のォッ!?」
「無礼? あなたが手を上げた相手、誰だか分かっていて言ってるの?」
「…も、もちろん、本当に手を上げるつもりなど、なかッ! ヤメロ!?」
「そう? なら私もまだ寸止めだから問題ないわね?」
「ソニア、ちょっとだけ刺さってるよ?」
…もー、なんだよこれぇ!?
おれやティアや、ソーニャさんを、こんな修羅場に呼びつけるなよぉ、町長夫妻……!
おれの隣であわあわするソーニャさんに、おれは『今日もお元気そうでなによりです』なんて、あまりフォローにもならないコメントを書くのだった。




